第22話 妥協のグルメ

私は只の女性会社員29歳。今日は趣味であるアイドルの追っかけの為に、過疎化の進む田舎から都会に出てきた。

時間はPM11:30でお昼前、ここで普通ならお昼ご飯に美味しいものを食べたいところだが、電車移動と慣れない土地勘に悪戦苦闘した私は、並んでまで美味しい食べ物を食べようとする気力は無かった。

それにアイドルのライブの時間も結構差し迫っているのだ。ここは昼ご飯は捨てて、夜ご飯に全てを懸ける所存である。

とはいえ何か食べなければライブで100%のパフォーマンスのオタ芸を披露することは出来ない。とくればここは店選びが重要である。

私は商店街を移動しながら理想的な店を探す。

すると、そこにラーメンと書かれた暖簾の店を発見した。良いぞ、店名をデカデカと書かずにラーメンだけを前面に押し出して来るこのスタイル、期待できそうだ。

オマケに店のスライド式の扉が半開きになっており、中の様子が丸分かりじゃないか、これにより混んでいるか混んでいないか一発で判別することが出来る。

チラリと覗いてみると、そこにはテーブル席に座り新聞を広げて凝視している店主の姿を見ることが出来た。

いいぞぉ、私が求めていたのはこういう店なんだ。この店に決めよう。

中に入ると、突然来たお客に驚く店主。慌てて新聞をしまい、厨房の中に入って行った。

私がカウンターの席に座ると、店主がカウンター越しに私に話し掛けて来る。


「注文は何にしましょう?」


「ラーメン下さい。」


「はい、少々お待ちください。」


ラーメンの準備に取り掛かる店主。ラーメンとしか書かれていないのがまた良い。何が出てきても文句は言うなという感じが滲み出ている。


「はい、ラーメン一丁。」


注文から程なくしてコトリと置かれたラーメンを覗いてみると、チャーシュー三枚とメンマ三枚、あと海苔が一枚乗せられ、白い麺に白いスープのまごうこと無き豚骨ラーメンである。

これ、これが私の理想としたラーメンである。

ズズィとラーメンを一すすりすると、薄味の豚骨のスープに絡んだ麺が、予想の域を出ない感じの微妙な味を出しており、何もかも予想通りである。

美味しい物を食べようとして、この店に来たならガッカリするところだが、私は腹を満たすためだけにココに来ているのだから何の文句も無い。

私はコショウもかけずにラーメンを平らげて行く。

途中で食べたチャーシューとメンマが味が濃くて美味しく感じられたが、これはラーメン自体の味が薄いからチャーシューとメンマの味が美味しく感じるという味覚マジックである。こういうマジックを駆使して来るのが味の薄いラーメン屋あるあるなのだ。

私は麺も具も食べ終わり、スープも全て飲み干した。


「御馳走様でした。おあいそお願いします。」


「はい、650円です。」


うん、妥当な値段だ。店主の差し出された右手に650円を置いて店を出た。

満足感も無いが満腹感はあり、旅の思い出の味にしては味が薄すぎたラーメンに想いを馳せようとしたが、もうすでに味が思い出せない程虚ろになってしまった。

きっと、これからの人生、あのラーメンを食べたこと自体、だんだんと記憶から消えて行ってしまうのだろうが、それで良いのである。忘れられない思い出が多すぎても覚えておくのが大変ではないか。

それではアイドルのライブに行ってきます♪

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