第32話 阿久津純、真相に迫る

 僕もエロ漫画エリアから退室する。放心状態だったから、何も考えずに丈太さんについてきてしまったってだけだけど。


「純君。小説エリアに入る前に、整理しておきたいことがある」

「……まぁ、そうなりますよね当然。僕も、あなたに確認しなければいけないことがありますし」


 僕達はフロアの隅にあった自動販売機で飲み物を買い、丈太さんが自販機の側面に、僕が壁に背中を預けた。つまり、視線は向かい合わない。丈太さんが買ってくれようとした缶コーヒーも自分で買った。


「気づいたよな、純君」


 しばし無言の時が流れた後、丈太さんの方から口火を切る。僕はやはり無言で頷いた。


「保科さん、昔から京子と知り合いだったんだ」

「…………っ!? そ、そうみたいですね。もちろん気付きました」


 もちろん気付いていなかった。あとブラックコーヒーが苦い。完全に失敗した。丈太さんが買ってくれようとしたミルクティーにしておけばよかった。何でこんな見栄張っちゃったんだ。


「あの会話内容からするに、最低でも2年以上の付き合いがあったということになる。保科さんの幼なじみとして、そんな話は聞いたことあったか?」

「いえ、全く。白石さんとは作戦のため、ここ最近あなたに紹介してもらったとしか」

「ああ、そうだ。俺が紹介するまで、あの二人は赤の他人だった――と、俺も聞いていた。が、そうではなかった。嘘だったんだ、保科さんの」


 なるほど、そうなるのか。


「はい、そうなりますね当然」

「そして、京子もずっと、そのテイで保科さんのことを俺に話していた。自分が保科さんに出会ったのは、俺に紹介されたここ最近の話だと。つまり、京子も嘘をついていたんだ。二人が意図的に口裏を合わせなければ、この嘘は成立し得ない。保科さんと京子は、共犯関係にある」


 何だって……!?


「何だって……!?」


 しまった、そのまま声に出してしまった。


「まぁ、そうだよな。純君には、俺と京子の関係なんて話してなかったわけだし、そこまでは推測できなくて当然だ。いや、話してなかった、って表現はズルいな。意図的に伏せていたんだ。申し訳ない、俺まで君を騙すみたいなことしてしまって」

「…………っ!」


 その言葉で、本来の目的を思い出す。いや、決して忘れていたわけではない。忘れるわけがない。ただ、やはり怖かったのだ、確認するのが。


 丈太さんは言葉通り申し訳なさそうに続ける。


「あくまでも、一応、だったんだ。君に変な先入観持ってもらいたくなくてな……京子がセレスティア・ティアラじゃないって証明できた後、そうじゃくても調査が一段落ついて君が信用に値するとわかれば、すぐ教えるつもりだったんだ」

「言い訳はいいです。もう分かっていますが、あなたの口から結論だけ述べてください」


 感じの悪い口ぶりになってしまったが、丈太さんは不快そうな素振りは一切見せず、とても真摯に頷いてから、


「あ、やっぱ待ってください、まだ心の準備が、」

「京子は俺の彼女だ。え? あ、ごめん、言っちゃった」

「――――」


 分かっていた。推測通り、推理通りの言葉だ。単なる答え合わせに過ぎなかった。

 それなのに。それなのに――


「まぁ、ホントそんな隠すような話じゃなかったんだけどな。ストーカーでもあるまいし、あいつに彼氏がいることくらい純君が知っても何も問題はなかった……って、こんな話進めるなら、その前に俺たちの間で共有しとかなきゃいけねー認識があるよな」


 言葉を切り、丈太さんは一度大きく深呼吸をする。今度は丈太さんの方が、触れるのをずっと躊躇っていたであろう『真相』に、覚悟を決めて手を伸ばす。


「京子は――京子こそが、セレスティア・ティアラだ。ここまで集めてきた事柄を繋ぎ合わせれば、その結論しか浮かび上がってこない。保科さんと京子が何の目的でどんな嘘をついてきたのかはまるでわからんが、この結論だけはもはや揺るぎようがない――君も同じように考えているはずだ」


 丈太さんは、血が噴き出すんじゃないかと思うほどに歯を食いしばって、震える声を絞り出していく。


「ここまで話せばわかってるだろうが、俺がセレスティア・ティアラのファンだというのも嘘だ。俺は恋人の京子がセレスティア・ティアラであることが嫌で、許せなくて、認められなくて、それを否定するために今日のこの調査に臨んでいた」


 ああ、なるほど。そういうことだったのか。そこはよく分かっていなかったから、聞いてみて合点がいった。その前提の下で丈太さんが動いていたことを考えれば、不可解だった「白石さんを尾行する」という行いも作戦として筋が通っている。


 ただし――。


「安心してください、丈太さん」


 僕は、僕の人生において、おそらく一番になるであろう朗らかな笑みを浮かべ、尊敬する先輩に、この上なく素晴らしい『事実』を教えてあげた。


「白石京子さんは、ティアラではありません」


「は……?」


 丈太さんは、呆気にとられたかのようにポカンと口を開けている。

 そっかそっか。やっぱり理解していませんでしたか。いや、仕方ないです、あなたは華乃に騙されているのだから。


「実を言えば、僕もつい先ほどまではそう考えていました。白石さんこそがティアラなんだと」

「そ、そうだよな? だってそうじゃなきゃ、いろんなことに説明がつかないわけで……京子がセレスティア・ティアラなんだと仮定すれば、全ての辻褄が合ってしまうわけで……」

「あはははは、そんなのはですね、華乃が仕組んだことなんですよ。白石さんがティアラだと、華乃が僕らにそう思わせたかった。そのためになら、奴は何だってするんです」

「そりゃ、その可能性は当然俺も考えたが……だが、どうやって? そもそも、京子も共犯で何かをやってるんだぞ? 意味わからんだろ、セレスティア・ティアラではない京子が、自分をセレスティア・ティアラだと俺に思わせるために、保科さんと協力して何か嘘をついてると?」

「知りません。分かりません、華乃や白石さんの目的なんて」

「は……?」

「目的も真意も全く分かりませんし、華乃がどんな嘘をついてきたかなんて、もっと分かりません。今だから正直に認めますが、僕は頭が悪いです。聡明で頼れるお兄さんで、美人の彼女さん持ちのイケメン丈太さんに分からないことが、僕に分かるわけなんてありません。あなた以上の推理なんて僕に求めないでください」

「じゅ、純君、君はさっきから何を言って……」

「ただ、必要ないんですよ、推理なんて。推理力なんて、頭の良さなんて全く必要ないんです。必要ないというか、無意味なんです、白石京子さんがティアラだという仮説を証明しようとする試み自体が」


 言葉を失う丈太さんに対して、僕ははっきりと教えてあげなければならない。

 この世における、絶対的な真理を。永久に揺らぐこのない、決定的な証拠を。何があっても崩れない、大前提を。

 たとえ、どんなに確からしい証明がなされようとも、そのたった一つの事実が、全てを覆す。白石京子は、ティアラではない、と。


「――ティアラに、彼氏なんているわけがないんですから。あなたが白石さんと付き合っている時点で、白石さんがティアラである可能性なんて、一毛も存在し得ないんですよ」


 僕は生まれて初めて、華乃を羨ましいと思った。


 こんな時、語尾に♪を付けられたら、さぞかし気持ち良いんだろうな、って。

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