第30話 阿久津純、さらに気付く
「京子は……京子のこと知らないか、別府」
恐る恐るといった様子で、ついに丈太さんが尋ねる。
しかし、また「京子」と……。
「白石? 白石なら来ていないよ」
そして、その別府の返答。何気ない言葉に僕は驚愕する。
「うぷぷっ!」
華乃も「それ見たことか」といった感じで笑っている。
そう、別府は白石京子の存在を知っていた。知人だったのだ。
つまりは。別府がまっかろんであるならば、やはり白石さんがティアラである可能性が俄然高くなってしまったということだ。それを元から把握していたからこそ、別府の姿を見て、丈太さんはあんなに驚いていたのか。
しかし、丈太さんは、別の部分に引っ掛かりを覚えたようで。
「その返答は妙だな、別府。俺は『京子のこと知らないか』と聞いただけだ。何だよ、『白石なら来ていない』って。やっぱりお前、京子の居場所について何か覚えがあるんだろ」
「…………っ!? は、はぁ!? し、知らねーし、そんなこと!」
何て分かりやすく狼狽してくれてるんだ、この人は。別にそこまで不自然な返答でもなかったし、いくらでも言い訳のしようはあったというのに。これではもう自白したようなものだ。
別府のそんなところも知っていて、丈太さんはとっさにカマをかけるようなことをしているのだろう。
「言っとくがな、別府。俺はもうお前が隠してることには全て気づいてる。だからこそ、こんなところに来たんだ。わかるだろ? 俺がこんな場所にたどり着いてる時点で、これ以上誤魔化したって無駄な足掻きだ」
「ぐっ……! く、くそ……だって、白石が……」
具体的なことは何も言っていない。にもかかわらず、別府は勝手に追い込まれていく。
今、僕達が別府に吐かせたいことは二つだ。
まず何よりも、お前がまっかろんなのかということ。二つ目に、白石京子がティアラなのかということ、だ。
あまりにも具体的なワードや固有名詞で攻め立ててしまうのは逆効果だ。逃走の可能性もある。遠回しに攻めて、勝手に自白させていくというのは良い方法だと思う。さすが丈太さん。
「京子がどうした?」
「……白石が……そうだ、白石のために、言えない、何も。特に蝶野。お前にだけはな」
「…………っ!」
恨みさえ感じさせるような別府の声音。目を見開いて息を飲む丈太さん。そして別府のその言葉。
こんなものを見せられては、もう確信せざるを得ない。丈太さんと白石京子はただの顔見知りなんかではない。そこに特筆すべき何かがある。
しばし瞠目したまま固まっていた丈太さんだったが、ついに何か決心したかのように、別府を鋭く睨みつけ、そして口を開く
「小説……のことだな。京子が書いた」
「……………………」
しばらく二人の睨み合いが続き。
「…………はぁ……ごめんよ、白石……」
そして、ついに別府が肩を落としてため息をつく。落ちた。負けを認めたのだ、彼女が。
しかし、丈太さんに勝利の喜びはない。むしろ、その顔には絶望のような色が浮かんでいて。
小説……それは僕が初めて耳にした情報だった。白石京子が、書いていたのか、何か小説を。そしてそれを、まっかろんの可能性が高い別府に、口止めしていた。
これは、もう……答えに、たどり着いてしまったようなものだ。
――白石京子が、ティアラだ。
「…………」
当然丈太さんも僕と同じ確信に至ったのだろう。呆然と立ち尽くしている。
彼と白石京子がどんな関係なのか、後で絶対に問い詰めなくてはならないけど……とにかく今の心情として呆然とするしかないような関係ではあるようだ。
「別府……」
「何だよ……もういいだろ、これ以上あたしからは何も言えないんだ」
丈太さんは瞬きもせぬまま、絞り出すように声を震えさせる。
「別府、お前が、京子のストーカーだったんだな……!」
「「は?」」
という声を漏らしてしまったのは、別府と、そしてもちろん僕だ。
ス、ストーカー? 何を言っているんだ、丈太さんは?
