第8話 スローライフ志望者

「ただいま戻りました」


 俺はすかさずパーミラの元へ駆け寄った。


「一体どうしたんだ!?」


「あ、いえ、これは別に……」


「別にって、そういうことはないだろう……」


 しかし、その言葉通り、パーミラは確かに落ち着いている。よく見ると、傷も鎧の上にあるものばかりで、体そのもには何もない。また、手にはわずかながらも食糧を手にしていた。


「これは、ここから少し離れた森の中で暮らしていた者との手合わせにてやられたものです。それも訓練の範疇で、お互い合意の上です」


 合意の上……、不思議な響きを持つ言葉だ。


「それならいいが……」


「それより、外の様子をお伝えしなければなりませんね」


「そうだな。こちらも話す事がある。立ち話もなんだ、奥へ行こう」


 俺はパーミラを一階の奥の部屋に案内した。


「まあ! 素敵なお部屋になりましたね」


 午前中、少しばかり部屋の模様替えをした。無機質な部屋ばかりというのも寂しいから、一つを完全な応接用としたのだ。ソファーに机、観葉植物、カーテン。他の部屋にあったものを流用し、それらしく整えた。


「ありがとう。それで、まずはその傷だが、本当に大丈夫なんだな」


「ご心配ありがとうございます。この傷は偶然、森の中で出会った騎士殿と手合わせした時のものです。かなりの手練れの者と感じ、相手が好意的なこともあり、稽古をつけてもらいました」


 表現はアレだが、見ず知らずの者といきなり殴り合ったとも受け取れる。パーミラは意外と好戦的なのか?


「そうか。しかし、無茶はしてくれるなよ」


「はい、その点は自重しております。マスターの立ち位置は理解しているつもりです」


「すまないな、昨日今日の関係で、迷惑ばかり掛ける」


「いえ、時間など我々の前には無用です! それで、いかがでしょう、その者、名をディバルドと言うのですが、何やら激戦に疲れてしまったようで、静かな地を探して近隣に辿り着いたということ。スローライフを求める、優しさの中に強健さを秘めた静かな戦士です。会ってみられてはいかがですか。何か我々の知らないことを知っているかも知れません」


「なるほど。そうだな、現状、他に手がかりらしいものもない。すまんが仲介を頼もうか」


 共有しなければならない情報はそれだけではない。俺からも、この短い時間に起きた様々な出来事をパーミラに伝えなければならない。


「……なるほど、不思議なものですね」


 一通り話を聞いた後で、パーミラは唸るような声を出した。


「どう思う?」


「すぐには信じられないことですが、屋敷の玄関口が、彼らの世界のどこかと繋がってしまったのではないでしょうか。そして、帰る場所がある者達は、そのまま向こう側へ帰ることが出来る。その点で、帰る場所がない私とは違うのではないか、と思うのです」


 パーミラは仲間たちから追放されたのち、失意の内に町を歩き、仮初めの宿を求めて、町外れの屋敷へ足を踏み入れた。確かに、言ってみれば帰る場所がないようなものだ。


「ならば改めて、パーミラ自身もこことは違う世界から来た可能性が高いな」


「はい、森を調べていても、私の知らない植生がありましたし、見慣れないモンスターにも遭遇しました。マスターのその考えは正しいかも知れません」


「そして更に、様々な者達が、また別の異世界から到来しているという訳か。しかし、異世界との境界線が屋敷の玄関口となると、そのスローライフ志願者は、この世界の住人である可能性があるな。話を聞く価値がありそうだ。本来なら、俺から会いに行くべきなのだろうが……」


「それは仕方ありません。きっと彼も理解してくれるでしょう」


「ただ、俺が封印されている、というのは隠しておいてくれ。別に格好を気にしている訳ではない。封印というのは、考えようによっては大きな弱体化だ。そのような事を、誰それに告げても良いことはないだろう」

 

 様々な世界と玄関の扉が繋がっている。それは不安でもあり、希望に繋がる材料でもあった。シェリフの世界はダメだったが、もしかしたら封印の及ばない別の世界が存在するかも知れない。


「しかし、マスターを襲ったという相手が気になりますね」


「予感だが、あの手の輩はこれから増えて来るような気がする」


「一つ思ったのですが、それらが互いにぶつかりあうことはないのでしょうか。例えば、私たちがどこかに隠れていれば、互いに物事を知らぬ者同士、何か奇妙な相乗効果が起こるかも知れません」

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