西野九十九

チヨコレイトロマンス

 神楽坂庵かぐらざかいおりは魔法使いである。

一月の末、まだ木枯らしの優勢な庭で、見た目だけは麗しい若者然とした老爺は一人剪定せんてい鋏を動かす。

「庵様」

白味の強い狐が一匹、手紙を咥えて現れた。

庵は鋏を前掛けにしまい、爪で封を切る。

「おや……」


 今回は彼の話ではない。

と言っても本編主人公である望月朔の話でもない。


「東條、送ってくれたか?」

 赤茶に染めて立てた髪、派手な色の服とジャラジャラと大振りなアクセサリーがなんともチンピラ感を助長する青年。

 彼は名を西野九十九にしのつくもという。彼は魔法使いの弟子である。師は西銘恭弥にしなきょうやという魔法使いだ。

「ああ、到着も確認したから後は日付調整だな」

 九十九は今年21になる大学生だ。

三年から専門課程が始まるため忙しくなる。

だから

そう、だから決着が必要だ。

彼が決めた終生のライバル、神楽坂庵との決着が。


 3日後、九十九は再び協会の支部に来ていた。わざわざ地元ではなく隣県の片田舎の支部にだ。模擬戦の申し入れをしたら日付変更を要求されたのだ。

 日付指定は2/14で出していたがその日は嫌だから別な日にしろと文句を言ってきたそうだ。尊大なやつめ。

「つくもんまぁた庵くんに決闘挑んだん?」

 カウンターでカラフルに染めた髪を前髪は目が隠れるほど伸ばし後ろは両サイドでまとめた朱里あかりありすとかいうでかい女が駄弁っている。歳は知らないが一応狩人らしく支部に来ると大体いる。  

 今日は髪に合わせたパステルカラーのスキニーとノースリーブのタートルネックシャツにスカジャンを羽織っている。

「ああ」

「バイト代、もーちょい良い使い方しないと親怒らない?」

 ありすはカットレモンを刺した酒瓶を煽り上機嫌だ。

 模擬戦は挑戦者が場所代やらを負担するが、医療保険やら細かい出費で一戦で10から50万ほど飛ぶ。神楽坂なんかは保険料が跳ね上がるのでほぼ50かかる。協会所属の弟子は特約で半額負担だがそれでもおおよそ25万だ。

「家は自分で稼いだ金の使い道は干渉しない方針だ」

「はーボンボンはこれだから」

「うるさい」

「にしし、まぁ協会的には儲かるから良いんだろうけどさ」

「じゃあほっといてくれ」

「おねいさんは暇なんだよお。つくもんかーまちょ」

「クソっ書類はまだか」

 協会にバースペースなんか作ったやつを張っ倒したい。


・ ・ ・


 書類を出して九十九が協会を出るとありすも何故かついてきた。

 ありすは身長180近い上底の厚いスニーカーを愛用している。隣を歩かれると168の自分が小さく見えるので正直一緒に歩きたくない。

「つくもんこれからどこ行くん?」

「あんたには関係ない」

「ンフーツンツンしちゃってー。かーわいっ♪」

「……」 

「〜♪」

「………」

 九十九は無視していればそのうち飽きるだろうと口をつぐみ歩き続けたが、流石ハンターと言うべきか、2時間経ってもありすは諦める素振りもない。有り余る時間と体力は社会貢献にでも使って欲しい。

知っている道を15周した頃、先に九十九が音を上げた。

「俺は用がある、帰ってくれ」

「ん?つくもんはこれから庵くんにあげるチョコ買いに行くんでしょ?」

「ば!?」

 スマホを盗み見られたかと画面を隠す。

 確かに菓子屋に行くつもりではあったが決してそんな浮ついた目的ではない。自分で食べるのだ。

「違う違う。つくもんが去年もバレンタインマッチを挑んだの、おねいさんしっかり覚えとるんよー」

「……」


 神楽坂と九十九の出会いは一年半前になる。

何かコネだが貸しだかがあると言う兄弟子が、大学の入学祝いに高級風俗を奢ってやる等と言ってきたのだ。実際行ってみたホテルラウンジに男が着て、それもそれがまさかあの悪名高き神楽坂とは思わず九十九も狼狽したものだ。

