第31話 蝶野丈太、さらに気付く
俺と別府の激しい言い合いに、部屋中の視線が注がれている。
ていうか、あれか。今さら気づいたが、ここ成人向け作品限定の会場だったんだな。他の部屋やフロアとは隔離されてるってことか。だからドアも閉め切ってたんだな。うん、絶対実行委員会から許可降りてないだろ、このエリア。
だとか分析してしまうように、混乱する頭の隅で、妙に冷静な自分もいる。この2週間の衝撃の連続の中で、変な耐性が付いてしまったのかもしれない。
いずれにせよ、動揺ばかりしてる場合じゃない。
これは一世一代の、最愛の人との一生を左右する、大事な大事な局面なのだ。
俺は冷静に見極めなければいけない。一体、俺に、そして京子に、何が起こっているのかを。
「もうマっっっジで最悪だよ!!」
崩れ落ちた別府がテーブルに頭を叩きつける。
「白石の秘密バラしちゃったしさぁ! 嫌われちゃうじゃん! なのに蝶野ばっか可愛い子に管理とかされちゃってさぁ! ふざけんな、片方寄こせよ! 白石の居場所なら教えてやるから、そのえちかわJKギャルあたしにちょうだい! あと作品一冊だけ買ってって! この不法ド変態エリアでさえ、あたしの本だけ売れ行き悪すぎる! ふたなり×ふたなりを誰も理解してくれない! 辛すぎる! 人生が辛すぎる! 世界があたしを迫害する! 生きにくすぎる!」
一体こいつに何が起こっているんだ。何かものすごく可哀そうになってきた。
「ペイペイ使えるか?」
「使えるわけないだろ。500円」
俺は千円札をスッと差し出して、薄い本の山の真ん中辺りから二冊をスッと引き抜いた。何か上の方は別府の手がたくさん触れていそうで嫌だった。初めて別府から礼を言われた。
一冊は下敷きにでもして、もう一冊は誰かにあげよう。バビさんアニメ好きだったはずだけどこういうのもイケるかな。そもそもヒンドゥー教的にイケるのかが不安だ。うん、ふたなり×ふたなりイケる宗教なんてねーよ。もうお前が教祖になれ、別府。お前が新世界を作るんだよ。
「てかてかー、もしかして別府波香さんです?」
ここでなぜか、えちかわ白ギャルJKこと保科さんが教祖に話しかける。別府の下の名前初めて知った。
「白ギャル……! 白ギャルに話しかけれらた……!」
話しかけられたから何なんだよ。
「あはっ♪ あ、わたし保科華乃ってゆって、京子さんと仲良くさせてもらってます♪ 昔から伺ってたんですよー、波香さんのこと。とっても大事な友だちだって♪」
「し、白石が……!?」
身をかがめて目線の高さを合わせ、優しい声音で話し続ける保科さん。
さすがの保科さんですら、別府の不憫さに心を痛めたのだろう。悪魔の心さえ優しくしてしまうその生き様、もはや教祖を超えてこいつが新世界の神でいいんじゃないだろうか。
「ええ、だからわたしも是非、波香さんにお会いしたかったんです! 京子さんとは女子高時代からの大親友なんですよね!」
「そうそうそう! そうなんだよ! 白石のことはずっと可愛がっててさー、この男と出会うまでは男っ気なんて全くなくて、まさに女子高のアイドルみたいな感じで。白石はいつもあたしと一緒にいたかったはずなのに、取り合いが壮絶でさー」
「あれですよね? 二年生のときの修学旅行の班決めのやつとか」
「そうそうそう、それそれ! 聞いてるんだ、あのあたしの伝説のエピソードを!」
「うふふ、当時も京子さん、嬉しそうに話してましたよ? 波香さんが担任教師のパソコンをハッキングして完全ランダムであるはずのグループ分けツールに細工したって。京子さん、言葉面では呆れながらも、口ぶりは明らかに喜んでるの丸出しで可愛かったなぁ……」
「あ、わかるわかる! 京子ってそういうとこあるよな!」
「そうなんです、実は昔からツンデレ気質なんですよねー!」
