第9話 闘気を知る

「おかしい…一体何を狙っている…?」

「おかしい? 何がかしらソイファ」


 仙波とムガドの闘いを見ていたソイファの呟きにエスメラルダが反応する。


「センバは攻撃を躱すばかりで一向に反撃していません」

「確かにそうね」

「それは手を出したくとも出せないという事ではないのかね?」


 エスメラルダの隣で同じように観戦していたジルコアもソイファへ問いかける。

 ムガドの連撃は速く、ジルコアからは残像しか見えない。

 躱すのが精一杯。ということも考えられるがソイファは否定する。


「いえ、避けた後の体勢は軸がブレてない為攻撃出来ない訳じゃないでしょう。そうすると……」


 ソイファが考え込んだ時、仙波が跳んだ。

 何を避けたという訳でも無く、ただその場で跳んだのだ。


「馬鹿!? 何考えてる!?」

「ああああァァァァ!!!!」


 ソイファが叫ぶと同時にムガドも叫ぶ。

 空中にいる仙波への蹴り、跳んでいる最中では躱せない。


 直撃。

 仙波の左脇腹へ今まで当たらなかった攻撃が直撃した。


「ーーーッ!?」


 仙波は5mほど吹き飛び、地面を転がっていく。

 そして倒れて動かない。


「ソウイチ!」


 エスメラルダは思わず声を荒げた。

 負けても良いと仙波に示した時、力を見せると言い、実際にその実力を見た。

 十分であった。


 仙波はエスメラルダの声に応えたのか、ゆっくりと起き上がる。

 エスメラルダは仙波が生きていたことにホッとし、この闘技を止めるつもりでいた。

 しかし、ソイファがそんなエスメラルダの気配を察したのか手で制す。


「まだです、エスメラルダ様。……あの男、わざとです」

「わざと…?」

「理由はわかりません。が、まだやれるでしょう」


 立ち上がった仙波は、ムガドの方へ振り向く。

 吹き飛んだ際に出来たであろう擦り傷はあるが見た目その程度であった。

 土埃を払いつつ仙波は頷く。


「ふむ、この身体では踏ん張りが効かんかったわ」


(大した威力じゃが、ワシの硬気功は抜けぬか…しかし、これで上から3番目のクラスとは恐れ入るのぅ)


 仙波は腕を回しながら異常が無いことを確かめつつムガドに歩みよる。

 ムガドは攻撃が当たった事に浮かれており、その攻撃が大して効いていない事に気づかずにいた。


「ゲヒャヒャ! どうだ! お前が避けれたのはマグレだったんだよ!」

「ふぅ、お主はもう良いわ。これ以上は無いのじゃろ?」

「ほざけ! クソガキがぁ!!」


 仙波は大振りになった蹴りをしゃがんで避けると、ムガドの右側背面へ移動し、隙だらけのムガドの肩へ手を添え、左足でムガドの軸足を払う。


 スパっと足を払われ、肩を押されたムガドは半回転し、空中に頭が下の状態で浮かされる。

 そんなムガドの顎を上から押し付け、地面に突き刺す。

 ドンッと大きな衝撃音と共に、しばらく頭で倒立状態だったムガドは、木の棒がバランスを崩したようにバタっと倒れた。


(通常ならこれで終わりじゃが)


 それでも、ムガドは立ち上がった。

 闘気のなせる技か、しかしながらフラついており足元が覚束ない。

 背後に立つ仙波にも気付かないほど意識が朦朧としているのだろう。

 仙波は最後の慈悲とばかりに無防備な背中へ打ち込む。

 グルりと目玉が白目になり、ムガドは倒れた。誰が見ても決着だろう。


「勝負ありっ!!!」


 審判の騎士がそう告げ、闘技は終わった。







「お疲れ様ソウイチ、予想以上だったわ」

「お嬢の期待に応えられたかのぅ」


 当初の予定通り、仙波が勝利しムガドを排除する事が出来るようになった。

 すでに帰宅時に当主のジルコアには報告済みなのでこの後はスムーズにいくだろう。


「センバ、何故わざと攻撃を受けた?」

「ソイファ殿、気付かれたか…いや、アレはのぅ…」


 仙波は語る。

 攻撃を受けたのは闘気なるものが何処まで身体を強化するのかという事が気になったのだと。

 この世界では常識的な闘気について実際に知る良い機会だったと言う。


「ムガドといったか、あやつ自体は正直大した技量も感じられなかった。しかし、驚異的な身体能力がどうにも気になってな。実際喰ろうてみて闘気なるものはかなりの能力上昇があるものだな、地面に叩きつけたあとも立ちおったしの」

「センバ…お前、まさかとは思うが…闘気法を使ってないのか…?」

「うーむ…どうなのじゃろうな…奴の攻撃を受けた際は硬気功を使用したがの…闘気法をワシは知らぬのでなぁ」


 ソイファはそれを聞いて戦慄した。

 もし、仙波が闘気法を使っていない状態であの強さならば使った場合は一体どれほどの強さになるのか。


「まぁいずれにせよご苦労様。今の所急ぎの用はないからしばらく好きにしてなさい。ソイファ、ソウイチを部屋へ案内して」


 エスメラルダの言葉にソイファは頷く。

 ただ、ソイファの胸中は仙波の底知れぬ強さに恐怖を抱いていたのだった。

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