第5話 放送権
突然話しかけたせいか、女はその場で飛び上がらんばかりの身動きをした。と思ったら、すかさず俺にスマホを向けて騒ぎ始める。
「で、で、で、出ました! 細身の魔導士のような服装をした男です! これはボス、なのでしょうか!?」
甲高い声が、静かな屋敷に
俺の中にある記憶が蘇る。
かつてテレワークでの会議があった。季節は夏。俺は適当なジャケットを羽織り、下半身はパンツのみという、よくある出で立ちで会議に臨み、そしてよくある話だが、ひょんなことからその様子が映像に映ってしまった。
それからは社内で失笑ものだ。陽キャならいい感じにネタに変えていけるのだろうが、俺はそうではない。その後も密やかにバカにされ続けた。
「まずは撮影を止めてもらおうか」
俺は階上から、感情を乗せない、淡々とした声で言い放つ。
「えっ、なになに!? ボスです、これは非常にボスです! 皆さん、聞きま……きゃっ!」
俺は反射的にスマホに手を向けた。瞬間、衝撃波がスマホを彼方に吹き飛ばす。
「……えっ……?」
女の顔からは一気に血の気が失せたようだ。分からないでもない。もしその衝撃波が、少しでもずれて、横もある顔を射抜いていたとしたら、既に自分はこの世にいなのだ。それが分からない頭でもないだろう。
騒いでいた女が途端に黙りこくる。その様にぞくっとするものさえあった。正直、少々やり過ぎたかと思うが、致し方ない。
「落ち着け、命まで奪おうとは思わぬ」
雰囲気と相手の言葉尻を受けて、思わずボスらしい口調を使ってしまったが嘘はない。何より、相手は逃げようと思えばいつでも逃げられるはずだ。それほど悲壮感を覚えることもないだろう。
女はその場に打ちひしがれてしまった。と思ったが、震えているのは恐怖の為ではないようで。
「……ちょ、ちょっと!」
うん?
「どうしてくれるのよ、あのスマホ、超高かったんだから! あああ、明日から私、どうやって暮らしていけっていうの!?」
配信者を実際に見るのは初めてだが、確かに商売道具を壊されたとなれば、その不安ももっともだ。女は尚も苦情を喚く。
「せっかく! 同接も、その、ほんのちょっとだけど増えて来てたんだからね! 私が飢え死にしたらあんたの責任だから!」
恐ろしい剣幕に、俺は思わずたじろいだ。
「……あ、ああ、それはすまなかった」
「あ~あ、映像もないんじゃ頑張っても仕方ない。頑張り損だし、死に損だよ、家には病気がちな妹も、生意気だけど可愛い猫もいるのにさ……」
女は悪態を吐きながらも、ちらりちらりと俺を見る。
「待て待て、さっきも言ったが、別に俺はそういう意思はないぞ。ちょっと配信というのが都合が悪かっただけで、別に取って食おうという訳ではない。さすがにやり過ぎたとも思うから、何か考えてるところだ」
「えっ、本当? なんだ、超話が分かるじゃん!」
「それより、少しばかり話を聞きたいことがある」
ここの世界観さえ分からないのだ。ゴリゴリの騎士がいて、方や配信者がいる。彼らに何かしらの繋がりがあるのだろうか。少しでも情報を集めておきたい。
俺は階段に腰かけて、彼女の世界の情報を聞き出した。
その配信者はシェリフと名乗った。青のミドルヘア、ちょっとカールが掛かっている。服装は上下ともにピンクや赤、黄色といった色鮮やかなもの。星形の髪留めがなかなか個性的だ。
「なるほど、低級ダンジョンに潜っていたら、ここに来た、と」
「そうそう、私ってほら駆け出しじゃん? だからまずは低級からだって思って、普通に階段を下りたら先に扉があって、開いたらここって訳よ。でも、そんな話、一度も聞いたことなかったから、驚いちゃって。あーあ、コメント欄とかも凄いことになってるかも知れないのに、見れないのがホント残念!」
確かに警告もせずにスマホを壊したのは、俺も良いことだとは思わない。
「代わりと言っては何だが……」
「え、なになにっ!?」
シェリフは分かりやすく態度を激変させて、俺に身を寄せる。
「一つ、俺から頼みがある。その結果次第で、ここの独占放送権をやろう」
「えっ、本当!? やっるー、ロジタール!」
思えば俺も人付き合いが狭かった。学生時代、それなりに勉強や部活に打ち込んだが、それも限られた仲間たちとの活動だ。あまり女子らしい女子と触れ合った記憶はなく、そういう意味で、シェルフとのやりとりはパーミラとは違った新鮮味がある。
「待て待て気が早い。さっきも言ったがタダじゃないぞ」
「うんうん。それで、それで、そっちの頼みっていうのは?」
俺は自らが封印されていることは明かさずに、シェリフの世界の封印術の情報を探ろうと考えた。
彼女の世界はそれこそ人間の現代的技術と魔法が合わさったような世界で、これは俺からすると全くゲームの世界のように感じる。封印を解く手掛かりがあるかも知れない。
「俺の友人に封印されているかも知れない奴がいる。何かいい方法はないか?」
「なるほど、封印を解く方法ですかぁ」
「おっ、心当たりがあるのか?」
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