第13話 勇者と魔導士
静寂が彼らの間に入り込み、空気が収縮していくようだった。
じれるような時間がわずかに続く。そして。
「はっ!」
先に動いたのは剣士だ。瞬時に間合いを詰め、軽やかな所作でロングランに襲い掛かる。
一方のロングランもそれと同時に身を引き、第一撃目をひらりとかわした。野暮ったい見掛けによらず、かなりの俊敏さだ。
「見よ、そして受けよ、我が秘術!」
ロングランが高らかに叫ぶと、周囲の空気が急激に熱を持ち始め、やがて六つの火球が杖の先端に出現した。
火球は杖を離れ、剣士の男の周囲を素早く回転し始めた。炎の球は半径を縮めながら剣士に迫り、剣士に熱によるダメージを与えていく。
「うおおおおっ! しかし、これしきのことで!」
火球の素早い動きに翻弄されつつも、剣士は素早い斬撃を繰り出した。剣を一度振るうごとに、一つの球が消えていく。それは見事な精度で、ちょうど彼が火の玉と同じだけ剣を振るった後、ロングランの魔法の効力は残っていなかった。
「何と! あの高速で動く火球を打ち払ったというのか!?」
しかし、ロングランの顔は悲壮に満ちていない。それは相手に敬意を払い、力を認めている表情だ。ロングランの(単純な)性格を考えれば、予想出来なかったものではない。
そして、それは剣士側も同じこと。
「そちらこそ見事なものよ、これだけの魔法を使う奴はそうそういない! さぞや名前のある者だろう」
「我が名はロングラン、その身に刻み込め!」
「俺はキリンジ、そちらこそ、我が名を忘れるな!」
キリンジと名乗った剣士は、実に爽やかな笑顔でロングランに答えた。そして互いに満足してしまったのか、双方ともに武器を収めてしまった。
「ちょっとちょっと! どうしたのよあんたたち」
すかさず女が突っ込みを入れる。だが俺も男として、彼らの気持ちが分からない訳ではない。男たちの『殴り愛』という観念は異世界でも共通しているのだ。
キリンジとロングランは二人だけの世界に入ってしまったようだ。
何にせよ、一同からは完全に戦意が消えてしまった。女は俺に向かって言葉を向ける。
「う~ん、でもまあ、彼が認めたっていうのなら、それはそれで仕方ないわ。私は彼に敗れた身。そして従う身。半歩下がって、そっと従うの」
ノロケが始まるような気もするが、念のために女に聞いておかなければならない。
「お二人はどういう関係で?」
「う~ん、言っていいのかなあ? ねえねえ、どう思う、ダーリン?」
「別に大したものではない。故に、隠し立てするものでもない」
「そう? それなら言うけど、私はロトーニャ。昔はこう見えて、彼と私はバッチバチに戦ってたんだから~」
そう言うとロトーニャはキリンジと腕を組んだ。キリンジはどこか気恥ずかしそうにしながらも、満更ではない顔つきだ。
「戦っていた? 仲が悪かったとか、種族的な戦いか?」
ロトーニャの額の角を見る限り、人間ではないだろう。鬼、もしくは魔族などという可能性もある。
「いやあね、そんな気楽なものじゃないわよ。もっと激しく、力強く戦っていたわ」
「そうそう、ハニーは魔族の王として、俺は人間たちの代表である勇者として、それはもう憎しみをぶつけあったもんだ。でもな」
二人が見つめ合う。俺は場の流れに合わせて、気乗りはしないが合いの手を入れる……。
「でも?」
「私たち、何度も戦っている内に、お互いに想い合うようになったよのね」
そう言ってロトーニャはキリンジの胸に顔を埋めた。
「ああハイハイ、幸せの絶頂って訳ね」
俺は不貞腐れたように言葉を絞りだした。なんだってこんな所まで来て、陽キャ共のラブラブを見せつけられなければならないのか。少しは不幸というのが、この二人に訪れればいいのに。
しかし、そうはいっても人柄を見ていると憎めない気がする。続くキリンジの言葉もそれを後押しした。
「そういう訳でもないぜ。なんたって両軍の長がいきなり行方不明になってしまったんだ。かつて信じ、慕われていた者達に追われ、俺たちは急転直下の世界のお尋ね者よ」
「そうそう、愛の逃避行ってヤツ!」
しばらくの間、俺と同じく半ば呆れ顔で静観していたロングランだったが、ここでそっと彼らに問い掛けた。
「それで、俺も半信半疑なんだが、その扉の先、つまりあんたらが来た所はどういう所なんだ? このロジタールの話では、この屋敷とその扉とが、異世界を繋ぐ門であるようなんだ」
「そうなの? まあ、そう言われてみると、確かにそうみたいね。まあいいでしょう、ダーリン、説明してあげて」
「よし来た。耳の穴かっぽじって良く聞けよ。世界の端に、
「誰かの居場所を奪うほど、アタシたちはまだ焦ってないのよ~。まあ、くれるっていうのならもらってもいいけど」
「俺とロングランにも奇妙な縁があって、一応はこの屋敷の留守を預かっている身だからそれは出来ない。まあ、無下に追い返すようなことはしないが」
彼らからは様々な知見が得られるかも知れない。俺は改めてこの屋敷が様々な異世界と通じていることを彼らに告げ、その原因が何か分からないかと尋ねた。
「原因? 多分それじゃないかしら」
ロトーニャが俺の方角を見据えながら呟く。
「それ?」
俺が疑問の声を投げ掛けると、途端に二人は顔を見合わせた。
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