第21話 持ち主を守る傘

雨が降ってる、参ったな傘を失くしたばかりだというのに。

小雨ならまだしもザーザー降りなので、このまま会社に行くわけには行かないだろう。

そうだ、そういえば家の押し入れに古い傘があった筈だ。

母に言ってから押し入れを漁り、桐箱に保管されている一本の雨傘を取り出した。

和紙と竹で出来た赤い傘で、古びているけれど、しっかりと開閉するし、展開すると僕の体がすっぽり入る程に大きかった。

しかし、こんな骨とう品を差して会社に行くのもどうだろう?と少し考えたが、この傘に不思議な魅力を感じた俺は、今日だけこの傘を借りることにした。

そういえば、死んだ祖母ちゃんがこの傘は持ち主を守る傘で、この傘を差していた曾祖母は、東京大空襲の火の雨が降る中も無傷で歩いて行けたとか。その話が本当かどうかは知らないが、まぁ、ご利益はありそうである。

だが祖母は使うなと言っていた気がする、理由を忘れてしまったので、物は試しで使うしかない。


傘を差して会社に歩いて行く。流石に年代ものなので水漏れはするかもしれないと思っていたが、怖いぐらい雨粒一滴の漏れも無い。僕は濡れずに会社の近くまで歩いて来れた。傘を差している間、妙に上機嫌であり、スキップでもしたい気分だった。

雹でも槍でも何でも降って来い♪

しかし、雹でも槍でも無い、予想もしなかったものが降って来た。


“グシャ‼”


僕のすぐ隣に振って来たそれは、人間の女性であった。四階のビルから頭から落ちて即死。地面にはスーツ姿の見るも無残な死体が転がっており、それを見た僕は傘を差したまま嘔吐してしまった。

その落ちた女性は29歳の会社員であり、妻子ある男の上司と不倫関係にあった。

奥さんと別れる様に上司に詰め寄ったが、冷たくあしらわれて、それを苦に自殺したらしい。これは後で分かった事だが、その女性は上司の子供を身ごもっていたとか。何とも胸糞の悪い話である。


警察の事情聴取が終わり、僕はコンビニで480円のビニール傘を買った。家から持って来た赤い傘はもう差すわけにはいかない。

祖母が昔に言っていた言葉を思い出した。


『いいかい、この傘は持ち主を守る代わりに、周りに不幸を招くのさ。決して使ってはならないよ。』


ビニール傘を差して、赤い傘は手に持ち歩きながら、僕はガタガタと震えていた。

曾祖母は一体どんな気持ちで、死体に溢れる東京の町を歩いたのだろう?きっと泣き叫びながら歩いたのだと思う。

僕も今そんな気持ちなのだから。

傘の赤い色が血の様に見えて、僕は恐ろしくて堪らない。


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