 結果だけ言うと、紆余曲折あり九十九は一度だけ神楽坂と寝た。しかもかなり渋られた上で、だ。

 一時間足らずで完璧にされたのもショックだったし、プロとは聞いていても以前付き合っていた彼女より数段上手かったのもとてもショックだった。

 もうプライドはズタズタだったし、以後女子としたいという欲が死んだ。

 ありすも出る所は出ているし高校生の頃ならよからぬ妄想もしたかもしれないが今は全く反応しない。こんな事恥ずかしくて親にも師匠にも絶対に言えない。

 九十九の男気は神楽坂に鏖殺おうさつされたのである。

 去年チョコを恵んでやったのも恋など浮ついた感情では断じて無い。これから復讐とはいえ九十九に倒される男への哀れみである。

 去年は……惜敗したのだけれども。


「つくもーん?つくもん」

気付くと眼の前で手を振られていた。つくづく人を馬鹿にした女だ。

「何だよ」

「おねいさんオススメのショコラトリーが近所にあるのだけど、教えてあげよっか?」

「は?」


 地味な通りにひっそりと佇むたたずむ地味な店構えのその菓子屋は外観にそぐわぬ派手な内装をしていた。

パステルブルーの壁紙に白い棚。棚には色とりどりのゼリーやアイシングクッキーが並ぶ。

メインのチョコレートは一粒ずつショーケースに並び、詰める箱など好きにオーダーして組み合わせるらしい。ケーキや他の菓子は殆ど無い、ガチな店だ。

「かわいいっしょ?」

「そ、そうだな」

「味もめちゃいいんだよー。あ、このチョコっと味見セットくださーい」

 どことなくおっさん臭いネーミングは置いておいて、ありすは他にもいくつかチョコレートを見繕うと九十九の手を引き小さな飲食スペースに向かう。備え付けのウォーターサーバーとセルフコーヒーは購入者は無料らしい。

「はい、あーん」

 手指を消毒してありすは九十九に小さなチョコレートを差し出す。

「やめろ」

「えー、冷たぁい」

 他に客はいないが店員の目もある。恥ずかしい。

 自分で摘んで一粒頬張る。なるほど、香りが良い。高い味だ。

「お前は俺のなんなんだ」

「ん?お節介なおねいさんだよー?」

お節介な自覚はあるのかと九十九は唖然とする。

「つくもんはかわいいからー」

「喧嘩売ってんのか」

「んー?おねいさんとも試合する?」

「………いや、いい」 

 手練れなのはそうだろうが、何だかこの女には殺意も沸かない。

 結局その日はありすに礼として一箱と自分用に一箱チョコレートを買い帰路についた。


・ ・ ・


 決闘当日は神楽坂は黒地に白と青で水仙の書かれた着物に黒いコートを合わせた出で立ちで現れた。白い髪と黒いコーデがよく似合っている……ではない。これからこいつと戦うのだ。意識を高めねば。

「別にお金を払わなくても君になら稽古くらいつけてあげるのに」

えっ、嬉し……ではない。

「もう食えなくなるからな、今年もやる」

紙袋を突き出す。神楽坂はおやおやと微笑んで受け取った。

監督官が現れ注意を並べる。毎回変わらないが聞いている内高揚も少し落ち着いた。

「それと稽古じゃない、決闘だ。殺す気で来い」

「ん……そうだね。仮にも刃を向け合うんだ。真面目にやりましょう」

 神楽坂は刀を一振り出すとくるりと回して帯に音もなく挿す。

あ、かっこいい

ではない、神楽坂の放つ雰囲気が変わる。

 九十九とて修行は欠かしていないし、いくら外見を繕っても神楽坂は老人、素子の減少も酷いと聞く。

 監督官の姿が消える。試合開始だ。

「今年こそ俺が……!」


こいつを倒して、俺は男を取り戻す!


・ ・ ・


 九十九が目を覚ますとそこは医務室のベッドだった。

ズタズタに斬り刻まれたはずだが、五体満足、指にも欠けや傷はない。

「俺は……」

「今年は庵くんキレキレだったねえ、お弟子ちゃんとなにかあったのかなぁ?」

 何故か朱里ありすがベッド横のパイプ椅子に座っていた。

「何でお前がいる」

瑞原みずはらくんが予定あるらしくて帰っちゃったから」

 兄弟子に代役を頼まれたらしい。


「庵くんも帰っちゃったよー」

「そうか、とりあえず映像は買わないとな……」

 協会の模擬戦の映像記録は参戦者ならディスクに焼いたものを買うことができる。一月でデータは廃棄されてしまうのでたまに沢山買ってプレミアをつけて売るやつもいたりする。転売は規約違反だが魔法でコピーガードをつけているのに複数買えるのは制度上のバグだと思っている。

「そんなに好きなら大好き♡って素直に言えばいいのにー」

「違う」

 朱里ありすは勘違いしているようだが断じて違う。これは敵の研究。倒すための学習なのだ。

「あ、あとね。これ、庵くんが去年の友チョコのお礼だって」

 ありすはブランドロゴの入った紙袋を取り出す。

中には包装されたメンズリップとブランドのキーケース、菓子の包みが入っていた。

「優しい……」

「だよねー。そりゃモテるわなって感じだったよー」

帰りも女達に取り囲まれたのは想像に容易い。

「ほ、他のやつからも貰ってたのか?」

「いんや、お断りしてたよ?嫉妬?」

「ち、ちがわい!誰があんな、あんな奴……」

「え、じゃあそれ要らないの?貰って良い?」

「……いる」

 

 こうして人生を神楽坂に狂わされた男、西野九十九の日々は続くのだった。


おしまい


備考:九十九は神楽坂が時々協会でやらされているサイン会に毎回並んでいる。

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