第20話 無言の男たち
「それはだな……」
俺は彼らに俺たちが互いに異世界者同士であること、そして扉を隔てて世界が繋がっていることを伝えた。
「そういう訳で、ここには諸君らが探しているようなモンスターはいないはずだ。俺と酔っぱ……客人が奥にいるだけだ」
改めて二人は顔を見合わせる。
「いや、いるぞ、とびきりの奴が、この付近に」
「ああ、間違いない。これを見てくれ」
グラッフェが懐から何かを取り出した。オーブとでも言うべきだろうか、手の平にすっぽり収まる楕円状の物質だ。
「これがどうした?」
光沢のある黒色の物体だ。パッと見た感じ、鉱物とも装飾品とも見える。
「これは探知石と言って、これまでに協会が収集したモンスターたちの波動が刻み込まれている。そして、登録のない、もしくはレアな奴が近くにいると独特の輝きを放つ。今は黒、つまり……」
「つまり?」
固唾を飲む俺に、ルインが低音で囁く。
「通称ブラック。未確認の奴が近くにいるってこった。危険な奴かは分からないが、どんな奴か分からないっていうのは、とっても怖いものなんだぜ、兄さん」
「そういうことだ。すまないが、こればっかりは譲れない。それに、あなたも全く知らないモンスターが屋敷内にいるとなれば、おちおち寝てもいられないだろう? むしろ、私たちが来て良かったのではないか」
間違いではないが、少し口振りが気になる。詐欺師のそれを思わせるようだ。
「少し考えさせてくれ」
「まあ、我々も無理矢理というのは気分が良くないからな。賢明な判断を頼むよ」
俺はグラッフェの顔をそっと覗き込んだ。ルインはあれだが、この男は存外まともな感性を持っていて、俺と似ている気さえする。
「……待てよ、もしかして」
俺の呟きに、グラッフェが応える。
「どうした?」
「モンスターというと、どういうのが多いんだ? 人型とか、そういうのもいるのか」
「獣から人型まで様々だ。知能だって様々で、人に擬態が得意なやつがいたら、俺たちでさえ見落としてしまうかも知れない。まあ、さすがにそれほどの奴にはまだ出くわしたことはないがな」
「そうか」
「思い当たる節があるのか?」
ある。良く考えれば、あの酔っ払いの素性は分からない。そう言えば名前さえ分からない。ただ、これを正直に言っていいものか、慎重にならなければならない。
「まあ、な。その探知石とやらは、対象に近づけば精度が上がるようなものなのか? もしそうであるならば、調べて欲しい場所がある。ただ、なるべく物音は立てないでくれよ」
俺は二人を連れて一階の奥の部屋へ向かった。先程の酔っ払いを眠らせている部屋の付近だ。グラッフェがそっと部屋に近づき、ドアの辺りで探知石をかざす。
石は黒色のまま、怪しく明滅を繰り返した。さきほどとは違った様子を示している。
ルインが小声で俺に語り掛ける。
「おっ、モンスターに近付いたようだな。この付近にいるのか? そういえば、最初に静かにしろって言ってたな。心当たりがあるのか」
「事情があってだな。えっと……」
その場で軽く説明しようとした所、不意に目の前の扉が開いた。
!?
「……」
そこにはあの酔っ払いが無言で立っていた。丁寧に服を着ている。
「……」
「……」
「……」
俺たちは急な事態を受けて、その場で押し黙ってしまった。
この中で何か言葉を発するべきものがいるとしたら、それは俺だろう。特にハンター二人の視線を受けて、俺はきまりが悪そうに咳払いをした。
そして同時に酔っ払いを見る。時間的に考えれば、まだ酒が抜けているとは思えないが、さきほどと比べると、かなりまともな顔付きだ。
気まずい沈黙がしばし続いた。
やがて沈黙を切り裂いて、男が声を発する。
「あの……」
「は、はい」
俺は思わず身構えた。この者は、自称犯罪者だったり、筋肉質だったり、とにかく得体が知れない。何が飛び出すか分からないのだ。
しかし、男の口を突いて出た言葉は意外なものだった。
「あの、もしかして、私はまた良からぬことをしでかしてしまったのではないでしょうか……」
俺は何事かと男の顔をじっと見た。ルインたちも何事かと俺を見ている。
それもそうだ、危険な存在がいると言われて来てみれば、出て来たのは物腰の柔らかい優男。不思議に思うのももっともだ。
だがそれは俺も同じ。一体どう返事をしたらよいのか、見当もつかない。
「え、えっと……」
「ああ、やっぱり私が何かやったんですね!? そうだ、そこのお二人はそんな私を懲らしめに来たのでしょう!?」
「ちょっと、まずは落ち着いて下さい、そんなことはありません。私たちは別の目的で来たのです」
男に合わせると、つい口調が移ってしまう。俺は改めて咳ばらいを一つして、手早く目的を告げようとした。
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