9

 シルシエの右目が金色に輝く。


「やっぱり、思いが残ってる。さて、どこの誰だか分からない君はどんなものを僕に見せてくれるんだい?」


 右目の輝きが増し、辺りが光に包まれる。



 ━━ジジッ


「なんで五階にモンスターが‼」


「分からない。だが、攻撃をっ!?」


 視界の中を飛び回る大量の空飛ぶ魚に襲われ、必死に剣や斧を振る男女の姿がある。


 視界の主も抵抗しているのか、苦しそうな声と荒い息が響くなか、視界を本人の武器を持った手が何度も行き来する。


「うぎゃぁああっ‼」


 けたたましい男の悲鳴に激しく視界が揺れ、悲鳴がした方を向くと巨大な魚に人間の手足が生えたモンスターが持つ、三叉の槍に貫かれる男の姿がそこにあった。


「魚人⁉ なんでっ」


 叫んだ女性が槍に突かれ、そのまま持ち上げられると湖へ投げ捨てられる。


 刺されていく仲間に更に荒くなる息。


「こっちだ、ミナモっ!!」


 背後からした声に、視界の主が振り返ったのか視界の風景が流れ線になる。そして、少し離れた場所で手招きをする、男性の姿が見える。

 見えた途端、視界は男性を捉えたまま上下に揺れる。だんだんと大きくなる男性の像と荒い息と心音が響くなか、突如視界が大きくぶれる。


 そして、大きく目を見開いた男の顔に向かって視界の主の手が伸びるが、視界は先ほどとは逆向きの線を引き、視界に湖が映る。


「やだっ……まだっ、ごほっ……あなたっ……」


 視界の主の声が耳に響くが、視界は地面と湖を交互に映し、やがて浮遊感を感じさせ天井が見える。そして視界に線が走ると次には、無数の泡に囲まれる。


 だんだんと暗くなっていく視界の中で、下から黒い影が近づいてくる。それが亀の姿をしているのが薄れていく視界のなかでもかろうじて確認できる。

 そして背負うドクロの甲羅から伸びてきた触手が、透明の膜を開きユリの花を咲かせたとき、薄れていた視界がくっきり映る。


 目の前に迫って来る脈打つユリの花に、視界の主はゴボッと大きく息を吐く。


 そして透明のユリの花が視界を遮って辺りは暗くなる。



 ━━ジジッ



 ノイズが走り、輝く右目でドクロを見つめるシルシエの姿がそこにはある。


「最後にこの花の正体が、なんなのかは知ることはできたんだ」


 そう言って、左目の瞳に咲いた花の花びらを散らしたシルシエが眼帯をつける。


「もうちょっと待っててくれるかな。ダンジョンの調整者が僕に御用らしいから」


 紐を取り出して宿り亀を縛ると、ひっくり返して地面に置く。首を伸ばして起き上がろうとする宿り亀を横目にして、シルシエは湖の方を凝視する。


 水面に波紋ができると、豪快な水しぶきを上げて魚人が飛び出してくる。


 すると水中から飛び出した勢いで空中に身を置いた魚人が、三叉槍を振りかぶるとシルシエ目掛け投げる。


「初手から投げてくるとか、ほんと、ここのお魚たちは活きがよくて嫌になっちゃうよ」


 槍を短剣で弾いたシルシエに魚人の蹴りが襲いかかる。素早く後ろに下がったシルシエがナイフを投げると、魚人は避けることなく体で受け止める。

 固い鱗に阻まれ、弾かれたナイフが地面に転がっていく。その最中、槍を回収した魚人が槍を大きく薙ぎ払う。


 上半身を反らして避けたシルシエが短剣を投げつけ、その間に刃のない刀身の短い短剣に持ち変える。

 素早く指先で柄の部分を弾き、蓋を開けると中にモンスターコアを押し込む。


 瞬間、短剣の刀身が白く輝いたかと思うと、伸びた白い光が刀身となる。

 シルシエの一振りで、三叉の槍の柄が切断され、穂先が空中に舞う。


 魚人が驚く間もなく、シルシエが大きく踏み込んで放った剣閃によって、魚人は上下真っ二つになって崩れ落ちる。


「せっかくニードルフロッグから手に入れたモンスターコアだったのに。っと……」


 崩れ落ちた魚人ではなく、湖の方をシルシエは向いて白く輝く剣を構える。


 そこには別の魚人が顔だけ出していて、シルシエをじっと見つめていた。


「僕はこのダンジョンを完全攻略するつもりはないよ。君たちはここの調整者だよね? 今倒したモンスターたちは全部水に返すから、これ以上争うのはやめようよ。あ、この子だけはもらって帰るけどいい?」


 話しかけるシルシエは、目的を思い出して慌てて宿り亀を魚人に見せる。


 暫くの間じっとシルシエを見つめていた魚人は、チャポンと音をたてて水の中へと消えてしまう。


「ふぅ〜なんとか話が通じてよかったぁ〜。って、これは片付けが大変だ」


 胸を撫で下ろしたシルシエが周囲の燦々たる状況を見て、ため息をつく。

 そして宿り亀のドクロに触れる。


「ミナモさん、あまり意識が残ってないようだから簡単に説明するね。僕と取引しない?」


 そう言って再び眼帯を取ったシルシエの瞳に、小さな双葉のシルエットが浮かぶ。

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