第41話 ネックレス

「は? ネックレス?」


 共犯者B子の言葉に思わず問い返してしまう。


 いや僕が華乃にプレゼントなんて贈るわけないだろ。そんな金あるなら全部ティアラへのプレゼントに使うわ。ネックレスだってオーダーメイドだと結構なお値段するんだから。ま、ティアラがそれで喜んでくれるなら全然惜しくないけどね。


「ん? 保科さんのネックレスって……」


 共犯者A太も恋人の言葉に一度首をひねり、しかし何かを思い出したかのように目を見開き、


「あ、あれか。星の形した4℃のやつか。ピンクゴールドの。そうか、あれが純君からの……! 純君。保科さんな、俺が何度注意しても仕事中ずっとあのネックレスつけてるんだぜ? まったく、困った後輩だぜ……!」

「…………っ!? え……?」


 僕が驚愕したのは、丈太さんが急に「だぜ」とか言って鼻の下さすりながら照れ笑いし始めたからではない。そのコロコロ主人公みたいな仕草は全く関係なく、そのワードが衝撃的だったのだ。


 星形の、4℃の、ネックレス……! それは……!


「うふふ、華乃さんのああいうところ、本当に愛らしいわよね……。あの子に良く似合っているし。あ、もしかしてあのネックレスの星って、保科ほしなって苗字に掛けているのかしら? とても素敵なセンスだと思うわ」

「は……?」


 保科から星って……そんなダジャレみたいな発想、思い浮かびもしなかったわ。あの星は、セレスティア・ティアラっていう最高にロマンチックな名前から来ているに決まってるだろ。

 僕はしっかりと調べたんだ。グーグルで。セレスティアは『天上の』という意味だ。よって、セレスティア・ティアラは、天上で輝くティアラ……つまり星のことだと僕は解釈した。ティアラが名前に込めた意味を理解し、そして理解したことを伝えるためにも……


 って、うん。それはティアラに送ったネックレスの話な。華乃がつけてるネックレスとは何の関係もない。


 ってか、ネックレス? 華乃が? 僕の前じゃいつも薄着だし、学校でもブラウスの第二ボタンまで開けてるようなビッチだけど、そんなもん付けてるの見たことないぞ?


「でも、そういえば学園祭の時にはつけていなかったかしら……? おかしいわね、私の前では絶対に外さないし、私が触ろうとしようものなら、あの子らしくもなく本気で怒るくらいなのに」


 どことなく説明口調気味な白石さんの言葉は、独り言のようでいて、何故か僕に向けられているようでもあって。


「いや、僕はそんなネックレスなんて……」


 と、何でこんなことしなきゃいけないのか自分でも分からないような言い訳をこぼし掛けた時だった。

 ピンポーンというインターホンの音が僕のボソボソ声を遮り、


「あ、来たわね」


 そして、玄関まで走った白石さんが出迎えたその人物は、


「何なんですか、こんな平日の夜に女子高生呼び出して。だいたい、丈太さんの部屋に上がるなって言ってたのは京子さんなのに」


 不満げに口を尖らせながらも、手土産なのかシュークリーム店の紙袋を持って、


「か、華乃……? 何で君が……」


 制服姿のその首元にはピンクゴールドのチェーンがキラリと輝いていて。


「は……? 純……!? な、何で……っ」


 僕の姿を認めた華乃は、目を見開いて立ちすくみ、そして説明を求めるよう白石さんに目をやり、


「呼んだのよ、私達が。あなた達二人のことが心配で……」

「…………っ! そんなこと、わたし頼んでなんて……!」


 そこまで言いかけて、華乃はハッとしたように言葉を詰まらせ。


 シュークリームの袋が床に落ちる。


 華乃がその両手の全てを、自らの胸元を押さえることだけに使ったからだ。


「華乃……お前、それ……」


 だが、そんな行為には何の意味もない。意味もないどころか逆効果なのに、焦って、慌てて、もはや反射で、華乃は首から掛けたそれを必死に隠そうとしてしまった。


「し、し……知らないっ! わたし何も知らない!」


 そして彼女は踵を返す。体をよろめかせ、玄関でローファーを履くのにもたつき、パニックを起こしたかのように呼吸は乱れている。


「行くんだ、純君! ここで追いかけなかったら一生後悔することになるぞ!」


 響くのは丈太さんの熱い声。


 え? そういう展開だったの、これ。いや確かにあいつに問い詰めなきゃいけないことはあるけど、別に家隣同士だし今じゃなくても一生後悔するようなことは別にないと思う。


 いや、でも。

 あながち間違ってないか。


 あのネックレスについては、今この場で、自分の目で確認するべきだ。単なる思い過ごしのはずだけど、もし、もし万が一、そんなことがあるなら……証拠隠滅の機会は潰さなきゃいけない。現行犯で捕まえるべきだ。


