第37話 純と華乃
丈太さんと分かれて華乃に話を付けに戻った僕だったが、例の同人誌即売会場から華乃の姿は既に消えていた。というか僕もすぐ追い出された。責任者っぽい人曰く、「コスプレだとは思いますが、さすがに制服はマズいです……」とのことだった。正論だけど、そもそも高校生が入れないような催しを学園祭でやるな。
というわけで、僕は諦めた。わざわざ華乃を探さなきゃいけないなんて面倒くさすぎる。どうせ大学内ほっつき歩いて、ナンパ待ちでもしているのだろう。
あいつはもう、今回の学園祭でやりたかったことを成し遂げたつもりでいるからだ。華乃は、僕や丈太さんとは別の目的を持ってこの学祭に来ていたのだ。
それをこれから問い詰めるつもりだったのだけど、時間が掛かりそうなら中断だ。先送りだ。今の僕にはもっと大事なことがある。
「ティアラの配信に備えないと……!」
ついさっきティアラのツイッターで、今夜雑談配信を行うと予告があったのだ。
開始時刻はいつも通り20時。今から5時間後だ。
最低でも3時間前にはパソコン前に待機して、いろいろ整えておきたいからな……。予想される雑談内容を十数種類にパターン分けし、それぞれに対応するコメントを大枠だけでも用意しておく必要がある。コメント投下の適切なタイミングを逃さないためにはこういった事前準備が必須なのである。
どうせ華乃とは隣同士なわけだしな。配信終了後の余韻を充分味わった後にでも、お家にお邪魔すればいいか。
まぁ、華乃が今日ヤリサー大学生にお持ち帰りとかされていたとしたら、また後日になってしまうんだけど。ほんとダル。死ねばいいのに。
結果から言うと、わざわざ華乃んちに行く必要すらなかった。
向こうから来たからだ。
「もう帰れよぉ、こっちのタイミングで話しに行くからさぁ! 僕の耳にはまだティアラの声の余韻が残ってるんだよぉ! 非処女ビッチの精子臭い声なんて入れたくないんだよぉ!」
先ほどまでティアラとの楽しい逢瀬をしていたデスクに、僕は拳を叩きつける。くそぉ。
「うぷぷ、その匂いってこの部屋からしてるだけじゃん。いっつもゴミ箱から精液臭ムンムン漂いまくりだし。うぷぷぷっ!」
何で精液の匂いをそんな熟知してんだよ、クソ、死ね。相変わらずエロい格好で来やがって。
まぁ、ちゃんとティアラの配信が終わってから来たことは評価してやるけど。
そこら辺の空気は読めるというか、ティアラの生配信視聴を邪魔するという一線だけはさすがに越えてこないのが、この女だ。もはやそれは嫌がらせではなく犯罪だということ、そしてそんなことをしても僕が見せるのは、華乃の大好きな絶望ではなく、ガチ切れだということを理解しているのだろう。普通に腕力だけだったら、さすがに僕の方が上だしな。
「てかてかー、うぷぷっ! やっぱわたしに何か用あるってことなんじゃん。そーだと思ってわざわざ来たげたのにーっ。あはっ♪ ね、ね、ね? オカズが欲しかったんでしょ? セレスティア・ティアラでシコれなくなっちゃったから♪ あはーっ♪」
僕の顔を覗き込み、いつものように華乃が煽り散らかしてくる。いつも通りの嗜虐スマイル。いつも通りの下品なボキャブラリー。だが、いつもとは違い、今の僕には全く効いていなかった。余裕だった。
こいつの思惑など、全てお見通しだったからだ。
「そんな空言で僕を欺けると思っているとはね。もう分かってるんだぞ、君の本当の目的、全てを」
「うぷぷぷっ! なにカッコつけてんのーっ? あはっ、そんなの当たり前じゃん! だってもう、わたしの計画ぜーんぶ成功しちゃったようなもんだしー♪ 今のあんたは、ミサイル撃ち込まれてから、撃ち込まれると思ってたんだよなって訳知り顔してるようなもんだよ? うぷぷぷっ!」
「ふん、本当に白々しい奴……」
そんな戯言、僕にはもう通用しない。君の弱みも握ってるようなもんなんだよ、こっちは!
「暴いてやるよ、今、ここで! 君の真の目的をなぁ!」
「あはっ♪ 楽しみーっ! 阿久津純きゅんのシコシコ推理ショー、始まり始まりーっ、ぱちぱちぱちー♪」
ふん、せいぜいそうやって余裕ぶっこいてろよ。今にお前の顔は悔しさで歪むことになるからなぁ!
