第14話 天が与えた才

 先手を取ったのは仙波。

 素早い踏み込みから、時計回りにステップにジャブを打ち込む。

 仙波の鋭いジャブがラピスの顔面を捉える度に弾かれる頭。

 しかし、ダメージは無いのかおもむろに身体を捻り右拳を構える。


 仙波は一瞬、ラピスの背後に怪物を錯覚した。

 超巨大な虎、熊、ライオン。

 そういった人が一瞬にしてボロ布にされるような怪物。

 この小さな少女にそのようなプレッシャーを感じ、勘のまま後ろに飛び退いた。


「どうしたん? アタシはまだピンピンしてるよ」

「…何、ここからじゃよ」


 軽いやり取りの後、再度仙波から仕掛ける。

 同じような時計回りのステップワーク、先ほどと違うのはその動きに上下も加わり、より的を絞りにくくなっている。

 さらに左だけでなく右も絡めたコンビネーション。


 ラピスは避けたりガードをしたりしない。

 しないのか、出来ないのか定かでは無いが、仙波の攻撃を喰らい続け少し後ろへ後退する。


(ここは追う)


 相手が下がった分、更に踏み込む仙波。

 しかし、そこへラピスの反撃が待っていた。


 振るわれたのは右腕。

 握り込まれた拳は巨大で、3mの大男がいたらそれくらいの大きさになっているだろうもの。

 少女の身体から繰り出される巨拳は仙波の顔目掛けて疾る、だが仙波は余裕を持ってそれを躱した。


「なんとっ!?」


 確かに躱した、だが信じられない事にその巨大拳が巻き起こす風圧で仙波の身体が少しグラつく。


 その隙を見逃さずラピスは更に追撃。

 仙波の動きが速いと見るや、超接近での攻撃に切り替えてきた。

 最早密着といっても過言では無い距離。

 通常であればそんな至近距離から有効な打撃は打てないのだが、ラピスは違った。


 天が気まぐれで与えた尋常でない膂力。これがラピスの武器。

 相手が何であろうと、その膂力に物を言わせ全てを粉砕する破壊者。

 超至近距離だとしてもその威力は十分に人を屠る事が出来る。


 だが、仙波も超至近距離での有効打はある。


沈下発勁ちんかはっけい


 ラピスの身体に拳を当て、体を下へ沈めるとともに打つ。

 同時にラピスの拳が下から抉り込むように仙波のボディに食い込む。


 ラピスの拳が当たる瞬間、仙波は身体の筋肉を硬直させる。

硬気功こうきこう

 熟練者の硬気功は放たれる鉄球すら無効化する。仙波はもちろん熟練の域は超えている。

 しかし



「ぬぅっ!!?」

 仙波は自分の身体から小枝が折れる音と共に上へ吹き飛ばされる。

 そして、天井を突き破って姿を消した。


「セ、センバ殿!?」


 ラグは思わず声を上げた。

 すると、天井に開いた穴から仙波が飛び降りてきた。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ん、何、問題ない」


(…久方ぶりに負傷したわい。肋骨が2本。まさかワシの硬気功を通してくるとは、凄いのぅ)


 一階へ舞い戻った仙波は特殊な呼吸法にて骨折の痛みを和らげつつラピスを見る。

 仙波への強烈な打撃を見舞ったラピスだが、その本人は片膝を付いて下を向き、口からは涎を垂らして短い呼吸を繰り返していた。


「こちらの攻撃も通ったのぅ。どれまだやるかの?」

「ラ、ラピスウゥゥゥゥゥ! 何やってんだ立てぇ! 殺せぇ!!」


 ギョエンが叫ぶ。

 ラピスは口元を拭いながら立ち上がってきた。


「今の…何? 身体の中に効いた」

「そういう技じゃな」

「ふーん、お前凄いんだな。ここからはアタシも本気だ!」


 そう言ってラピスは仙波へ飛び掛かる。

 その天性の身体能力を存分に活かし、仙波へ攻撃をする。

 だが、当たらない。一撃でも当たれば吹き飛ぶ攻撃を恐怖を感じていないように仙波は避け続ける。


 ラグはこの光景を見た事があった。

 シロガネフ邸での対ムガド戦。

 あの時もムガドの猛攻を全て躱し続けていた。


「なっんで…当たらないんだぁ!!」


 ラピスは苛立ちからつい大振りになる。

 それを見逃す仙波では無い。


 半身になり、暴風のような拳をやり過ごし、通り過ぎた手首を掴む。


 ラピスは引っ張られたように前につんのめり、そこへ仙波が足を払う。



「あ」


 ラグはムガドが地面に突き刺さったのを思い出す。


 手首を掴まれ、足払いを受けたラピスは宙へ舞う。

 そのラピスの首元に手を伸ばし、顎を抑えて地面へと急降下させる。


地堕ちつい


 床へと頭から墜落するラピス。

 だがラピスも対応し、床を空いた片方の拳で殴りつけた。


 凄まじい打撃音がなり、両者弾けるように離れ、なんとかラピスは仙波の技をやり過ごす。


 危険な技から逃れたラピスは一息吐こうとした。

 しかし、仙波はすでにラピスへと肉薄していた。


 同じように手首を掴まれ、体勢を崩されるラピス。

 そして、避けようの無い足払いを再度受け、宙へ舞う。


「同じ技が通じると思ってーーー!?」


 ラピスは自分の下にいるであろう仙波へ攻撃しようとし、位置を確認すべく目線を送る。

 だが、ラピスが見たのは穴の空いた天井だった。


 ラピスは更に回転を加えられて今床と水平に仰向けで浮かされており、そこへ背中から仙波の声が聞こえた。


「同じ技を続けるわけなかろう」


 ラピスの下で逆立ちをし、足を折り畳んでいる仙波はそう告げると一気に身体を伸ばす。

 押さえられたバネが弾けるように仙波の両足がラピスの背中を捉える。


天昇てんしょう


「あぐっ!!!」

「お返しじゃ」


 ラピスは勢いよく天井にヒビが入るほどぶち当たり、そのまま自由落下で床へ落ちた。

 それを見た仙波は不満そうに言う。


「むぅ…天井は抜けんかったか」

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