大前提として、白石さんがティアラなのだとしても、この人がまっかろん本人かどうかはまだ確定していない。仮にまっかろんなのだとしても、ストーカー呼ばわりはさすがにおかしい。意味が分からない。友人のデマを広めた最悪の女だとしても、ストーカー要素は特にない。
僕と同じように別府が頭に疑問符を浮かべていると、そのポカンとした顔が気に障ったのか、丈太さんは声を荒らげる。
「キモいんだよ、お前! クソ変態がよぉ! お前が書き込んだもん見ると吐き気がすんだよ! このクソ犯罪者!」
「「ええー……」」
またもや別府と声を合わせてしまった。
これは、さすがに酷い。別府が書き込んだもの、ということはこの同人誌のことを指しているのだろう。もはやそれは、まっかろんの行いとは全く関係ないことじゃないか。
確かにまっかろんは最悪のことをした。でも、犯した罪とは無関係の趣味嗜好をあげつらって人間性まで全否定するなんて、それこそ最悪の行為だ。特殊性癖のエロ漫画を書いただけで、ストーカーだとかキモいだとか変態だとか犯罪者呼ばわりなんて偏見が酷すぎる。いや変態は仕方ないな、うん。
もちろん、いきなりこんな風に言いがかりをつけられれば別府もキレる。
「変態はそっちだろうが、蝶野! 白石の射精管理性癖だってどうせお前の影響なんだろ! あの純粋な白石を汚しやがって! だからあたしらはお前のこと警戒してんだよ!」
「「…………っ!?」」
――今度こそ、僕も丈太さんも言葉を失う。
決定的だ。決定的なワードが出てしまった。
白石京子には、射精管理趣味がある。そしておそらく、小説を書いている。同様に射精管理小説を書いていた人物と、そっくりな声を持っている。
僕らの頭に浮かんでいる結論を、もはや誰が否定出来るのだろうか。
「あはっ♪ あはっ♪ あはっ♪」
華乃が、悪魔のようにほくそ笑んでいる。
これも全部、華乃が僕らへの嫌がらせのために仕組んだことだって?
……無理だよ。華乃が何らかの嘘をついていたのは事実だろうけど、もはやこの結論を覆すことなど不可能だ。
おそらく華乃は白石京子との接触で、既にこの結論を確信していて、今度は僕らがここにスムーズに到達出来るよう、虚実を織り交ぜて誘導していただけなんじゃないだろうか。
そうだ、それなら合点がいく。真相にたどり着いた瞬間の僕や丈太さんの反応がどうしても見たかったから、絶対に自分の前でそれが行われるよう、コントロールしていたのだ。
「あ……っ!」
しまった……! といった顔をして口を押さえる別府だが、あまりにも今更すぎる。もはや全て喋ってしまったようなものだ。かなり間が抜けているというか、ガサツな人なんだろう。
そんな別府を見て、やはりこの人こそがまっかろん本人なのだと、僕は半ば確信を抱き始めていた。もしかしてあの彼氏バレツイートも嫌がらせなんかではなく、本当に完全なる不注意と間抜けさで招いてしまっただけの悲劇だったんじゃないかと思い直していた。その後で訂正などが出来ていないのも、余程テンパってしまっていたとか、そういう理由なのかもしれない。
もちろん故意だろうが事故だろうが、やってしまったことには変わりない。美夜が受けた被害は何も変わらない。落とし前をつけてもらうという方針に変更などない。
ただ、今はそれ以上に、もっと気になる――いや、絶対に明らかにしないといけない事案が、僕の目の前に生まれてしまっていて。
「くそっ! カマにかけやがったな、この射精管理サレ男が! だいたいよぉ! 白石という清楚お姉さん系管理主を持っていながら、何でこんなめっかわ白ギャルと浮気してんだよ!? 年下白ギャル管理主までいるとかそんな羨ましいこと絶対許さないぞ、あたしは!」
白石京子による射精管理。蝶野丈太こそがその性癖を植え付けたという発想。そして、女子高生を連れていることに対する感想が、浮気。
これらのことが、示していること、それは――
「いいか、蝶野! 言っておくが、あたしは絶対、お前が白石の最愛の彼氏だなんて、永遠に認めないからなぁ!!」
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