第66話 便所飯

 私の名前は藻野もの蓮美はすみ。高校二年生の友達居ない歴=年齢の女です。イジメられているというワケじゃ無いんだろうけど、クラスでの存在感は皆無で、たまに先生が出席で名前を言うことを忘れてるレベルで影が薄い。

 昼休み時間などはガヤガヤと皆が楽しそうにしているのを見ているのが苦痛なので、教育棟二階のトイレで便所飯。ここのトイレは比較的綺麗で、個室に入って便所飯をするのにもってこいである。

 しかし、昨日あることがあったので行くのが億劫である。というのも、私が個室に入って便座に座り、いつもの様に便所飯をしていると、誰かが私の隣の個室に入って来たのである。

 弁当はもうあらかた食べ終えていたのだけど、隣に人が来ると落ち着かない。

 しかも、音が凄かった。大をするのだから音が大きいのは当たり前のだが、こんなにデカくて汚い音は初めて聞いた。終った後にブッと屁までかますのだから、ある意味パーフェクトである。

 と、ここまでなら私も許容できた。しかしながら耐えられないのが臭いだった。大の臭いというより、生ゴミの匂いとアンモニアのツンとする臭いを足して10倍にしたような臭いが私の方まで伝わってきた。

 私はあまりの臭いに吐き気を催し、食べた昼ご飯をオェエエ‼と全て便器に吐き出してしまった。吐いた後、このままここに居てはいけないと感じた私は、大急ぎでトイレを後にした。幸いにも隣の人とバッタリ会う事は無かったのだけど、次の日の昼休み、教室棟の二階のトイレに行くと、金髪の髪をなびかせた美少女令嬢の蜻蛉院かげろういん明日香あすかさんが現れた。

 蜻蛉院 明日香さんというと、私の同級生で蜻蛉院財閥の一人娘の女の子で、それはそれはお金持ちの御令嬢である。御令嬢だからか制服などは着ずに、ピンクのフリフリドレスを着ているのだから正直痛い人であると私は認識している。

 そんな人がトイレの前に立って私のことをジーッと見ている。これは話の流れ的に昨日の隣の人は明日香さんである可能性が高い。けどそんなの怖過ぎる。財閥の御令嬢があんな臭いウンコをしていた事よりも、私を待ち構えていたことが怖くて仕方ない。

 私が混乱と恐怖でフリーズしていると、 明日香さんの方から話し掛けて来た。


「アナタ、昨日私の隣部屋に居た人かしら?」


 ドストレートな質問。これは正直に答えておかないと後が怖いヤツじゃないだろうか?しかし正直に答えるのも勇気がいる。私はなけなしのカスみたいな勇気を集めて返答することにした。


「は、はい。隣で便所飯してました」


「便所飯?何かしらそれは?」


 明日香さんは便所飯を知らなかったらしく、不思議そうな顔をしている。そうだよね、御令嬢は便所飯なんてしないもんね。


「便所でご飯を食べるだけのことです。教室に居場所のない寂しい人間がすることです」


 説明すると何と悲しい行動だろうか、悲しくって涙が出そうである。


「そうなのね、世の中まだまだ私の知らないことがありますの」


「いや知らなくて良いことですよ。明日香さんには縁が無いことです」


「そうなのかしら?」


 そりゃそうだろ。財閥の御令嬢が便所飯するなんて聞いたことも無い。やってたら便所飯をさせるような環境を作ったクラスメート達を全員退学しないといけなくなりそうだ。


「おっと、肝心の用事を忘れていましたわ。昨日はごめんなさい。ギリギリだったので隣に人が入っていたなんて気づきませんでしたわ。私の大の臭いはさぞ臭かったでしょうに」


 まさかの自分からのカミングアウト。これには目を背けるしかない。謝罪なんて良いのに、言わなければ私も臭いの原因なんか分からなかったのに、この御令嬢さんはどうして待ち伏せなんてしてるんだろ?


「私の大が臭いのは遺伝なのですわ。パパもママもそれはそれは臭いのよ。蜻蛉院家の人間は代々大が臭い家系なのですわ」


「……へ、へぇ。そうなんですね」


 代々大って何回ダイって言うんだよ。要らない秘密を聞いてしまった。本当に言わけ無ければ良いのに。


「そこで問題がありますの。この秘密は門外不出ですの。ゆえに本当ならアナタのことを殺さなければなりませんの」


「……嘘でしょ」


 殺すってのはあんまりじゃない?ウンコ臭いと何か問題でもあるの?まぁイメージは悪くなるだろうけど、それで人殺すのはおかしくない?

 とはいえ大財閥相手に私が抗ったところで何か出来るわけでもない。ここは諦めるしか無いのかもしれない。


「一思いに殺してください」


 妙に落ち着いた気分である。便所飯ばかりの青春に終止符を。父さん母さん先立つ不幸をお許しください。


「お、お待ちになって。私だって同級生を殺したくは無いですの。だから殺す代わりに監視させてもらいますの」


「か、監視?」


「はい、私達一族の秘密をアナタが言わない様に、出来る限り監視させてもらい、アナタが言わないと確信出来た時に監視をやめる。こういう流れですわ」


 涼しい顔でメチャクチャなこと言うけど、まぁ殺されるよりはマシかもしれない。さっきからのやり取りで精神的にダメージを負っている私は、最早、抗う力は残っていなかった。


「それじゃあ……それで宜しくお願いします」


「物分かりが宜しいですわね♪」


 こうして私は明日香さんに監視される羽目になった。こうなると一人ぼっちは強制的に解除されるわけだが、全然理想的ではない。ウッカリ口を滑らせて蜻蛉院さんのウンコが臭いことを口にすれば、その瞬間ゲームオーバーなのだから気が抜けない。

 とまぁ監視されるわけなので、当然ながら便所飯をする時も一緒である。流石に一緒の個室に入るのは狭すぎるので、昨日と同じ様に隣通しの個室で便所飯することにした。


「便所飯とは良いものですね。食べて物を中に入れて、要らなくなった物を外に出す。なんと効率が良いのでしょう♪」


「いやいや便所飯しながらウンコしないで下さいよ‼流石にそんなことする人見たこと無いですから‼」


 前途多難である。

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