第4話 植物からの脱出

 隆之介はその日、つる刈りを手伝った。

 蔓は旺盛に伸びていくので、常に刈り取る必要がある。こんな特別なことがあった日でも放ってはおけないのだ。一定の範囲を刈り取ると、日は真上まで昇ってきていた。女将は「この時間になると、いつも昼寝しています。夕方からまた刈り取りがあるので、いったん部屋で休みませんか?」

 隆之介は女将の提案通り、部屋に行き、すでに敷かれていた布団に潜り込んだ。

 女将はすぐ隣の部屋で昼寝をしているようだ。隆之介はわざと大きめに寝息を立て、自分が眠りについたと思わせるようにした。しばらくすると、隣の部屋からも寝息が聞こえてきた。隆之介は寝たふりをやめて起き上がり、隣の部屋に入っていく。目的は女将を縛り上げることだ。

 かけ布団を女将の体に巻きつけ、さらに布団の上からガムテープできつく巻いた。

 隆之介が最後まで巻いた時、女将が目を覚ました。女将は自分が捕えられたと、すぐに気づいた。

「私を捕えてどうしようというのでしょうか?」

「人質にして村の連中にここを抜け出す交渉しようといわけだよ」

 順調に人質作戦は遂行されて、女将をかつぎあげ、交渉のために外に出ていった。


 隆之介の人質作戦は裏切られた。村の人たちは、まったく交渉にのってこないのだ。

「なぜ、こんな仕打ちをするんだ! 君たちもこれが犯罪ということがわかっているのだろ!」と隆之介は地上にいる村人に向けて叫んだ。

 姿は見えないが、地上にいる村人たちからの返事が聞こえる。

「わしらの村のような場所に、お巡り1人すら来ねえよ」

「この蔓だってうまく工夫すれば売り物になるはずだ。私は生物学の研究者をしているので、きっと君たちの力になれる。早く出して、調べさせてくれないか」

「商売道具になることはわかっている。とっくに利用させてもらってるよ」

 村の者はそれ以上、なんの交渉にものってこなかった。

 ただ、村人との話の中で、わかったことがある。彼らはこの蔓植物を主力商品として売っていたのだ。毎年、春と秋にこの蔓は大輪の花を咲かせる。この花を目当て近隣だけでなく、遠くからも注文がくるようだ。家庭、イベント、また店などで飾られるのが多いらしい。旺盛な繁殖力を利用して、さまざまな形に蔓をのばさせ、作品を作ることがブームになっているようだ。

 ただその繁殖力は反面、常に根っこを刈り取らなければいけないという、大きな手間がかかる。薬剤で管理するのは難しく、どうしても人間が手をかける必要がある。この植物を商売に利用するには、誰かが常に管理することが宿命となっていた。

 その管理をなんとか軽くできないかと選ばれたのが、植物学者である隆之介だったのだ。気づかれないように村人は隆之介に罠にかけ、この地に来させ、この宿に泊まるように仕向けていたのだ。この地で蔓植物の管理と、繁殖力をコントロールする調査をして欲しかったためだ。


 隆之介は交渉で大声を出したせいで、ひどく喉が乾いていた。女将に水が欲しいと聞くと、いつもこの時間には水が配給されるはずです。木のわきの水瓶をのぞいてみてください、という。

 渋々言われた場所に行き水瓶をのぞいてみると、空っぽだった。全く水が補充されていない。

 「村の連中が水の補充を忘れたのか?」

 隆之介は女将に確かめたが、わからないと言う。

 大声で村の者に呼びかけるが、なんの応答もない。

 そうか、今朝はいつものように、女将が草の刈り取りをしていないのだ。その罰として、彼らは水の配給をストップしてしまったのだ。

 隆之介は、怒りとともに、自分が圧倒的に不利な立場にあることを悟った。


 強烈な喉の乾き、そして彼らへの怒りが、隆之介を狂った犬のように怒鳴り、わめかせた。

「早いとこ水を持ってこないか! 早くしないと女将はどうなるかわからんぞ!」

 やはりなんの応答もない。

 目がくらみ、水分が不足しているのに体から汗が吹き出してくる。

 女将の指一本でも切り取って投げつけてやろうか、いやもっと残酷なことをしないと、奴らは応じてこないかも。いっそ死体にして玄関前にでも晒してやろうか。

 頭の中が沸騰して、意識とは無関係に考えが暴走していた。最終的に、隆之介は喉の乾きに屈服した。女将を刈り取りに行かせるために、自由にしてやった。女将はゆっくりとした足取りで玄関に向かい、おぼつかないまま外に出ると、いつもの刈り取り作業にかかった。いつもは見ているだけの隆之介も、この時は一緒に草刈りを手伝うことにした。

 しばらく作業に取り掛かり、2、3時間も経ったところで水瓶を見に行くと、今度はしっかりと水が補給されていた。隆之介は脇にあった手桶で水をすくうと、即座にかぶりつき飲み干した。この様子に気づいた女将もやってきて、続けて水をすくっては喉に流し込んだ。


 隆之介は、事情はわかったが、閉じ込められて強制的に調査をするつもりはなかった。第一、早く職場に戻らなければならない。人質という計画もダメだった。では次なる一手を打つ必要がある。こういうのはどうだろうか。怪我をして医者に診てもらう必要が出てきた。何せ緊急事態だから彼らも私を地上に引き上げざるを得ないだろう。病院に向かう中で隙を見て逃げ出すなり通報するなりしてやろう。


 怪我を負うには、女将から私に対して攻撃をしてもらうのがいいだろう。自分でもできるが、加減してしまったり、不自然な怪我になってしまうだろう。隆之介は女将に自分の計画を告げ、怪我をさせるよう頼んだ。

 そして、隆之介が病院に行く隙を見て逃亡する際に、女将も一緒に逃げ出さないかと持ちかけた。


 女将さん、なぜあなたはこんな狭い場所に引きこもっているのだ。地上の世界は、この空間よりもとてつもなく広いし、比較にならないほど多くの人たちがいる。そこで自分の人生を楽しみ、豊かに暮らそうと思わないか。

 女将、まだ君は若いし、自由さえ手に入れば、きっとこれからたくさんの幸せが待っているだろう。さあ、自由を避けるのではなく、自分から手に入れに行こう。


 すると女将はずっと昔に忘れていた、押し殺していた感情がわき上がってきた。それは自由に生きる勇気だ。隆之介の言う通り、この狭い空間で、リサイズされた自由に引きこもっている理由は無い。ここから出るには誰かに連れ出してもらう必要がある。村人以外の誰かに。

 女将は、昨日の出来事、隆之介に人質にされたことを思い出していた。もちろん、自分が隆之介を人質に取ることは難しそうだ。では、いっそのこと、命を奪ってしまったらどうだろう。きっと自分は警察に捕まり、刑務所に送られるだろう。そこを出所すれば、念願の自由が手に入るはずだ。


 女将は、何の躊躇もなく、台所に行き、果物を切るのに使ったナイフを取り出した。振り返って、畳の上に座っている隆之介をまっすぐに見据えた。見据える先は一点、隆之介の首の裏だ。早足で歩き出し、両手で持ったナイフを頭上にかかげ、息を止めた。次の瞬間、まっすぐに隆之介の首の付け根に突き刺した。


 あたり一面に血が吹き出し、もはや物体と化した隆之介を見ながら、新しい人生、自由な人生を女将は夢見ていた。

 (終わり)

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植物学者の災難 @idea0078g

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