第6話 老魔法使いの悔い

「シーゲルさん、アナタの様な大魔法使いが居てくれると助かります。」


そう勇者に言われてもワシは嬉しくも何とも無かった。


「ただのジジイの気まぐれじゃよ。」


魔王を倒す。それだけがワシの生きる意味、老いぼれても生にしがみついている理由なのだ。今回、その最後のチャンスがこの老いぼれに回って来たことを神に感謝する。

ワシらのパーティは勇者、戦士、僧侶とみんな若い。私一人老いぼれで明らかに浮いているのだが、こやつらはワシと壁など作らずに話をしてくれる。それはありがたいことなのかもしれないが、正直面倒なこともある。世代で話す話題も違うからのぅ。

それである日、こんな話をした。


「勇者よ、お前は何故魔王を倒したいんじゃ?」


「一目惚れしたお姫様を助けたいんです‼」


力強い声で即答する勇者。その真っ直ぐな目を見て昔の自分を思い出したが、何処か勇者に嫉妬している自分も居るのだから、いよいよもって自分の心の狭さに嫌気が差した。


「そうか頑張れよ。」


「はい‼」


そうして旅を続けたワシらパーティは、とある砦にて巨大な一匹のドラゴンに出くわした。

ドラゴンを見た瞬間、ワシは我々だけで勝てるのか微妙だなと思ったが、勇者は違うことを思ったらしく、それをすぐに口にした。


「もしや、このドラゴン・・・ローグ姫?」


それを聞いてワシはゾクゾクっと体が震えた。


「ゆ、勇者、お前には分かるのか?」


「は、はい、ただ何となく。彼女の様な気がして・・・もしや魔王に姿を変えられたのでしょうか?シーゲルさん分かりますか?」


「・・・いや、ワシには何にも分からんよ。」


本当に何も分からなかったが、ワシの言葉にはたっぷりの皮肉が込められており、こんな若造に腹を立てるとは自分もヤキが回ったもんじゃ。

ドラゴンとの戦いは苛烈を極め、僧侶も戦士も気絶、ワシの魔力もゼロになり、勇者も傷だらけにである。一応ドラゴンの方も深手を負っているものの、本当に姫だとしたら勇者はトドメを刺せない。絶体絶命のピンチというヤツじゃな。


「クソッ‼どうすれば良いんだ‼」


歯噛みする勇者を見て、ワシにはもう嫉妬の気持ちはなく、どうにかしてやりたい気持ちでいっぱいじゃ。しかし、魔法も使えない老いぼれに出来ることと言えば・・・。


“ボォオオオオオォオオオオオオオォオオ‼”


「チッ、ドラゴンブレスか‼避けられない‼」


「勇者下がれ‼」


ワシは勇者の前に立ち、その背を壁としてドラゴンから勇者を守った。背中が焼ける臭いは何とも吐き気がするのぉ。


「シーゲルさん‼」


「何も気にするな。ジジイの気まぐれじゃよ。」


ドラゴンブレスから勇者を守ると、ワシは最後の力を振り絞り、ドラゴンの方を向いてよく観察した。するとこの土壇場で、魔力の流れが奴の頭の右角に集中していることが分かった。


「ゆ、勇者よ・・・奴の右角を狙え。そこを壊せば姫は元に戻る筈・・・。」


そこまで言いかけて、ワシは力尽きて前のめりに倒れた。

魔王を倒して彼女の仇を取りたかったが、それは勇者に任せることにしよう。




夢を見た。若いころの夢じゃ。大陸一の魔法使いと言われて天狗になっていた頃のワシじゃな。

そんなワシは醜い猪の魔物と戦っている。急いでいたので、こんな奴に構っている暇は無いとあっと言う間に倒してしまった。あとには塵一つ残らなかった。その後、天空から魔王の声が聞こえた。


「大魔法使いシーゲルよ。今お前が倒したのは貴様の婚約者だ。お前は自分の手で自分の愛しの者を手に掛けたのだ。」


「そんなバカな‼」


嘘だと思った。魔王に捕まったフィオナが魔物に姿を変えられていたなんて、しかし魔王は、フィオナを魔物に変える瞬間の映像を空に映し出し、その映像を見た瞬間、若いワシは絶叫してしまった。

これがワシの人生最大の後悔である。



夢から覚めて気が付くと、ワシは花畑の上に立っていた。しかも、体は若返り、夢に見た全盛期の頃の姿である。

そうかここは死んだ者が行くとされる天界というワケだな。

こんな時でも冷静に物事を考えれるクセに、どうしてあの時、魔物に変えられたフィオナに気付けなかったのか?自責の念がまた押し寄せて来た。

暫くすると遠くの方から一人誰かが近づいてくるのが分かった。近づく度に女であること、白いワンピースを着ていること、赤い長い髪の美しい人であることが分かり、その姿にワシは見覚えがあった。


「フィオナ?」


「シーゲル、会いたかったわ。」


ニコリと笑うフィオナを見て、ワシは堪らず膝から崩れ落ちた。

彼女に合わせる顔など無い、何故なら彼女を殺したのはワシなのだから。

涙が止めどなく流れるが、それは彼女と再会できたことが嬉しかったのか、自責の念の涙なのか、よく分からなかった。


「泣かないでシーゲル、泣かないで。」


フィオナはワシを抱き締めてくれた。懐かしい小麦の匂いがする。小麦畑で働く彼女を初めて見て、ワシは彼女のことを好きになったことを思い出した。


「フィオナ、ワシは・・・ワシは・・・。」


次の言葉がどうしても出てこない。何を言って良いのか分からないのだ。今更彼女にどう弁明したところで、自分の罪が軽くなるわけではない。許されようとも思わない。だがそうすると何を言えばいいのだ?


「シーゲル、良いのよ。こうしてまた会えたんだから。私ずっとアナタが来るのを待ってた、アナタを見ながらアナタが来るのを待ってた。私、アナタにまた会えたのが嬉しくて堪らないの。」


ワシはおんおん泣いた。枯れ切ったと思っていた涙が止めどなく溢れてくる。

守りたかった、世界よりも何よりも、ただ君だけを守りたかった。


「勇者君、アナタが死んだあと、龍の角を斬って姫を助け出したわ。そして今はアナタの死を悼んで、パーティのみんなで泣いているのよ。今のアナタみたいにね。」


「・・・そうか。それは良かった。こんな老いぼれでも、死んだ後に泣いてくれる者が居てくれたか。」


勇者の道行に幸があらんことを、愛しの人と天界でただ祈るのみである。

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