第2話 女騎士パーミラ

 確かに行くあてもないことは事実だ。行ってみるか。


 徐々に暗くなりゆく空を見ながら、老人が指さした方角へ足を動かした。周囲は森の中だったが、傾斜がなく、それほど歩きにくいことはない。


 やがて木立を切り抜けた先に、一軒の巨大な洋館が見えて来た。それを見て、思わず声を漏らす。


「なんか不気味だな……」


 巨大な洋館は所々が色褪せて、いかにもおどろおどろした雰囲気がある。普通ならば、陽が傾いたこの時間に乗り込もうという気にはなれない。


 しかし、俺は大丈夫だという確信があった。ついさきほど、あの木の化け物を倒した力が宿っているのだ。何かが出たとして、すぐに殺されることはあるまい。


 俺は古めかしい木製の扉をノックした。念のためだ。見た目に反して、軽やかな音が周囲の静けさに染み渡っていく。


 しばらく待ってみたが返事はない。


 やはり留守か。知らない家に侵入するようで複雑な気分だが、大義名分はある。


 懐から鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。扉は問題なく開いた。


 玄関口を抜けると、二階への階段が目に付く。左右には別の扉があり、右手中央には暖炉が設けられていた。邸内には夕方の金色や赤の光が窓を通じて降り注いでいた。


 俺はふと、その中に奇妙な気配を感じ取り、その場に足を止めた。


「誰かいるのか?」


 しばらく返事はなかった。


 だが、わずかな時間の後、階上から金属音が響き渡って来たかと思うと、やがてその音の主が階上にその姿を現した。甲冑をまとった騎士である。


「貴様は何者だ?」


「俺はロジタール」


「な、名前を聞いているのではない。貴様の目的だ!」


 偉そうな奴だ。ただ、どことなくその態度がぎこちないようにも見える。虚勢を張っているというか、どこか無理をしているような感じがあった。


「俺はこの館の持ち主だという老人から、しばらく屋敷の留守を預かることになった者だ。そちらこそ何者だ」


 そもそも、留守であるはずの屋敷の中に誰かがいるのもおかしい。老人から預かった鍵も本物だ。こうしてきちんと開錠出来たことだし、正当性は俺にある。


 事実、俺の言葉を受けて、騎士はだまりこんでしまった。それから少しして、やや声を荒げて声高に叫ぶ。


「少なくとも、私はそのような老人を知らぬ。ここは無人であり、訪れるものなぞ誰もいないはずだ」


 そうなると、この者は一体何者だろう。プレートメイルとでも言うのだろうか、顔まですっぽりと覆い隠す白銀の鎧からは、細かな表情や様子はうかがい知れない。声もどこかくぐもっている。


 会話を続けていても平行線が続きそうだ。俺がここを諦めるか、それとも奴を屈服させるしかないのか。


 考える時間はなかった。相手が次第に焦れて来たようだ。いや、焦れたというより、奇妙な様子でおののいている。


「そうか、まさか貴様は奴らの関係者か!? くそ、追放するばかりではなく、私に残された、この小さな居場所さえ奪おうと言うのだな!?」


 その者は遂に動機を見出したらしく、俺を退治するべく階下へ向けて進行を開始した。


 騎士は窓から差し込む黄金の光を受けて、異質な輝きを放っていた。


 だが、その様を見ていて、引っ掛かっていたものの正体がようやく分かった。俺の身長と比較して、随分と小さく見えるのだ。思えば、声もどこか作っている感じがあった。もしかすると、この人物は女性か、もしくは子供の可能性がある。


 しかし、それはそれだ。俺はこれまで、甲冑を着た者に迫られた記憶も、剣を携えた相手と正対する記憶も一切ない。甲冑の擦れる音、一歩一歩と階段を降りて来る足音、それが恐怖となって降り注ぐ。


 しかし俺には対抗出来る力があるはずだ。


 そうして、その力を意識した時だった。相手の様子が明らかに変化した。


「な、な、なんだ貴様、その力……!?」


 騎士はその場に立ち止まったかと思うと、突如として震え始めた。もはや立っていられないという具合で、その場に剣先を突き立て、完全に戦意を喪失させてしまったようだ。


 俺は一瞬、何が起きたか分からなかった。


 もしや、俺の後ろにいるのか? だが背後を振り返ってみても何もない。


「お、おい、どうした?」


「や、やめろ、近寄るな! ……ダメ、やめて、許して!」


 どうやら原因は俺らしい。


 理由は分からずとも、こうも怯えている相手を前に、どうして敵意を抱くことが出来るだろうか。騎士は屈服の証としてか兜を外した。その素顔は、恐怖に震える華麗な女性そのものであった。


 それが女騎士、パーミラとの出会いだった。

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