「そうそう、まさにツンデレ! あたしの成績がヤバいときなんかもさー、口ではクールぶって『自己責任でしょう。怠けてきたあなたが悪い』とか言っておきながら、同じ大学いけなそうってわかるや、付きっ切りで勉強教えてくれたりさー。泊りがけだぞ、白石と、お・と・ま・り・が・け! 今でもあのときの記憶でヌける」
「あーっ、わたしも全く同じ経験あります! 高校なんて完っ全に京子さんのツンデレご指導のおかげで受かりましたからね! でも合宿なんてありませんでしたーっ! えーっ、ズルいですよ波香さーん!」
「ふははは! まぁ、中学生のお子様にはまだ刺激が強いと思われたんだろうな! で、でも、ほら、今はその、か、華乃ちゃん……」
「はいっ♪ 華乃ちゃんです♪」
「…………っ! か、華乃ちゃんも、もう高校生なんだよね? じゃ、じゃあ、そろそろいいんじゃないかなー、解禁なんじゃないかなー、ほら、女子同士なら十六歳以上はセーフっていうかー? でも白石はもう彼氏できちゃったしー? あたしがいろいろお勉強教えてあげちゃってもいいんだけどなー? みたいなー?」
「えーっ! ほんとーですかーっ? 実はちょうど家庭教師さん探してたんですよー」
「か、家庭教師……! えちかわ白ギャル処女(願望)JKとのイチャえち(願望)お泊り(願望)授業……! ごくり……!」
何か勝手に話が進んでいく中で、俺はまたもや衝撃を受けていた。
何だ、何なんだ、この会話は……。おかしい……いや会話内容は誰が聞いても一から百までおかしいのだが、俺と、そしてきっと純君だけは、ある一点、他の人間は特に気も留めないであろうある一点に、強烈な引っ掛かりを覚えていた。
こいつ……保科華乃……! 明らかに、根本的に、俺たちを騙していた……!
そしておそらく……いや、間違いなく――共犯者がいる……! 目的はわからないが、あの二人が共犯関係にあることだけは、状況からして明らかだ。
その共犯者の名前は……!
「京子さんから、いい加減わたしも卒業しなきゃ、なんですかねー♪ だって、彼氏さんができちゃったんだし!」
「そうだ! 白石はあたしらを裏切ったんだ! 非処女なんて悪魔だ! か、華乃ちゃんは処女だもんね……? 見た目はギャルだけど中身はウブで、えっちなことに興味津々ではあるけど経験はまだ何もないんだもんね……? でへへへ、ごくり……!」
「おい、別府。逮捕される前に二つ聞いとかねぇといけねーんだが、いいよな」
俺の呼びかけに、別府は心底鬱陶しそうに振り向く。こいつはこれから警察と公安、両面からマークされる存在になりそうだ。
「何だよ、蝶野。この悪魔ちんぽ。まぁ、本買ってくれた礼と華乃ちゃん斡旋してくれた恩は返してやる。二つまでな」
「斡旋とか言うな。俺まで罪に問われる。別府、お前まっかろんって知ってるか」
「は? 舐めてんの? 女釣るために最新スイーツまで全部頭に入ってるわ。なに? それともフランスの大統領? 政治には興味ないけどフランスの結婚制度は好き」
「そうか。じゃあ、闇猫は?」
「ヤミネコワ……? 韓国か……アジアのどっかの料理? それも女子の間で流行ってんの、もしかして。なら教えろ」
「いや、いい。じゃあもう一つ」
「もう二つ答えただろ。ちんぽ脳って数も数えらんないの? なら金玉一つ潰しても問題ないよね?」
「今のはまとめて一つの質問なんだよ。そもそももう一つは、元から答えてもらう約束だった質問だ。京子は今どこにいる?」
「ああ、それか。うーん、まぁ二冊買ってもらったわけだし、いいか。今のあたしには華乃ちゃんがいるし。白石なら確かに一瞬ここに顔出したけど、まさに顔だけ出して挨拶したら、すぐ出てってたよ。R-18小説ブースは隣の部屋」
それだけ聞いて、俺は教室から出る。保科さんが「あっ……」と自分の失言に気付いたかのように、口を押さえていた。
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