第2話 植物の本性
隆之介は朝食をすませると、部屋で荷造りをして出発の準備を整えた。部屋を出て受付で会計をすませようとした。
女将が隆之介に気づいて近づいてくるが、何か落ち着かない様子が見て取れる。
「もしよければ、冷たいお茶を飲んで行きませんか? ここ地元でとれた銘茶でして、わざわざお茶の葉を買い付けに来る人も多いのですよ。」
その話を聞くと、隆之介は気にはなったが、調査が目的で来ているので、せっかくだが断りを入れようとした。隆之介が言いかけると矢継ぎ早に女将が、
「どっちにしろ、今ここを出ても次の列車までは2時間ほどあります。今日もひどい暑さですので、ここでしばらく涼んでから出発したらどうでしょう。冷茶もすぐにできますから、少し待っていただけますか」
女将の何か熱意のようなものに押され、隆之介は女将の勧める通り、しばらく待ってみることにした。
確かに冷茶はスッキリして美味しく、隆之介のとても好む味わいだった。自然と二杯目、三杯目を頂戴し、お茶をすっかり楽しめたところで、そろそろかと腰を上げようかと思うと、女将が冷えてフルーツ盛りを持ってきた。
「地元の人はこうしてフルーツと一緒に冷茶を楽しみます。ぜひ試してみてください。きっと気に入りますよ」
隆之介はとっくに2時間は過ぎていたが、ここまで来たら何時間でも一緒だと思い、ありがたくフルーツ盛りもいただくことにした。
だいぶ時間が経ち、2時間どころか4時間近く居座ってしまった。
「すみません、お言葉に甘えてかなり長居してしまいましたね。もういい加減出発しますので」
そう言って隆之介は腰をあげ、玄関へと向かった。女将も宿泊のお礼をしようと、一緒に玄関まで着いてきていた。ただ、今度は落ち着いた様子で、何かを確信したようにして、お礼の言葉を口にしているようだった。
隆之介は予定から大幅に遅くなってしまったので、急ぎ足で地上階への階段に向かった。
「一宿一飯の宿だったが、もうちょっと泊まってみたかったな。次来るときは、ぜひ3泊以上はしたいものだ」
そう結論づけて、階段へ向かった。
階段付近に来てみると、昨日降りてきたはずの階段が見当たらない。初めて来たので記憶が曖昧かと思い、隆之介は探す範囲を広げ、または木の裏側の死角にあったのではと、左右上下を見回して探した。
15分、20分と探しているうちに、徐々に不安な考えが湧いてきた。薄々気づいていたとも言える。はっきりさせたくなく、無意識的に押し殺していた考えだ。
階段が見つからないのではなく、「消えて無くなって」しまったのだ。
なぜ、そんなことが起きたのだろう。誰かの陰謀なのか、それとも自然に消えてしまったのか、または定刻にならないと出現しない仕組みなのか。
隆之介は頭の中で一つ一つ吟味するが、まだ証拠不足のために決定できない。
すると、さっきまで玄関先で草を刈っていた女将が、いつの間にか見えなくなっている。
訳もわからず、
ただ探し始めてわかったことだが、ここは地面を掘り下げて作られた宿ではなく、
そうであれば蔓を伝って、ロープを登るように地上へ出ようとしたが、うまくいかない。
自分の体を引き上げようとすると、蔓がちぎれてしまうのだ。
何度か挑戦しているうちに、隆之介は登ることに要領を得てきた。体重を一方の足だけ、または腕だけにかけるのではなく、4本の手足に分散させるのだ。
「わりとうまくいくぞ、コツがわかれば案外早く上に着けそうだ」
そう思っていた矢先、右足をかけていた蔓のコブがずるりと落ちてしまった。その拍子に下半身が宙ぶらりんになり、なんとか握力で体を引き上げようとしたが、体重が分散されず腕に偏ってしまい、蔓ごと落下してしまった。
隆之介は自身が思っていたよりも高いところまで到達しており、そのせいで落下の衝撃に対する受け身がうまくとれなかった。
ドスン! と大きく鈍い音が自分でもはっきりとわかり、2〜3秒のうちに気が遠くなって意識が閉じていった。
その短い時間の中で、隆之介の頭の中では、ここに至る過程に考えが及んでいた。最後に出された冷茶、続け様に出されたフルーツ盛り。落ち着きのない女将の様子と確信をえたような表情。
何かが掴めそうな中、隆之介の意識はゆっくりと閉じていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます