第17話 謎の生物

 俺が試したいこと。


 それは、一階の奥、ロングランの世界への扉を開いたまま、シェリフの世界の玄関の扉を開いたら、何かが起こるのではないか、ということだ。


 つまり、この屋敷を仲介として、二つの異世界をつないでみる、というと分かりやすい。


 俺は一階の奥へ向かい、まずはロングランの時間軸へ通じる部屋の扉を開いた。


 正直、今は誰かと顔を合わせたいとは思えない気分だ。誰もいないことを願う。


 願いが通じたのか、そこには静寂が広がっているだけだった。念の為、手を伸ばしてみたが、やはり封印により侵入することは出来ない。


 そしてその扉を開け放ったまま、次は玄関口へ向かう。


 さて、一体何か起こるだろうか。何も起きないかも知れないが、全く新しい何かが起こる可能性もある。


 開くぞ、開くぞ。


 俺は胸を高鳴らせながら、そっと玄関口を開いた。


 瞬間!


「うおおおおおっ!?」


 突如、凄まじい風が吹き荒んだ。目も開けていられなくなり、俺はその場になぎ倒される。


 直後、玄関扉はけたたましい爆音を立て、ひとりでに閉まってしまった。


「マスター! 大丈夫ですか!?」


 物音に驚き、部屋を飛び出したパーミラとシェリフが急いで駆け寄って来る。


「あ、ああ、問題はないが……、いや、何だ、何か嫌な予感がする……」


 結局、玄関扉の向こうに広がっている風景は見えなかった。それがシェリフの来たダンジョンなのか、いつも通りの森なのかも分からない。


 シェリフが屋敷内にいる状態で、俺が扉を開いたらどうなるのか。好奇心が満たされず、悔しい限りだ。


 ただ、事はそのような後悔で済む問題ではなかった。


「ちょっとちょっと、一体何をしたのよ……。こう、何かやばい感じがビンビン伝わって来るわ」


 勝気なシェルフが、いつになく弱気になっている。パーミラは周囲の警戒に余念なく、表情を引き締めている。


 空気が重い。身が縮こまるような、窮屈な感じがする。気分だけではなく、実際に体が重たくなったようにさえ錯覚する。


「あ、マ、マスター……!」


「ちょっと、ロジタール……!」


 突如、二人が奇妙なものを見るような眼差しを向けながら、ゆっくりと後ずさりをし始めた。


「おい、何だ、どうした!?」


 二人の視線は俺の背後、もしくは肩の辺りに注がれている。何か体が重いと思っていたが、本当に何かが乗っているとでも言うのか。


 ゆっくりと体を回し、背後を見て、そして肩を見る。


 しかし、何も見えない。だが、意識してみると、何かが存在しているのは分かる。


「俺には何も見えない。二人はどうなんだ……」


「翼があって……」とパーミラ。

「四つ足の……」とシェリフ。


 二つの声が重なる。訳が分からなくなって来た。一体二人には何が見えているのか。


 ただ、それは二人も同様であるらしい。彼女らはもう一方の意見を聞いて驚いた。


「四つ足なの!?」とパーミラ。

「翼があるの!?」とシェリフ。


 奇妙な問答だ。


「もしかすると、二人に見えているものが違うとでも言うのか? しかし、俺には何も見えないぞ」


 俺自身の手で、何があるのか確かめるしかない。大丈夫、俺にはオートガードがある、危険があればきっと弾き飛ばしてくれる。


 ええい、ままよ!


 俺は焦れて、勢いに任せて手を伸ばした。


 手が宙を泳ぐうちに、何かにぶつかった。感触を確かめると……モフモフ?


 瞬間、何も見えなかった空間に、謎の生物が出現した。


 確かに四つ足で翼を持つ生物だ。単語だけだとスフィンクスのようなものを想像してしまうかも知れないが、しかし肩に乗る大きさ、愛らしい瞳など、特徴的には翼のあるネコという方が近い。


「あら、可愛い!」


 だが、近付こうとするシェリフを、パーミラが素早く制する。


「待って! さっき感じた気配、忘れたの?」


 パーミラの言うとおりだ。俺たちは、一見すると愛らしいこの生物の出現と共に、確かに恐ろしい感覚を感じ取ったのだ。


「でも、姿を見てしまうと、ちょっと変わって来るのよね」


 一方でシェリフの言葉も正しい。それは姿に惑わされている訳でもない。さきほど感じていた邪悪な気配とでも言うべきものは、既に周囲から消えていた。


「マスターは何か不調を感じないので? ……その、懐かれているように見えますが」


 その生き物は俺の肩の上で丸くなり、鳴き声も発さずにぼんやりしている。俺たちの声が届いているのかいないのか、のんきにあくびをしている。こう見ると全く小柄な猫のようなやつだ。


「ううむ、問題はなさそうだが、正体が分からない以上、どことなく恐ろしいものがあるな」


「ロジタールが触れるまで、私はその子の姿がおぼろげで霞んで見えていたの。得体が知れないことには変わりないけれど……」


 シェリフはそう言いながら一歩二歩と俺に近づくと、その生物の目を覗き込みながら感想を漏らす。


「何か眠たそう。この子、もしかするとまだ子供とか赤ちゃんとか、そんなんじゃないかしら」


「実害がないなら、とりあえず様子を見るか」


 その生物には問題なく触ることは出来るようで、俺は手ごろな場所に移して安静にさせた。


 さて、問題はこれからだ。俺の行動により、また新たな懸念が生まれてしまった。

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