第38話 最近ざまぁ系ラノベにハマっている阿久津純
「…………………………………………………………は?」
伝説の証人になれたというのに、華乃は新品の靴でガム踏んだみたいな顔をしていた。
まぁ、それほどショックだったということだろう、僕に企みを看破されてしまったことが!
「丈太さんが実はVTuberに偏見を持っているということももう分かっている。恋人がVTuberであることが受け入れられないようだった」
彼は顔は良いけど、意外と女子に話しかけられた経験が少ないのかもしれない。
「そうやって丈太さんを騙して白石さんとの仲に亀裂を生じさせ、彼を略奪する。そのための『白石京子=ティアラ』だったんだろう? 僕にはお見通しなんだよ、全て!」
「は……はぁ?」
壊れた人形のようにしばらく「は」ばかり連呼していた華乃だが、やっとスイッチが入ったかのように、深いため息をつく。
「そんなわけないっしょ。わたしが丈太さんを好きって……バっカじゃないの? 丈太さんとの付き合いなんて、たった1か月かそこらなんですけど」
が、その顔には明らかにイラつきがにじみ出ている。呆れ顔を装ってはいるが、効いているのがバレバレだ。
僕は鼻で笑って、言葉を返す。
「1か月やそこらで誰とでも体の関係を持つような女が君だろ。実際、丈太さんにも色目みたいなの使ってたし。でも丈太さんが白石さんに一途だから、その一途な心を揺らがせるための強力な爆弾が必要だったってわけだ」
「…………っ! あんた、マジでいい加減にしなよ……!」
プルプルと小刻みに体を震わせる華乃。
図星を突かれたこいつはこんな風になるのか。いつも完全優位な立場で攻撃ばかりしているから、弱点を突かれたときの防御力が貧弱なんだ。
僕は人生で初めて、天敵を追い詰めている。
とどめを刺す時は、今だ。
「ほんっとにクソビッチだよな。まぁ、別に? 君がどこの誰と寝ていようが僕には全然関係ないけどさ、君の汚らしい性欲のために、僕がこの世界で唯一愛するティアラを穢すような真似してんじゃねーよ。僕が言いたいのはそれだけだ。死ね」
「――――」
僕の吐き捨てた言葉に、目を見開いて絶句する華乃。
その惨めで情けない姿に、僕の体は麻薬に犯されるかのように高揚していた。多幸感が心を満たしていた。
それはまるで、美夜に初めてコメントを拾ってもらえたあの時のようで。ティアラを見つけ出して、ティアラに見つけ出してもらった、あの再会の瞬間のようで。
このエクスタシーにしばらく身を沈めていたい。
そんな風に思っていると、
「っ……!?」
突然の衝撃が、左頬を襲う。耳鳴りがして、視界が一瞬ブラックアウトした。
熱くなった頬を押さえて、そこでやっと痛みという感覚を認知し、そして視界の揺れが収まっていくにつれて、気付く。
ビンタされたのだ。
一筋の涙を流し、鋭い目で僕を睨みつけてくる、このビッチな幼なじみに。
「は……? てめぇ、何すんだよ。暴力は違うだろ」
しかし、華乃はそんな僕の反論など聞こえていないかのように――まるで自分自身に怒りをぶつけるかのごとく――
「死ねとか……こっちのセリフ……ずっとずっとずっと! こっちのセリフだし! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね――死ね!!」
――吠えた。
だが、そんな叫びなど、もはや僕の心には届かない。刺さらない。
「あっそ。勝手に言ってろよ、クソビッチ」
僕の方からこいつに言いたいことは全部言い切った。もう相手にしてやる気もない。
僕はパソコンでティアラのツイッターをチェックする。今日の雑談配信に対する総評を僕がまだ投稿出来ていないことを心配しているんじゃないだろうか。
ごめんよ、ティアラ。配信内容が不満だったとかいうことじゃ全然ないからね。ちょっとしたトラブルがあって遅れちゃっただけで、スパチャでも言ったように今日の配信も最高だったよ、ティアラ。
「愛してるよ、ティアラ」
君だけを僕は、ずっとずっと信じているからね。
「……きっっっも」
無視。反応してやる意味がない。言葉を返す理由も、目線を向けるだけの価値も、この女には、何もない。
「……ほんと死ね。キモすぎる。美夜なんて、ティアラなんて……VTuberなんて、ほんと、死ぬほど気持ち悪い。死ねばいい。……ほんとにもう、死にたい……っ」
「――――」
文脈の繋がりに違和感を覚え、つい振り返ってしまう。
しかし、そこにもう人影はなく、ただただドアを激しく閉める音だけが僕の耳に届いた。
「…………。それにしても……」
自分の左頬を撫でる。残念極まりないことに、ティアラの声の余韻を超えるような熱が、未だそこには籠っていた。
物理的な痛みは、短時間に限って見れば、あらゆる感情を超越してしまう力がある。
だからこそ、それは、とても華乃らしくなかった。
僕の頭と心には、幼い頃から華乃に植え付けられたトラウマがたくさんある。僕の捻くれた人格は華乃の嫌がらせによって形作られたと言っていい。
あいつはそうやって、僕の人生を長く蝕み続けるような精神攻撃が好きなのだ。譲れぬ拘りであって信条であって執着であって、それを放棄することなどあり得ない。
僕に対するシンプル痛いだけの物理攻撃なんて、最も華乃らしくない行動だと言える。
それはつまり。裏を返せば。華乃がお得意の精神攻撃を放棄せざるを得なかったことを意味していて。僕が華乃の武器を完全に封じ込めたことは明らかで。
そう、勝ったのだ。ついに、僕は華乃に勝った。シンプル暴力に訴えた時点で、奴の完全敗北だ。17年間の人生で、僕は初めて華乃に勝ったのだ。
でも……油断するつもりはない。
さすがに今回ばかりは演技抜きでダメージを与えられたはずだけど、心を折ってやったなんて自惚れは持つべきじゃない。
保科華乃に対して油断は禁物なのだ。
いつまたこの部屋に、あのラフ過ぎる格好で。今回の敗北すらも前フリにして。強烈なカウンターを仕掛けてくるか分からない。
あいつが大人しくしていればいる程、僕は警戒心を強めなければいけないのだ。
そうして、一週間が過ぎた。
華乃が部屋に来ることは一度たりともなかった。学校で目が合うことすらなかった。
その不気味さに、嵐の前の静けさのようなものを感じて、僕は常に緊張を強いられていた。
そして、そんな不安感を紛らわすための癒しが、今の僕にはなかった。
一週間、ティアラが配信を休んでいた。
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ここまでが第三章です! 次回からの第四章も朝夕夜、毎日3話投稿していくので、引き続きお付き合いよろしくお願いします!
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