第9話 鳴動

「ふむ、それで誰知らぬ者同士、互いにぶつかってもらうのも一つの手だな。俺だって無駄に戦いたい訳じゃない」


 俺は真っ当な発言をしたつもりだが、パーミラはやや意外だといった表情を見せた。


「彼らを戦わせる? 自分の力を試してみたい、などとは思われないので?」


「うん? 理由のない戦いをしても仕方がない、と俺は思うのだが……」


 パーミラは大人しい女性だと思っていたが、しかし実際は陽キャのそれだ。そもそも、森で初めて出会った実力者と思しき者に、初対面で剣術のやりとりを申し込むものだろうか。


「そうですね、マスターの力量があれば、その感覚も当然です。私はまだまだ研鑽けんさんを積まなければならない立場ですので、その考えには至っておりません」


 パーミラの目がきらりと輝いた。時折、パーミラの視線を痛く感じる時がある。


 そもそも俺は本当に強いのだろうか、今一つその実感がない。


 だが、マタイの戦士たちに指摘された、オートガードと呼ばれるものは、どの創作物でも強力な能力の筆頭として挙げられる。これがあればすぐに死ぬことはないだろう。


「いずれにせよ、異世界の者達が、いつどのような形でこの屋敷を訪れるか分からない。パーミラも十分注意しておいてくれ」


「分かりました」


 とはいえ、日々を漫然と過ごしていた俺よりも、パーミラの方が危機を察知する力に長けているだろう。何かの折には彼女を頼った方がずっと良さそうだ。


「しかし、パーミラは君自身の希望などはないのか? 今はまだ休養中なのかも知れないが、元々は、何か目的があって冒険者になったのだろう?」


 俺は俺の為に彼女を縛り付けるつもりはない。もし、パーミラが自分の意思で何かをなしたいと言うのなら、それを止めるつもりはない。


「それもありますが、私はこの通り、好奇心が強いので、今はそれを大事にして、そして誰かに尽くしている方が合っているのです。それがパーティだろうが個人だろうが、大きな違いはないと思っています」


「俺はものすごく助かっているが、それに縛られることはないんだぞ」


「はい。ですがマスターのお近くにいたいのはそれだけではありません。私は武芸に長けた者を尊敬しています。そのような方の近くにいれること、それだけで自分自身も満たされる気がするのです」


 それを聞いて安心した。彼女がパーティから追放されて、どこかヤケを起こしてはいないかと心配していたのだ。


 日が暮れると、館内には何というか、おどろおどろしい雰囲気が訪れ始める。単に暗い、というだけではない。はっきりした事は言えないが、それまでの穏やかな空気が入れ替わるような感覚がある。


 昨夜もそうだったが、そうなるとあまり館内を見て回ろうだとか、外に出ようとは思わなくなる。結局、それから俺たちは軽い食事を終え、その日もまた早めに眠りに就いた。


 そして翌朝。


 俺はどこかから聞こえる、地響きのような、けたたましい物音で目を覚ました。


「な、何だ何だ!?」


「い、一体何の音でしょう……」


 俺たちはそれぞれの部屋から出た所で顔を合わせた。黒いネグリジェに身を包んだパーミラは、騎士の姿とは随分と違って見える。


 エロい。思わず唾を飲み込んでしまった。


 それまで、なるべくパーミラを女性として意識しないようにしていたのだが、それを見るとどうにも意識してしまう。


 俺は動揺を隠すべく、その場を切り上げようとした。口を出る言葉が自然と早口になる。


「玄関の方だ。恐らく、またどこかの世界と繋がったのではないだろうか」


「そうなると、私は初めてです、一体どのような者が訪れたのでしょうか? 興味が出て来ますね」


 窓越しに見ると、外は既に明るく、朝の強い光が木々を照らしている。深夜に異変が起きなかっただけマシ、と言った所か。


「よ、様子を見て来る……!」


 薄着のパーミラから目を逸らすようにその場から離れると、俺は足音を殺し、ホールへ続くドアをそっと開け、そして奥を覗き込んだ。


 しかしそこには俺が思ったような異変は見当たらない。ホールに出て周囲を眺めてみるが、玄関口が開いた形跡もなければ、人の気配もない。


「おかしいな、何かあれば、必ずここだと思ったのに……」


 そのまま周囲を見回している内に、軽装ながら騎士風の姿になったパーミラと合流した。


「いかがですか」


「いや、特に目立ったものは見当たらない」


「少し、屋敷内を見て回りましょうか」


 パーミラがそう言い掛けた時である。どちらともなく、俺たちはふとした違和感に気が付いた。


 どこがどう、という明確な指摘は出来ないが、何か様子が違うような気がしたのだ。


「……」


「何か、様子が変ですね」


「ああ、何だろう。……もしかして、広くなってないか?」


 よく見ると、少しばかり部屋が膨張しているように見えた。部屋のデザインなどは変わらないが、空間そのものが少し大きくなっているのだ。


 もちろん、俺たちが縮んだということではない。


「これが持ち家だったら嬉しいのでしょうけど、得体の知れない屋敷だと不気味な所がありますね」

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