第20話 ギター少女、異世界をさすらう
高校生だった彼女は異世界をさすらう。
ほつれてボロボロの制服を身に纏い、祖父がくれたビンテージ物のギター一本を背負い、学生鞄片手に持って、今日もテクテク歩いて行く。
電車の脱線事故で死に、女神に導かれ異世界へ、チートスキルなど要らないと言い、この身とギターがあれば良いと言った。
初めての異世界、危ない目にも遭って、何度も涙を流したが、何とか今までやって来た。
少女は町に着き、戦火の爪痕が残る町の風景を見て何とも言えない気持ちになる。
この異世界、魔物が人を襲うし、人同士の争いも絶えない、常に悲しみが渦巻いている。
町の人々の冷たい視線が少女に突き刺さる。よそ者は出て行けと無言で訴えかけているのである。そんな事には慣れっこの少女は、瓦礫の上に腰掛けて、学生鞄から鍋を一つ取り出して、それを頭の上に被った。
町の人々はそれを見て、頭のおかしい奴が来たぞと少女を蔑んだが、彼女はギターを一回かき鳴らした。
“ボロン”
まさかここで弾く気か?とやめろやめろという声が上がったが、少女はチューニングを終えるとジャカジャカとギターをかき鳴らし始めた。
怒りすら覚えた一人が少女に向かって石を投げたが、カーンと頭の鍋に当たって何処かに飛んで行ってしまった。異世界に来て数か月、彼女も用意周到になった物である。
そうして少女はギターをかき鳴らしながら歌うのである。
「僕の髪が♪肩まで伸びて♪君と同じになったら~♪約束通り♪町の協会で♪結婚しようよ♪」
少女にオリジナルの歌は無い。不器用で作詞も作曲も出来なかった。だから何度も何度も練習した既存の歌を歌う以外、彼女に出来ることは無かった。
口下手で相手に想いを伝えることが出来なかった自分。そんな自分を変えてくれたのが、大好きな祖父が教えてくれた往年の名曲たちだった。
異世界の人にこの歌を聞いて貰いたいとか、この歌で世界を救うぞ、なんてことは少女は考えていなかった。ただ感情のままに歌いたい時に歌う。それだけであった。
「君の心に続く♪長い一本道は♪いつも僕を勇気づけた♪」
初めは傷付いた自分達を罵倒しているのかと、怒りをあらわにする人々だったが、いつしか彼女の美声に酔いしれ、歌の終わりに拍手をする者まで現れた。
人だかりが人だかりを呼び、とうとうコンサートのように何百人も彼女の周りに集まる。
十曲以上歌い終えた後、少女はいよいよ最後の歌を歌うことにした。
それは、さだまさしの【風に立つライオン】であった。
「突然の手紙には驚いたけど嬉しかった♪」
今までとは違い語りの様な歌い出しに戸惑う人も居たが、それでも少女の情熱的な歌は人を惹きつける何かがあった。
「ビクトリア湖の朝焼け♪100万羽のフラミンゴが♪」
少女が何を歌っているのか分からないところは勿論あったものの、歌声が心に響いて、とうとう泣き出す者まで現れた。戦火で悲しみに暮れる人々を彼女の歌が癒していく。
「僕は風に向かって立つライオンでありたい♪」
少女が歌い終えると人々は涙と拍手喝采で彼女を称えた。とうとう投げ銭まで投げる人も現れたが、ちゃっかりと少女は頭にかぶっていた鍋に投げ銭を入れて、自分の生活資金とした。
ギターを背負い旅する少女の噂は、いつしか世界中に広がり、数年後には魔王の前でワンマンライブをすることになるのだが、それはまだ誰も、少女すら知らない話である。
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