第56話 嘘が嫌いな青年
「何でも好きな物を一つだけあげよう」
神様のこの言葉の後、青年は神様にこうお願いしました。
「どうか神様、僕に人の心の声が聞こえる耳を下さい。僕は嘘が嫌いなんです」
青年にそう言われて神様は顔をしかめます。青年は真面目で心の清らかな良い青年で、なんでもあげたかったのですが、それだけはあげたくありませんでした。
決して意地悪ではありません。ちゃんとした理由があって神様は青年に人の心の声が聞こえる耳をあげたくなかったのでした。
「いいかい、人は言いたくないことは言わない。そうして世界は成り立っている。もしもお前が人の心が本当に聞ける様になったら生き辛くなるに決まっている。」
「ですが私は嘘をつかれたくは無いのです。心をさらけ出して皆と楽しく生きたいのです」
「楽しい?心をさらけ出すことが?そんなことは無い、仮にお前に恋人が居たとして、彼女がお前に不満があるとする。だが、彼女にとってそれは我慢できる範疇の事柄であり、イチイチお前に言う必要のない不満だったとする。そしたら言葉に出さない方が良いんだよ。言霊には力がある、言ってお前が不快に思ってしまい、二人の関係がこじれたら嫌だろう?言わないことも優しさなのだ。だから相手の心を聞くなんて行為は、その優しさを踏みにじる行為になる。それを分かりなさい」
「神様の言っていることも分かります、ですが僕は悪辣な嘘が許せない。表面上は仲良くしていても陰口を言う奴、犯罪を犯したのに誤魔化そうとする奴、そんなことする奴らを断罪する為にも人の心が聞こえる耳が必要なのです」
「やれやれ、お前の正義は激しくて困るな」
青年の熱意があまりにも凄いので、神様は少し考えましたが、やはり返事は変わりませんでした。
「やはりやれんな。巨万の富も名声もお前に与えることが出来るが、人の心が聞こえる耳だけは、お前にやるわけにはいかん。みすみすお前を不幸にしたくないのだ」
「……そうですか、ならば他の人に頼むことにします。それでは失礼します」
青年はそう言うと踵を返して何処かに行ってしまいました。
神様はとても悲しい気持ちになりました。
何故って?
不満一つ漏らさなかった青年ですが、心の中で神様のことを頑固なクソジジイと罵っていたからです。
やはり人の心など聞こえるべきでは無いと、神様はしみじみと感じるのでした。
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