「ティアラの正体が白石京子さんで、彼女には丈太さんという彼氏がいる――それを僕に知らしめることで、僕に人生最大級の絶望を与えるのが、君の計画だった――」
「あはーっ♪」
僕の言葉に華乃の大きな双眸が爛々と輝く。その光は、これまでのどんな瞬間よりも眩しくて。
「あはっ♪ あはっ♪ あはっ♪ ティアラちゃんに裏切られちゃったね♪ うぷぷっ! ねぇねぇ、どうすんの? 今もねぇ、ティアラちゃん、あ、正体は京子さんだけど、うぷぷ、今もあのイケメンマッチョ丈太さんにめちゃくちゃに抱かれちゃってるんだよ? 想像して想像して想像してー? ティアラちゃんは丈太さんの赤ちゃんを孕むんだよー? ねぇねぇねぇねぇねぇ、今どんな気持ちー? あはーっ♪」
顔を紅潮させるその様は、もはや恍惚、ほぼ絶頂。長年この時を待ちわびていたとばかりに、激しい興奮状態のまま、僕に詰め寄って。
だから僕は、準備する。こっそりと、撃鉄を起こす。
「ねぇねぇねぇねぇ? ねぇねぇねぇ、どーすんのどーすんのどーすんの? あはっ♪ あはっ♪ あはっ♪ 絶望しちゃった? 死にたい? ねぇ、死にたい? もうティアラちゃんでシコれなくなっちゃったねー? これからどうやってシコるのー? どうやって生きてくのー? うぷぷっ、ティアラちゃんだけが心の支えとか言っちゃってたのにねー? あはっ♪ あはっ♪ あはっ♪」
そろそろか――出来れば絶頂のピークでぶっ込みたい。あえて有頂天にさせたところで、一気に突き落す。出来るだけ強く叩きのめす。
お前が長い時間かけて仕込んできた計画を、お前がずっと馬鹿にしてきた僕が看破してやるよ!
「ねぇねぇねぇ、また寝込んじゃうのー? ねぇ、辛いでしょ? 絶望でしょ? 寂しくて死んじゃいそーでしょ? うぷぷぷっ――ふふっ、ねぇ、わたしが、隣にいてあげよっか?」
そして僕は、引き金を引いた。
これが、最凶の悪魔を撃ち殺すための――水鉄砲だ。
「――と、僕も当初は勘違いしていたけど、そんなわけがない。だって、ティアラは白石京子じゃないから。ティアラに、彼氏なんているわけがないんだから。白石京子に彼氏がいるということは、即ち、ティアラは白石京子じゃないということだ」
「…………は?」
冷や水をぶっ掛けられたかのように、華乃の絶頂がピタリと止んだ。顔には、困惑の色が浮かんでいる。
だが僕は手を止めない。11月の外気で冷えた水鉄砲を、ただただ撃ち続ける。
「ティアラに彼氏がいると思わせて僕を絶望の底に突き落とす――そんな目的は、ただのブラフだったんだ。君には別の、真の目的がある」
「…………は?」
「何があったって僕はティアラのことだけは疑わない。誰の言葉よりも、どんな証拠よりも、何よりも優先して、僕はティアラのことだけを信じる。これまでの嫌がらせを通じて、君はもうそれを思い知っていたはずだ。幼なじみの君なら理解していたはずだ。だから君の最終目標が、こんなものなわけないんだ」
「…………は?」
呆然と立ち尽くす華乃に、改めてその事実を告げてやる。
「ティアラに彼氏がいるなんてデマを僕が信じるわけがない」
「あ、あんたマジで何を言って……」
だが、ここまではあくまで大前提の確認に過ぎない。敬虔なクリスチャンが裁判前に聖書に手を当て宣誓するのと同じこと。
本番は、ここからだ。
「ただ、確かに君が仕込んだ数々の仕掛けは見事だった。正直、細かいプロセスは分からないけど、とにかく『白石京子=ティアラ』という嘘が、まるで真実のように見えてしまうだけの仕組みを君は作り上げた。僕以外の人間であれば、間違いなく信じてしまうだろう。つまり君は、僕以外の誰かに、『白石京子=ティアラ』だと思わせたかった。別のターゲットがいたんだ。ある目的のために」
「ちょっと、マジで……意味わかんないから……いったん……」
弱々しい命乞いを無視して、そして僕はついにこの問題の核心に踏み込む。
保科華乃、君の真の目的は――
「君は、丈太さんに恋をしているんだ。丈太さんを白石さんから奪い取るために、大嘘をついて、『白石京子=ティアラ』というデマを、彼に信じ込ませた。これが全ての真相だ!!」
「…………………………………………………………は?」
2023年11月4日23時41分18秒。高校生探偵、阿久津純――誕生の瞬間だった。
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