第57話 ハーレムクラッシャー

 私の名前は柳川やながわ蜜柑みかん

 今日私は幼なじみに告白したんだけど……フラれちゃった。

 今宵は涙で枕を濡らすしかない。そう思っていたんだけど、学校からの帰り道、同じクラスの湯田川ゆだがわ 彰浩あきひろ君に呼び止められた。


「柳川さん、ちょっと良いかな?」


「どうしたの湯田川?」


 湯田川君は辺りをキョロキョロしながら落ち着かない様子。一体私に何の用があるのだろう?


「こんなところで立ち話もなんだから、何処か喫茶店に入ろうか?」


「うん、分かったわ」


 私達は商店街にある喫茶Maryに入り、店の角のテーブル席に向かい合う様に座った。紳士風の白髪頭のマスターにアイスコーヒーを二杯頼むと、湯田川君が気が抜けたようにソファーの背にもたれ掛かった。


「ふぅ、ようやく落ち着いたよ。人が多い場所だと誰に見られてるか分からないからね」


「それで湯田川君、話って何なの?」


「……その前に今から僕が何を言っても怒らないと約束してくれ」


 突然この人何を言い出すのかしら?


「それは内容にもよるわよ。一体どんな話をするつもりなの?」


「そうか、なら、とりあえず話だけでも聞いてくれ。君は今日、番場ばんば まさるに告白して……そしてフラれたね?」

 

 それを聞いて私の頭に一気に血が上った。はらわたが煮えくり返るとは、きっとこういうことを言うのね。


「最低、アナタ私が告白するところを盗み見てたのね」


「ち、違う。だから怒らないでくれと念を押したんだ。僕は断じて君が告白するところを見ていない。その時間は図書室で時間を潰していたんだから、なんなら今日の図書委員の奴に聞いてみるといい」


「ふん、そんなのいくらでも口裏を合わせられるからね」


 湯田川君はクラスでも浮いた存在であり、たまにおかしな挙動をすることで変人扱いされているの。そんな人の言うことを信じてあげられるほど、私は心が大きくない。


「とにかく話だけでも聞いてくれ。僕は君が今日告白してフラれるのを知っていた。分かるんだ僕には、今日起こるであろう事柄が。そしてこの世界がハーレム物の主人公のラノベの世界ということがね」


「……何言ってるのよ、バカバカしい」


 本当にバカは休み休み言って欲しい。ここがハーレム物のラノベの世界なわけないじゃない。


「本当なんだ。湯田川の奴が主人公で、取り巻きの君達は湯田川ハーレムの一員なんだ」


「取り巻きって、イチイチ失礼な人ね」


 確かに取り巻きと言われても仕方ないのかもしれないけど、他人から言われるとなんだか腹が立つわね。


「だって考えても見てくれ。幼なじみに御令嬢、宇宙人に女性型ロボット、こんな濃いメンツが一堂に集まる事なんて無いよ」


「そ、それは……」


 私は口をつぐんだ。確かに私も少しおかしいと思っていた。超絶お金持ちの早乙女さおとめさん、宇宙人のパピルちゃん、対集団殲滅人型兵器のFXー009ちゃん、これだけ個性的なメンツが集まり、尚且つ同じ冴えない男を好きになるなんて天文学的な確率じゃないかしら?


「番場にフラれてハーレムの呪縛が解けた君なら分かる筈だ。これはおかしいことだって。僕はね、最初から気付いていたんだよ、この世界はラノベの世界だってね。僕の持ってるこの記憶だって、いつからでっち上げられた記憶だか分かったものじゃないんだよ。この世界がいつ始まったか?それすら分からないありさまさ」


 何故だろう?湯田川君の言っていることはメチャクチャな筈なのに、妙に信じられてしまう。ここがハーレム物のラノベの世界だと頭では無く心で理解できてしまう。これはもしかして、私が告白してフラれたことで勝のハーレムから外れたせいだろうか?もう用済みだから自由に物を考えられるってこと?


「その様子だと色々勘づいたようだね、それで相談なんだけど、この物語をメチャクチャにしてやらないかい?作者の思惑をぶっ壊してやるんだ」


「しょ、正気なの⁉」


「あぁ、所詮主人公しか良い思いをしない世界。ならこんな世界ぶっ壊してしまっても構わないだろう?」


 ニタリと悪魔的な笑みを浮かべる湯田川君。

 この誘いは正に悪魔の誘い。やって後悔するかもしれない。そんなことは分かっているのだけど、こんな世界をぶっ壊してやりたいという気持ちが、さっきからドンドン大きくなっているのを感じる。

 私がフラれることが決まってたなんて、考えただけでも腹が立つ。


「ぶっ壊しましょう。勝のハーレムなんて即解体してやるわ」


「ふふっ、決まりだね。ハーレムクラッシャーズの結成だ」


 私達はアイスコーヒーで乾杯し、これからのことを話し合うことにした。

 さて、どうハーレムをぶっ壊してやろうかしら?




“カタカタ……”


 早起きして私はキーボードを叩いている。

 日課の執筆作業である。

 短編の話をもうすぐ書き終えるのだが、この物語の主人公たちは気付いているのだろうか?

 この物語が【ハーレムクラッシャー】という物語の中の話で、自分達のやっていることが所詮は私の手の平の上で遊ばれているに過ぎないことを。

 そうこのタヌキング様のな。

 フハハハハハハハハハハハ‼





 

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