5
クラックの底からカンカンと壁を叩く音が大きく間隔をあけて響く。
「よし、引っ張るぞ。ゆっくりだ」
「分かってる」
パスの声に三人がロープをゆっくり引っ張る。ギチギチと音が鳴るロープと腕で感じる重みに、三人は友人との再会を感じて胸躍らせる。
カンカンカンっと間髪入れずに壁を叩く音はストップの合図。クラックに潜っているシルシエがロープ先にいるであろうボヌーの遺体を、壁の凹凸に引っかからないようにして調整しているのことが、揺れるロープから三人に伝わってくる。
再び等間隔で響く音に三人は一丸となってロープを引っ張る。
作業が始まって一時間過ぎたころロープの先が見え、それが布に包まれた人のシルエットだと分かった三人は疲れも忘れ休みなくロープを引っ張る。
パスとラルジャがクラックから手を伸ばし、頭と足を持ってボヌーの遺体を引き上げると、三人から安堵のため息と小さな歓声が上がる。
そんな中、冷静にシルシエがボヌーの遺体に近づくと、巻いていたロープを解きながら布に手を触れる。
「お疲れのところ申し訳ないんですけど、ボヌーさん本人かを確認してもらえますか。えっと、その……顔の右半分の損傷が激しいので見せても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。気遣いすまない」
パスが答え、シルシエが丁寧に解く布の下にあったボヌーの顔を確認する。
「落ちた衝撃の凄まじさを物語っているな……間違いない。ボヌー本人だ」
「良かったです。これで依頼達成でいいですか?」
「ああ、本当にすまないな。それにしてもシルシエ、君は凄いな。正直遺品の回収ができれば御の字だったのに、こうして友人に会わせてくれたこと感謝するよ。依頼金はギルドに預けてあるから受け取ってくれ。ボヌーの遺体は私たちでギルドへ運んで、死亡者登録を済ますからここまでで大丈夫だ」
そう言いながら、パスが自身の装備の隙間から依頼達成書と呼ばれる書類をシルシエに手渡す。
「ありがとうございます。久しぶりの再会で、積もるお話もあるでしょうから僕はここで帰りますね」
「一人で大丈夫か?」
「ええ、道は覚えましたし。逃げ足に自信があるので大丈夫です。では失礼します」
一礼したシルシエが元きた道を引き返していく。
大きなリュックを背負ったシルシエの姿が見えなくなると、ラルジャがボヌーの遺体の右手を手に取る。
「ちっ、こいつペンダントを大事そうに握ってやがる。どこまでがめついんだ」
ボヌーが右手に握りしめていて、隙間から見える朱色のペンダントを取り出そうと、ラルジャがボヌーの指を引っ張るがビクともしない。
「死後硬直ってやつだろうけど、最後に首からペンダントをちぎって右手に持つってよっぽど大切だったんだ」
フェールの言葉に、舌打ちをしたラルジャが短剣を鞘から抜く。
「なにする気?」
「なにって指を切り落とすに決まってるだろ」
ラルジャの行動に慌てるフェール、彼らの一連のやり取りを見ていたパスだが、ふとなにかに気がつく。
「おい、ちょっと待て。ボヌーは右手を隙間に突っ込んで死んでいたんだよな。狭い隙間に挟まっているのにどうやって首からペンダントをちぎったんだ?」
「あ? そりゃあ落下してるときとかじゃねえのか?」
ラルジャがパスの顔を見て答えたとき、ラルジャの手が強く握られる。
「んだフェール? 遺体の指を切るのが怖いとか言うんじゃねえ……」
横にいるフェールが腰を抜かして震えながら自分を指さしていることに違和感を感じたラルジャが自分の手を見ると、顔の右側は目は潰れ、骨がむき出しになっているボヌーがラルジャを見つめていた。ボヌーのずたずたになった手に握られていることに気がついたラルジャが声を上げる前に持っていた短剣を奪われ、顔面に突き立てられる。
「久しぶり……だな……」
もがくラルジャに、ボヌーの遺体が目を向け潰れた声を発する。そして立ち上がったボヌーが、ラルジャの顔面から飛び出る短剣の柄を踏みつける。
飛び散る血に怯えるフェールを見下ろしたボヌーは、けいれんするラルジャから短剣を抜くとフェールに歩み寄る。
「や、やめてくれ。俺は、俺は嫌だって、言ったんだ。なあ、聞いてえ⁉」
命乞いをするフェールの口を手で押さえ塞いだボヌーは、そのまま短剣を首へと振り下ろす。ダンジョンの壁に散る真っ赤な血を見たパスが自身の剣を抜き構える。
「生きてる……なわけないな」
ゆっくりと近づいてくるボヌーを睨むパスは、腰にさしてあったナイフを抜きボヌー目掛け投げる。
肩にナイフを受けたボヌーが怯んだ隙に、パスは逃げ出す。
「なんだってんだこれは。動き出す死体とかありえるのか? ……シルシエがなにか知っている可能性はあるな。まだ遠くへは行っていないはずだ」
パスは先に戻ったシルシエを探すため、ダンジョンを走る。
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