7.雪の招く記憶(後)―――ラウラ
ケントと別れたラウラはカウルの背を軽く撫でる。
「行きましょうか……花街へ」
おん、と返ってきた返事に微笑み、頬にぶつかる雪を払った。花街に入る前に腰につけた魔具のポーチに手を突っ込み、二つ一組になった鈴を取り出しポーチのベルトに結び付けておく。
昼間だから静まり返った花街の中に、かららん、ちりりん、かららん、ちりりん、と二種類の鈴の音色が鳴り響けば、慌てたように男衆が飛び出してきた。まだ寝起きだろうに、窓を開けて手を振ってくれる娼妓もいる。
適当な場所で止まると、男衆の顔役が進み出てきた。
「いつも悪いな、薬屋の嬢ちゃん」
「いいえ。怪我人は?」
「面目ねぇことに、出ちまった。壁を乗り越えてきた奴が数体いてな」
「薬は持ってきたよ。なんなら診察もしようか?」
「あんがとな。ついでにウチの店の店主から伝言。『薬を注文させてくれ』だとさ」
「あとで寄らせてもらおうかな。他の店も、あるならどうぞ」
人混みの中から数人が走り出していく。注文はもう二、三件集まりそうだった。それを見送っていると、男衆の顔役がぽつりと呟いた。半ば独り言のような、それでもラウラに向けられた言葉。
「本当に感謝してるぜ、嬢ちゃん。俺らは役人どもからしたら、高い税を払ってくれる存在でしかねえみてえだからな」
体を売り金を稼ぐ娼妓たちは、卑しい者とされている。故に花街は、コミュニティから距離を取られていることが多い。
(そこは昔から変わらないのね)
「別に気にしてないよ。私だってよそ者だし、
「そう言ってくれて助かるぜ」
薬入りの木箱を抱えて歩き出そうとすると、あちこちから伸びてきた手に木箱を奪われあっという間に手ぶらにされてしまった。
「ありがたい嬢ちゃんに荷物なんか持たせられねえよ」
「別にいいのに……。で、怪我人はどこ?」
「こっちだ」
小さな広場に横たえられていた怪我人の傷の状態を見る。これなら回復薬を飲んで寝れば、痕も残らず治るだろう。
「これぐらいの怪我なら、傷口を洗って薬を飲んで、明日まで安静にしておけば大丈夫だよ」
「そうか」
顔役の男に薬を渡し、余りを持ってそりのところに戻る。その後男衆に案内されて幾つかの娼館を回ることになった。
「媚薬を頼む。数は五」
「普通の? 魔法薬の?」
「普通のやつだ」
「ねえ、ソレで大丈夫? 干からびない?」
「それにしておかないと客が干物になる」
最高級娼館の一つ、黒夢館。そこの最高級娼妓は、翌日客が干物になるほど性欲過剰なお人である。
(『紫』の系譜じゃないかって疑ったのはいい思い出だわ)
当然違ったが。
「……疲労回復薬もいる?」
「……検討しておく」
「まいどあり。はい、控え」
「また頼む」
「ええ、こちらこそ」
……と、そんな感じで軽口を交わしつつ回った結果、ラウラの手元には六枚の注文書が集まったのだった。
ほくほく顔で花街を出て市壁沿いを走っていると、弱い日光を遮るものがいる。
「『風、刃となれ』」
差し伸べた手から風の刃が迸り、上から飛びかかってきた魔獣を微塵切りにした。落下予測地点からずれると、どちゃぐちゃ、と耳障りな音を立ててターコイズブルーの血液に塗れた魔獣の部品が落ちてくる。
それの中を探ると、小さな結晶が見つかった。手の中で、光を反射しやわく光る。
「やっぱり、小物の魔結石は小さいわね……」
小さくても生活に使うには全く問題ないものが作れるから問題ないが、たまには大きいのも欲しくなる。
「またこっそり狩りに行こうかしら……」
ぽそりと小さく呟いたところで、ラウラはようやく我に返った。
「お薬を届けにいかないと」
ラウラはカウルの背を軽く叩いて、裏門へ向かうのだった。
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