いい夫婦の日

 そんな語呂合わせのこじつけ記念日を横目に

「ああ゛~〜んなぁにがいいふうふのひじゃあ」

神楽坂庵は飲み屋でくだを巻いていた。

「今日はまた荒れてるねぇ」

 今日の飲み屋は仙台の駅から少し離れた隠れ家居酒屋の隠し部屋だし、メンツもいつも呑みにつき合わせている九十九ではない。庵は呼び出されて五年ぶりに悪友と言っていいふたりと飲み会に来ていた。

「貴様に限ってはなにかやることもあるまい。ああ、若い女を囲ったのだったか?」

「言い方が最悪すぎます。ノンデリショタジジイ」

「はは、老人の嫉妬か。醜い醜い」

 明らかに酒を飲んではいけないビジュアルの少年が笑いながら酒杯を傾ける。彼は独眼児実篤どくがんじさねあつ、庵の古馴染みの一人だ。ショタが攻めるタイプのおねショタが好きと公言し、ずっと少年の姿をとっている。

「この歳で十年据え膳喰わずに律儀に光源氏してるんです。もう少し優しくしてあげましょう?実篤くん」

 木藤良重吾きとらじゅうごがフォローらしからぬフォローを入れる。こちらは40程度の外見だが、2人とも庵と実年齢は大差ない(最年長は庵である)。また、三人とも魔法使いであり、師でもある。

「う、う、おまえらなんか嫌いだぁ」

「庵くんに好かれても……ちょっとキモいなぁ」

「ひとを仙台まで呼びつけておいてー!」

「たまには良いじゃないですか。僕は牛タンが食べたかったんですよ。それにその清酒、美味しいでしょ?福島の気に入りの酒造の逸品です」

 庵は頬を膨らませながら酒瓶を抱いて転がる。

机の上には酒瓶とつまみが並び、瓶はちらほら空になっている。

 普段強力な解毒術でアルコールどころか青酸カリやヒ素まで分解してみせる庵だが、今日はわざと毒物で肝機能障害を起こしてベロべロに酔っていた。正気ではない。

「既成事実も作らずちゃーんとお利口さんに成人を待ってるなんてお偉いことよなぁ。俺は16の頃には内縁の妻がいたもんだが」

「実篤嫌い。奥方もこんな偽装ショタジジイのどこが良いのか理解しかねる」

「庵くん頭にブーメランぶっ刺さるよそれ」

「ワタシはちゃーんと整形も実年齢もカミングアウトしてますー。騙したりしてませんー」

「そこまでぶっちゃけてるなら手を出しちゃえば?ちゃんと手続き踏んで身請けしてるし、十八になればどうせ入籍なんでしょ?」

「……おまえらは普通に人間と恋愛してこれたからそんな事言えるんですよ……」

 実篤は✕5、重吾に至っては✕17で双方ひ孫までいる。

 対して庵はなまじ身体を売ってきたため特定の恋人なし、婚歴なし、邦子が初恋になる。

「あの娘はワタシが引き取った時点で壊れかけていたんです。嫌われて、怯えられるのは……つらい……」

「……」

「……」

「もうワタシもこんな歳です。こんな気持ち初めてでしたし、代わりなんていないんです。ワタシにはあの娘だけ……」

「はいはい、わかったから。早くお嫁さんにもらえるといいねぇ」

「重吾君すきー♡」

「よしよしちょろいなぁ。ほーら、あん肝をお食べ」

「ほんにこじらせとるのう。まぁぴゅあっぴゅあな自由恋愛を楽しむのも貴様の勝手だからな。特に支援もしないが邪魔する道理もあるまいよ」



 ひとりきり呑んで騒いで、気分のよくなった庵が勝手に会計を払い、三人は店を後にした。

化けた狐がふたりに頭を下げ、ふらつく庵を車の後部座席に乗せる。

「また5年後くらいにな」

「まぁ、生きていたら呑みましょ」

 庵は答えずただ発進する車内からひらひらと手を振った。

 かつてはこの集まりも七人いたが、四人は他界してしまった。


「うまくいくと良いな」

「大切にしてるみたいだしね」

「俺たちも、あいつの嫁を紹介されるまでは頑張らねば」

「実篤くん口の割にまめだよね」

「うるせ」

 車を見送り、魔法使い達はそれぞれの家に帰っていく。

碌でもない友人の幸福を願いながら。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る