6

 日の光が差し込む穴にロープが垂れ、地面につくと続いてスルスルとロープを伝ってシルシエが降りてくる。


「はぁ~これはすごいや」


 トンと軽い着地音と共に地下へ降り立ったシルシエが歓喜の声を漏らす。


 部屋の中央に小高く尖った山を中心にして、キラキラと光り輝く様々な色の宝石が散りばめられ、地上から差し込む僅かな光を反射させ、部屋のなかを輝かせる。


「これは、凄い発見だね」


 そう言いながら、屈んだシルシエが宝石が輝く地面を指でなぞる。そこには薄茶色の線が二つ中央の丘に向かっていた。


「乾いてる……か」


 シルシエが線を辿っていくと丘の裏で抱き合って動かない男女の姿があった。男性の胸に額をつけ両手で抱きしめられた女性も、女性を優しく包み、背中を中心に流れたであろう大量の血の跡を残す男性も穏やかに微笑んでいた。


 シルシエは近づくと、右目の眼帯を取る。


「さすがに日が経ってないから、まだ意志が濃ゆいけど、このままだと、ずっとここにいることになるよ。どうせ一緒になるならもっと上に行くことをおススメするよ。だから少しだけ僕とお話しようよ」


 右目を輝かせるシルシエが話し掛けると、抱き合う二人が薄っすらと目を開く。


 ━━ジジッ


 ノイズが走り、暴力的な雨音と風の音に負けないほどの男女の荒い息が響く。


「ニーナ、少し休もう」


「大丈夫です……もう少し行けます」


 お互いに声をかけ合う二人だが、誰の目から見ても限界なのは明らかな状況。全身ずぶ濡れで着ている服は体温を守るどころか、肌に重く張り付きただの足かせになっている。


 ライアットが、ニーナの肩を持って足下を見たあと、背を向け屈む。


「乗って。足怪我しているんだろ」


「だ、大丈夫です。自分で歩けます」


 背負われるのは遠慮するニーナに、ライアットは笑いながら首を横に振る。


「こんなときくらいカッコつけさせてくれよ。それに、僕がニーナを近くで感じたいって下心もあるんだから遠慮することはないよ」


 ウインクして冗談ぽく言うライアットに、ニーナも思わず笑みをこぼし恐る恐るライアットの肩に手をかけると背負われる。


「よし、行くぞ。乗り心地悪かったら言ってくれよ」


「そんなことないです。私は幸せです」


 ライアットの背中に身を寄せるニーナが顔をつけ、心の底から幸せそうに呟く。その声を聞いたライアットは、表情を引き締め歩き始める。


 だが、満身創痍といってもいいほどのライアットが、人を一人背負って歩くにはあまりにも過酷な状況。進めなければいけない足どりは重く、周りから見れば進んでいるかも分からないほどである。


 それでも、半歩、いやそれ以下でも確実に前に進むライアットとニーナは、この過酷な状況で夢を語る。


「このまま国境を越えたら、ムーデルって国に着く。そこからさらに南に行くと海の綺麗な国ユヌメールって国があるんだ。そこの海はとても綺麗でね、朝日に照らされると海面がキラキラ光って宝石みたいなんだ」


「私、海を見たことがないんです。宝石みたいな海を見てみたいです」


「それは、なにがなんでも見せてあげないとね。驚くニーナの顔が早く見たいよ」


「私すごく驚くと思います。ライアットに見せたことないくらいの顔で驚く自信があります」


「それを聞いてやる気が出た。この苦しい今があるからこそ、乗り越えた先の未来はもっと明るくなるんだ」


 会話の内容は明るいが、二人とも明るい未来を想像し声をかけ合わないと、自分たちが限界にきていることに気がついてしまうと、もう動けなくなることを知っているから言葉が途切れないように声を張って言葉を交わす。


 だが、世界は二人に残酷な仕打ちをする。


 ライアットが突然感じた浮遊感は足が地面にはなく、空中に浮いたことを示すもの。前に進むどころか奈落の底へ落とされた二人は真っ暗な地面に転がっていた。


「ニーナっ、あぐうっ⁉」


 暗闇の中、体を起こしたライアットが苦しそうな声を上げる。背中に手を回し自分の手に感じた生暖かい感触に慌てて後ろを振り向くが、そこにニーナはおらず安堵の息をはく。

 だが、その生暖かい感触のものが自分の熱い背から溢れていることに気がついたライアットは、暗闇の中で顔を引きつらせあたりを必死で見回す。


「うぅぅ……ライ……アット」


 わずかに聞こえる声にライアット暗闇を這って進み、指先に感じた感触を頼りにニーナを見つける。


「ニーナ、大丈夫か? 怪我してないか」


「え、ええ。ちょっと頭を打っただけです……それよりもライアットは大丈夫ですか?」


「僕? 僕はなんともないさ」


 暗闇に慣れてきた目でお互い微笑み合うと、寄りかかれる場所まで体を引きずり壁に体を寄りかからせ、二人は肩を寄せ合う。


 ときおり外で光る稲妻が、自分たちが落ちてきたであろう穴から自分たちのいる場所に光をもたらし、周囲を煌めかせる。

 それがなんなのか、綺麗とかいうよりも、稲妻がもたらす一瞬の光は、互いの顔が見れるチャンスであり、眩しい光のせいで暗闇に目が慣れにくくなってしまう邪魔な存在でもある。


「ちょうどいい……雨風凌げて……運まで味方してる」


「……ええ」


 苦しそうに声を絞り出すライアットと、今にも消え入りそうな声でニーナは返事をする。


 暗闇の中、手探りで記憶の中にあるお互いの形を頼りに触れあう二人は唇を重ねる。長い時間そのままだった二人だったが、ライアットがなにかに気がついたように唇をゆっくりと離すと、暗闇の中涙があふれる目で見つめ、そしてもう動かなくなったニーナを強く抱きしめる。


 しばらく手を震わせるほど強く抱きしめていたライアットだったが、やがてライアットも動かなくなってしまう。


 ━━ジジッ


 黒い花びらが散る瞳に抱き合う二人の姿が映る。

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