第3話 異変

「……という訳なんです」


 彼女と話し合うこと約数分。女騎士の正体が徐々に明らかになって来た。


 パーミラは銀に近い髪色を持つショートヘアの女性で、いかにも活発そうな顔つきで、小柄で細身ながら、いかにも武芸者という趣を醸し出していた。


「なるほど、パーティから追放されて、行くあてもなくこの屋敷を訪れた所、思った以上に住みごこちが良く、そのまま住み着いたという訳か」


「まだ一日程ですが、静かでいい所ですよ」


 俺はパーミラの話を聞く内に、少なからず同情を覚えた。


 これまで落ち度もなくパーティ活動に貢献していた所、突然パーティからの追放を宣言されてしまったという。その原因は、恋敵とも言うべき、新参者のパラディン。回復もこなせる彼女はパーミラのお役を奪い、それまで積み上げて来たものを奪い去ってしまった。


「それは、さぞや堪えたろう」


「それだけなら、私の至らなさもありますが、でも、私は騎士としての役割以外にも様々な雑事をこなしていました。アピールしにくい分野だとしても、それを誰も評価されなかったのが辛いのです」


「ならば、今頃はその者らも困っているのではないか。いずれにせよ、あまり引きずらない方がいいだろう、早く忘れることだ」


「はい、これからはあなたに尽くそうとも思います」


「お、俺に?」


 俺は素直に驚いた。俺が一体何をした。


「隠し立てせずとも、あなたの力の強大さは分かります。そして、大きな運命に巻き込まれている……。何か事情がおありなのですね」


「い、いや、それはどうだろうな……」


 繰り返しになるが俺には記憶がない。サラリーマンだった頃の記憶はあるが、それがどうしてこの場にやって来たのか、さっぱり分からない。


「それよりも、この邸宅の食糧にはまだ十分な備えがありますが、二人分になるということで、そろそろ備蓄を増やしておきたいところです」


 やや強引な所があるが、世話を焼いてくれるのはありがたい。俺はそのまま彼女の提案に乗り、買い出しを頼んだ。パーミラは甲冑を脱ぐと、軽やかな足取りで屋敷を飛び出す。


 しかし、それから数十秒後。彼女は何やら神妙な顔をして戻って来た。


 意気揚々と外出しておきながら、急に戻って来たのが恥ずかしかったのだろう、頬に赤味が差している。


「こ、ここは、どこなのでしょう……?」


「うん?」


 何かあったのだろうか。外を覗き込んだが、相変わらず森の中だ。陽が落ちて不気味さが増しているが、俺が入って来た時と変わらない。


「……パーミラはここへ歩いて来たんだよな?」


「はい。ですが、私は街外れの屋敷に忍び込んだつもりです。このような右も左も分からない森の中に足を踏み入れた記憶はありません」


「ならば、屋敷が移動したとでも?」


 冗談のつもりだった。だがパーミラは真面目な顔をして言う。


「真実は分かりませんが、それがもっともな推測かと。私がここで泣き疲れていた一両日の間に、何があったのでしょうか……」


 俺は心の中に中に、何か空寒い物を覚え始めていた。


「いずれにせよ、詳しい調査は明日だな。今日はもう暗い。森にはモンスターらしきものもいる」


 そうして俺たちが改めて腰を落ち着けようとした時のこと。


 次の異変が起きた。


「う、うおおっ!?」


 体が締め付けられるような、奇妙な感覚を覚えたのだ。上下左右から圧迫されるような苦痛。


 だが、俺の短い叫び声に、パーミラはきょとんとした表情で返す。


「どうかされました?」


「ど、どうかしたのかだって!?」


 これは俺だけに起きていることなのか。


 締め付けは次第に強くなる。全身を絞られているような、激痛ではないが、真綿で首を絞められるような不快な感覚だ。


 パーミラは俺の言葉の勢いに驚いたようだが、事態を察したのか、慌てて外を覗き込んだ。


「特に異変はありませ……、あ、いえ、奥に何か光るものが!」


 すかさず飛び出そうとするパーミラを、俺は急いで引き留めた。


「待ってくれ! 罠かも知れない。俺はこのままでは動けそうにもない。何かの為に、今は俺の傍にいてくれ」


「ロジタールさん、そんなに私の事を……」


 パーミラが頬を赤らめながら、とろけるような眼差しで俺を見ている。俺はふと、先ほどの自分の言葉を思い返してみた。


 確かにちょっと重たい響きがあったかも知れない。


 パーミラはたまに活発さが空回りすることもあるが、見た目も性格も至って宜しい。そう思うと満更まんざらでもないが、俺自身、明日がどうなるとも知れない身だ。まだそのような事を考える段階ではない。


 その後、俺が感じた異変は徐々に収まり、夜が更ける頃には完全に落ち着いていた。外も目立った異変はない。


「今日の所は寝るか。俺はそっちの部屋を使おう」


「はい、それでは、私はこちらで」


 俺たちは警戒しつつ静かに眠りに就いた。


 そして翌朝。いかにも快晴を予感させる朝だった。玄関の前で、俺たちはこれからの予定を改めて話しあった。


「さて、それじゃあ出発しようか。実際の所、俺も周囲の様子を全く知らないに等しい。少しずつ開拓していこう」


「はい」


「まずは危険の有無を判断するのが第一だ。それから少しずつ警戒の範囲を広げて、他の人間たちの集落への道を探さなければならない」


 食糧や生活の基盤があるとはいえ、もって数日といった所だろうか。それまでにここをベース地として、周囲の様子を探りつつ、資源を調達していかなければならない。

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