第26話 姫と騎士

 やる気を出したかと思えばまた沈みがちになる。その女性の態度はどこか煮え切らないものがあった。


 しかし女の発言が気に掛かる。さて何が起こるのかと思っていると、やがて足音が近づいて来た。


 着飾った女とイケメン騎士だ。女の方はまるで姫君のような格好をしている。ブロンドの髪を風になびかせ、ほのかな香水の匂いが周囲に漂わせていた。騎士は長身の細身の男で、軽装ながら実力者の雰囲気を醸し出している。


「見つけましたわよ! あなたの残虐非道な行いも、とうとう年貢の納め時ですわね」


 姫の声に促され、騎士は臨戦態勢を取りながら、問答無用といった具合で迫って来る。彼らの視界には、まるで俺が映っていないかのようだった。


「あ~あ、今回はこれで終わりか。まあ、次はもっと上手くやるわ」


 女は女で俺への興味を無くして、すっかりうなだれて座り込んでしまった。こうなると、俺は一人の観客として、彼らが繰り広げる演劇を観ているような気分だ。


 騎士は歩みを止めず、流れるような所作で剣を抜き放つ。その確固たる足取りの前では、女が諦めるのも分からないでもない。


 騎士は無言のまま、高々と剣を振り上げた。女は無抵抗なままだ、既に運命を受け入れているのだろう。


 さてどうするか。


 観客を決め込むか、それとも、とばっちりを避けるべく離れるべきか。彼らの暴力の切っ先が、俺に向かないとも限らない。


 ただ、俺は俺をロジタールと呼んだその女をどこか憎めないでいた。何より、事情は分からずとも、目の前で残忍な殺生が繰り広げられるのも目覚めが悪い。


 俺は意志を決めた。


「はっ!」


 騎士の持つ剣の腹に向け、鋭い衝撃波を放つ。騎士は衝撃に耐えきれず剣を手放した。


「な、何だ、何が起きた!?」


 騎士が狼狽する。その時ようやく俺と視線がかちあった。一瞬の間があって、男が叫ぶ。


「……何だ貴様!?」


 分からないでもない。奇妙な喩えだが、観客が劇に乱入したようなものだ、彼らからすれば訳が分からないし、激昂してもおかしくない。


「おい、よく分からないが逃げるぞ!」


 俺は驚く騎士を横目に、座っていた女の手を取って体を引き上げた。同時に頭上の木の枝を衝撃波で落として視界を塞ぎ、騎士たちの足を止める。


 それから俺たちは木々の間を無言で走り続けた。騎士はいくらか追いかけて来ていたが、やがてその足を止めたたようだ。俺たちは後方から誰も追って来ないことを確認して息を整えた。


「はぁはぁ、た、助かった、の……?」


「ふう、そうみたいだが、もしかして余計なことをしたか?」


 今一つ事情が不明だ。もし、彼らが本当に芝居をやっていたというのなら、俺は全く恥知らずなことをしてしまったことになる。


「そんな訳ないじゃない! あなたは命の恩人ロジタールよ!」


 執事から昇格したようだが、とにかく話が呑み込めない。


「とりあえず、俺がやった事は間違いじゃなかったんだな、それならいいが」


「確かにそうだけど、本当にあなたって何者?」


 何者と問われても、俺にはその答えが用意できない。ここでは屋敷の留守番も通じないだろう。


「何者、か……」


「そんな真剣に考え込むこと? まあいいわ、それで、これからどこか行くところがあるの?」


「一応、約束がある」


「そう、それじゃあ行きましょうか」


 そうして俺たちは再び森の中を歩き始めた。


 ……いや、ちょっと待ってくれ。


 どうしてこの女は俺に同行するのだろう。だが、それを聞こうにもタイミングを失してしまった感がある。歩きながら話をするしかない。


「そういえば、名前を聞いてなかったな」


「私はルルーゼ。……ルルーゼ・マルフォネーゼ」


 彼女の口からためらいがちに漏れ出た名前を聞いて、俺は素直にかっこいいなと思った。俺も適当に名前を変えて、例えばロジタール・ジル・グランダルなどと名乗ってみてはどうだろう。何となく響きもいい。


 と、そのようなことを考えていると、ルルーゼが問いかけて来る。


「マルフォネーゼの名前を聞いて、何も思わないの?」


「うん? 名家なのか?」


「……い、いや、なんでもないわ。本当、あなたって変な人ね。よく見たら顔も悪くないし…。そう、あなたは執事で、命の恩人で、私のこい……」


「何だ、何か言ったか?」


「な、何でもない……ありませんことよ」


 よく分からないが、こういう時は黙っておくのが無難だろう。


「それで、誰とお会いになりますの?」


「フィッシャーという男だ。この先の町の入り口で落ち合う約束がある。時間を潰して来いとのことだったが、もうそろそろ大丈夫だろう」


「フィッシャー? 私はこの近隣にだいぶ詳しいはずだけど、そのような者、知らなくってよ」


「偽名なのかも知れないな。色々と忍んでそうだし、そういう可能性もあるだろう」


 思えば、俺はフィッシャーのことも良く知らない。態度や話し振りに怪しい所がないから信頼しているが、それこそ実際の所は分からない。何もかもが急なのだ。フィッシャーに対しても知らないことが多過ぎる。


 歩くこと数分。俺たちは森の出口、そして町の入り口にやって来た。


 漁村をいくらか発展させたような町で、港町の一面も持っているようだが、そこまで規模は大きくない。稀に強い潮風が吹いて、海鳥の声を運んでくる、そんなのどかな町だ。

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