第8話 悪い癖と不穏な影

 シルガネフ邸の庭の外れにある練兵場。

 30m四方の何もない広い場所の中央付近に仙波とムガドは対峙していた。

 そして、2人の間に今回の闘技の審判を務める近衛騎士が1人。

 練兵場の周りにはエスメラルダ、ジルコアをはじめ、多くの兵達がこの闘いを観に来ていた。


 仙波宗一

 166cm 55kg

 年齢13(推定)

 闘気量:未測定

 魔気量:未測定

 聖気量:未測定


 ムガド

 182cm 80kg

 年齢26

 闘気量:B

 魔気量:無し

 聖気量:無し


 現在判明している2人のスペックはこんなところ。

 これだけを見れば仙波に勝てる見込みは薄い。


「双方、殺しは無し。相手が降参するか、続行が無理と判断したら私が止める。それ以外のルールは無い。良いか?」

「クックック、勢い余って殺しちまうのはしょうがねぇよなぁ?」

「ムガド、貴様…」

「ふっ、審判殿。此奴には出来ぬよ」


 仙波の挑発により、青筋を立て怒りを露わにするムガド。

 仙波は練兵場に来るまでにエスメラルダに言われたことを思い出す。


「ソウイチ、1つ注文をするわ」

「ふむ、内容は?」

「勝つにしろ、負けるにしろ、ムガドに全力を出させなさい。出来るかしら?」


 要は仙波が勝った場合、本気を出していないなどという言い訳を封じる狙いと、仙波が負けたとしても子供が歴戦の闘技者に本気を出させたという事実が欲しい。

 その為、エスメラルダは仙波にこのような注文をした。


「造作も無い。して、お嬢、どうやらワシの力を信用しきれておらんようだな」

「そうね」

「ならば、この闘いで見せよう。お嬢が安心出来るようにな」


 そんな依頼もあり、過剰な挑発をした仙波。

 その効果は見ての通りだ。

 ムガドは遊びなく速攻で決めにくるだろう。


(どれ、あの巨漢では不足していた所だ。失望させてくれるなよ)


「始めっ!!」


 先手を取ったのはムガド。

 一足飛びで仙波に近づくと、鋭い右回し蹴りを放つ。


(中々鋭い、良い蹴りだ)


 仙波は後へステップを踏み、蹴りの範囲から逃れる。

 だが、ムガドは振り向いた右脚の勢いそのまま半回転し、蹴った右脚はそのまま地面に穴が開くほどの跳躍の元となる。

 左飛び後回し蹴り。その蹴りは闘気を纏い、空気を切り裂く。


 起動は仙波の顔面。


 当たった。

 ムガドを含め、周囲で見ていた殆どの者はそう思い、仙波の首が吹き飛ぶ幻想を見た。


「凄まじい見切り…」


 そうソイファが呟いた通り、仙波はムガドの蹴りを見切って躱していた。

 当たっていないことがわかると周囲はどよめく。しかし、一番驚いているのは攻撃したムガド本人だった。


「ま、まぐれだっ! そんなはずねぇ!!」


 蹴る、躱す、蹴る、躱す、蹴る……

 ムガドはB級闘技者として恥じない連続攻撃を繰り出すも、当たらない。

 まるで煙や霧に攻撃しているようにスルりと躱される。


「そんなはず…そんなはずはねぇ! 何で当たらねぇんだ!!」


 焦燥により攻撃が雑になっていくムガド。

 仙波からしたら最初の攻撃が一番良かった、後はまぁ疾さはあるがてんでバラバラの動き。これほど読み易いものはない。

 だが、仙波は違和感を感じていた。


(軸と末端と連動が出来ておらぬ、基本が疎か。なのに攻撃は一流以上の鋭さを持つ…どういうことじゃ?)


 攻撃を躱しつつ、観察する仙波にある悪い癖が顔を覗かせる。


(この打撃……喰らってみるか……)


 攻撃が鋭いのは闘気による身体能力向上によるところなのだが、仙波はその闘気についての理解が無いに等しい。

 そして、仙波の間違いは未だ前世の記憶が色濃く残っている事。

 今の仙波の身体は10歳そこそこの華奢な身体であるということをしっかりと受け止めては居なかったのだ。




 ◇




 仙波がエスメラルダの家へ到着した頃。


「あーあ、早く応援が戻って来ねぇかなぁ」


 襲撃犯の見張のために残った兵士の1人がそう呟く。縛り上げた襲撃犯達は皆何処か痛めており、ときおりうめき声が聞こえ、暴れる気配は無く、割と見張りは暇を持て余していた。

 巨漢の男に関しては未だ気絶から目覚めていない。


「まぁもうしばらくだろ。しかし、あのセンバとかいう子供、凄かったなぁ」

「ああ、世の中にはあんな怪物がいるんだなぁ。ってしみじみ思ったよ」

「闘気を使ってだんだろうけど、それにしても強かった」

「ああいうのが将来S級とかになるのかね、そうしたらウチはS級を抱える大貴族になるな」


 兵士2人は仙波の強さを見て、その強さについて雑談していた。

 未だ目覚め無い巨漢の男を見ながら兵士の1人が言う。


「今のうちに何か身に付けてる物でも貰っておくか? 将来すげぇお宝になるかもな」


 ふざけた調子でそう発言する。


 馬鹿野郎。ジルコア家の兵士が何をみみっちい事言ってんだ。


 そんな返しが来ると予想していたのだが、その予想は裏切られた。

 いつまで経っても返事が来ない。

 言葉が聞こえない距離では無い、さっきまで会話していたのだから。

 だが、返ってきたのは静寂。

 急に会話が止まり若干気不味くなった兵士は相棒の方を振り返りながら言う。


「はは、冗談、冗談だって。んな事本当にするわけーーー」


 振り返り相棒の姿を見た、兵士は異変に気付いた。

 相棒の兵士の首から上が無い。


「お、おい!? だいじょーーー」


 その言葉は最後まで放たなかった。

 何処からともなく現れた影が兵士の首元に金属の煌めきを疾走らせる。

 すると首の中程まで切断された兵士は自らの血溜まりの中に倒れ伏した。


 影は黒いローブを深く羽織っており、顔は見えない。気配は希薄で闇夜であったならその存在に気付くのは至難であろう。


 そして兵士2人を殺害した黒い影は襲撃者達に迫る。

 影が去った時、その場に生きている者は誰1人といなかった。

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