第27話 食い違い
そういうのどかな町のはずだった。だが、その地は俺が思っていたよりも随分と規模が大きいように見える。
町の入口にフィッシャーが立っていた。どことなく落ち着かない様子だ。
「もしかして、随分と待たせてしまったか、これはすまない」
「いや、そうではない」
フィッシャーの様子がどこかおかしい。どちらかと言えばどっしり構えているこの男にしては、妙な焦りと緊張が見える。
「どうした?」
「なんだか、町の様子が違うのだ。別物のような……、俺の知っているドイヒではない」
ドイヒというのは町の名前だ。それは俺の記憶にもある。
「ドイヒ? 発音の違いかしら、ここはドィフィンよ」
ルルーゼが言葉を差し込んだ。
「この婦人は?」
「森の中で出会った」
それ以上を語るのは面倒に思えた。本来ならば、彼女にも、なぜ俺に付いて来るのかという所から詰めて聞くべきなのだが、ここ数日の異世界者たちとの交流で、どことなく面倒に感じるようになってしまった。
「そうか、俺はフィッシャー。よろしく」
「……ルルーゼ・マルフォネーゼよ」
「マルフォネーゼ?」
フィッシャーの顔色がわずかに変化した。
「そう、マルフォーゼよ」
心なしかルルーゼの声が沈んでいるように感じた。何か俺にはまだ詳しいことは分からないが、家名に何か恥じる所があるのだろうか。
「名家のご出身か。このようなレディーだったとはな」
だが、フィッシャーの意に反し、ルルーゼは声音を変え、鋭い反応を見せた。
「貴様、愚弄しているのか?」
「愚弄? どういうことだ?」
「ふざけるな! 私はそのような皮肉が一番嫌いなんだよ」
互いに確実に敵意を剥き出し、一瞬にして険悪な雰囲気に陥ってしまった。二人を見ていると、そこに偽りや演技は見えない。
「待ってくれ、二人とも何か変だぞ。俺は二人が嘘を付いているようには見えない」
俺の言葉を受けて、二人は一旦落ち着いた。だが、その中に燻るものを消化しないと、いつまでも残ってしまう。
「まずは落ち着けるような場所があればいいのだが、フィッシャー、あなたの邸宅へは向かえないのか」
フィッシャーは宙を仰ぎながら、何事か考えていた。
「それなんだがな、さて、どう説明したものか」
「さきほど奇妙な事を言っていたな。知っているものとは違う、と」
「ああ、完全に違う訳ではないが、細かい所が違うんだ。妻と息子も俺に対して違和感を覚えているようだった。何より……」
「何より……?」
「何と言うか、その、奇妙なことを言うが、俺のこの服装が全く町の中で浮いているのだ。皆、いつの間にかルルーゼのような服を着ている」
洋服と和服、というか忍び装束の違いだろうか。忍び装束は別として、確かに町中の者達の服装が、一斉に洋服に変化していたら驚くだろう。
「なるほど」
「それで、俺としては得体の知れない町中を歩くのは気が進まんのだよ。君たちに変な危害を与えることになりかねない。すまないが、王子の件を調べる前に、まずはこの町に何が起きたのかを調べるのが先だ」
ルルーゼが妙なトーンで口を挟んだ。
「調べるも何も、ここは私の知っているドィフィンに違いはない。それならば、フィッシャー殿の認識に、どこか異常があるように感じるが?」
どこか棘があるが悪意は見えない。フィッシャーもそれを理解しているからか、特に強く言い返さなかった。
「……そう、だな。まるで異世界にでも迷い込んだような気分だよ。これで、俺の別人でもいたりしたら、もう何が何だか分からなくなりそうだ」
異世界。その言葉を聞いて、俺は胸に冷たいものを感じた。
フィッシャーが扉を抜ける際に、もしかすると微妙に異なる世界に来てしまったのかも知れない。シェリフが元の世界に戻れないことから考えても、今までのものではない、不可思議な異変が発生している可能性もある。
俺はぽつりと呟く。
「その可能性がないとも言えない」
「何だって、そんなバカなことがあるか」
これまで、何人かには話して来たが、フィッシャーを含めたマダイの者達には、あの扉を隔てて、異世界との繋がりが生じていることを伝えきれずにいた。
「フィッシャーと俺にとって、ここは異世界、つまりルルーゼの世界なんだ。そう考えると説明がつくような気がする」
フィッシャーはわずかに黙り込んだが、彼自身、その可能性にいくばくか気が付いていたのだろう。
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