第28話 残された選択肢

「仮にそうだとすると、この世界では君と王子の関連を調べることも出来なくなるな。それよりも俺たちの身の振り方と言うか、今後のことを考えていかなければならない」


 フィッシャーの言葉はもっともだが、他にも気掛かりは多い。


 まずは俺の記憶についてだ。この世界に来た時、俺の頭の中に、なぜかこの世界の記憶というか、感覚がうっすらと存在していたのは事実だ。


 それを踏まえると、俺は俺自身の記憶というか、存在そのものが自分でも不安になって来る。本当に俺というのは何者なのだろう。


 ならば、フィッシャーの言っていた通り、俺は本当にマダイの国の王子に対し、何か良からぬことをしてしまったのかも知れない。記憶が曖昧である以上、それを完全に否定することもできない。


 屋敷に封印された理由ももちろんだが、俺自身が何者なのか、それも明らかにしていかなければならない。


「ねえ、待ってよ、さっきから二人の言っていることが良く分かんないんだけど。私にも説明しなさいよ」


 問題はそればかりではなく、ルルーゼとのことも考えなければならない。少なくともこの状況では彼女の知識は大いに必要だ。


「その前に、ルルーゼは俺たちと行動を共にする、ということでいいのか?」


「そうね、今回はもう良く分からなくなっちゃったし、とりあえずあなたたちに全てを委ねてみようと思う。私が知っていることなら素直に話すから、迷惑にはならないはずよ」


 俺はちらりとフィッシャーを横目で見た。彼も異存はないようだ。


「分かった、だが、落ち着こうにも森の中というのも落ち着かないな。ルルーゼの方はどうだ?」


「わ、私の、家……? 本気で言ってるの……?」


 俺たちのやりとりを見て、フィッシャーが何事か言いたそうにしていたが、しかし自制して口を噤んでいるように見えた。彼自身、何か違和感の正体を探っているのだろうか。


「……うん? そりゃあ、冗談で言っても仕方がないからな」


 ルルーゼはそっと俺の瞳を覗き込んだ。実際、俺は何の冗談も言ってないが、ルルーゼの藍色の瞳を見返していると、失礼なことをしたのではないかと感じてしまう。


 ルルーゼはそのまま俺とフィッシャーとを見比べた。どちらも真面目くさった顔だ。目的を出鼻から挫かれて、さらに訳が分からない世界に迷い込んでしまったのだ、怪訝な顔つきにもなる。


 その点、ルルーゼはやはり何を考えているのか分からない。表情や感情表現が豊かなようで、落ち着く時は落ち着いている。


「簡単には信じられないけど、あなたたちは異世界から来たっていう設定だったわね。本来ならすぐにでも引っ叩きたいところだけど、私にとってもあなたたちが異物であり、不可思議な存在であることは事実。まずはその話、信じてあげるわ」


「……」


 何ともコメントし難いセリフだ。フィッシャーも同様であるらしく、俺同様に静まり返っている。


「ちょ、ちょっと何よ、人が信じてあげるって言ったのに。まあいいわ、私の屋敷はね、今頃、きっと焼き討ちにでもあっているでしょうね」


「焼き討ち? 穏やかではないな、何かの比喩か?」


「言葉通りよ。私は我が世の終焉を予感して、最後に優雅なティータイムと洒落こんでいたの。あいつらが私を倒しに来ることは分かっていたから。もっとも、こうして逃げられるなんて思いもしなかったけど」


 フィッシャーの方はフィッシャーで気になるが、ルルーゼの方も色々と気がかりな点は多い。何か予知めいたことを語っているが、いったいどういうことなのだろう。


「それにしても困ったな、二人の話を聞くにしても拠点が欲しいところだが……」


 俺のぼやきに、まずはフィッシャーが目線で応える。そしてルルーゼが続く。


「私もフィッシャーもダメとなれば、あとはあなただけではなくって、ロジタール。あなたはどこに住んでいるの?」


 このままだと俺の屋敷へ向かうことになりそうだ。だが、なんというか、俺は自分の屋敷に向かうのが怖かった。


 本来ならば、ここはフィッシャーのいた世界のはずだが、それが良く分からない間に改変されて異世界となっている。仮に、この状況でルルーゼが屋敷の扉を開けるなどしたら、更に複雑怪奇になるのではないか。最悪、玄関扉を開けても、全く知らない空間に繋がる可能性がないとも言い切れない。


「俺が昔に住んでいた屋敷はもう手放してしまった。最近は町から町を練り歩く宿なしの生活さ」


 この言葉で、フィッシャーなら何となく察してくれるはずだ。彼もまた、この異世界訪問でそれなりの精神的ダメージを負い、その危険性を身に沁みて理解している。これ以上、危険を冒す可能性を排除したいはずだ。


 だが。


「どうしたロジタール、何の冗談だ? 確かに一度、ベースとしての拠点は必要かもしれない。まずは君の屋敷へ戻ろうか」


 淡い期待ではあったが、見事に裏切られてしまった。とはいえ、フィッシャーもこの事象に明るい訳でもないからまあ無理もない。俺自身でさえ上手く説明できないのだ。


 そういう訳で、俺たちは仕方なく元来た道を戻り、屋敷へと歩を進めた。


 道中、話題はやはりこの世界を取り巻く状況についてである。それにはルルーゼの知識が不可欠だ。しかし彼女は落ち着きを取り戻したかと思えば、物騒なことを軽やかに言い放つ。


「ああ、屋敷の化け物の噂ね、確かに存在するよ。でもそこの主はロジタールなんて名前ではなかったはず。なんとなく響きは似ているような気がするけど、誰だったかな」

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探求者ロジタールの苦悩 石たたき @ishitataki

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