 ちょうど華乃が玄関を出たタイミングで僕も立ち上がって走り出す。しかし、背中に白石さんから声がかかり、


「一つだけ! まだ分からないことがあって!」

「一つだけですか! 僕には分からないことだらけなんですが!」

「私が書いた小説をなぜ闇ノ宮美夜さんが知っていたのか、分からないの。別府さん達には遠回しに鎌を掛けてみたのだけれど……」


 そうだ、確かにその問題にも答えは出ていない。


「そうしたら、一人、あのツイートをした『まっかろん』は見つかったの。やっぱり私の高校時代からの友人だったみたいで」

「え?」

「でも、その子は、闇ノ宮さんのことはよく分かっていなかった。ナマモノBL専門の子だから……。あのツイートのせいでネット上の騒動に巻き込まれたらしいことは分かっていたみたいだけれど、それ以上のことには関わらないようにしていたみたいで。とにかく、直接的には闇ノ宮さんとは全くの無関係で……」


 どういうことだよ……。

 それに、そんな話を何であえてこのタイミングで? 華乃を追いかけようとしている今持ち出してくるなんて、まるでそれが、何かあいつに関連しているみたいじゃないか。


 続く言葉を聞きたくない。今すぐ走り出すべきだと本能が告げる。でもそんな警鐘を僕の反射神経が役立てられた試しなど、人生で一度もなくて。いつだって僕は、華乃の嫌がらせ爆弾を真っ正面から浴び続けてきて。


「あとは華乃さんだけなの。私の小説のタイトルを知っていたのは」

「――――」

「でもこの一週間、さり気なく小説の話題を出すだけで、あの子、黙り込んでしまって……。何かあると思うの。でも、私にはこれ以上、あの子から情報を引き出せない。阿久津君なら、あの子から話を聞くことが――」


 もう最後まで聞いてしまったようなものなのに、それでも僕は逃げるように玄関を飛び出した。

 外廊下を走り、古めかしいエントランスを出る。さすがに見失ってしまったことも覚悟したが、30メートルほど先に華乃の後ろ姿がかろうじて見えた。


 それくらい、今夜の星は光り輝いていた。


 さすがに走力は僕の方が上だし、ダンロップのスポーツシューズを履いている僕と違って、あいつの靴はローファーだ。追いつくのも時間の問題だろう。


「何なんだ、一体……!」


 美夜が書いたあの小説を、華乃が知っていただって?

 でも華乃は三か月前のあの小説バレ彼氏疑惑の時、そんな話は一切していなかった。あの騒動を使ってさんざん僕を煽っておきながら、その事件の重要な要素である小説について、元から知っていたくせに知らないフリをしていたってことか? 何のために?


 そして何より、あのネックレス……。


「くそ……!」


 心臓が早鐘を打つ。


 もちろん、走っているからでもある。でもそれだけじゃない。論理的な推論を試みる頭脳に、僕の心が必死で対抗しようとしているからだ。

 ティアラと華乃の名前の共通点だとか、そういえば『美夜』だって星に繋がってるだとか、そんな下らないことすらこじつけようとする脳に、全力で抵抗する。


 目の前の状況が導き出そうとする結論を、僕の心はどうしても受け入れられない。


「華乃……おい、華乃! 一旦止まれ! 危ないだろ、こんな夜中に!」


 そうだ、とにかくネックレスの確認だ。それさえすれば、こんな下らない妄想は陰謀論みたいなものだったとすぐに判明する。どうせセフレだとかパパ活相手に貰ったものに決まってるんだ。


「…………っ」


 心臓が痛むのは、やっぱり慣れない全力疾走のせいであって。いちいちこんなことで心を痛めないだけの鎧は、僕はとっくの昔に身につけていたはずであって。


 それなのに、それなのに何でお前はそうやって……!!


「華乃!!」

「やめて! 離して!!」

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