第26話 蝶野丈太の阿久津純に対する印象
京子を囮にストーカー=闇猫をおびき出すに当たって、できれば尾行という形を取りたいと思っていた。俺が隣にいてはストーカーも近寄りがたいだろうし。
というわけで、保科さんに京子を連れ出してもらうという算段だったのだが……
「ごめんなさい……その……ほ、ほら、今日はせっかく華乃さんの、ほら、ねぇ? 私がいたらお邪魔かなーと思って」
「ちょっ……、純はそーゆーんじゃないって言ってんじゃないですかー!」
「うふふ、いえ、でも別に今日一日ずっと、というつもりでもないの。また後で合流しましょう? それまではゆっくりデートでもしていて?」
何と、京子の方から単独行動を申し出てきた。
……こういうのも、最近の京子のおかしなところなんだよな。
前まではこんなことは絶対になかった。常に俺と一緒に行動しようとしてくれていたはずで。むしろ保科さんに連れ出してもらうフェイズも、上手くいくか心配していたくらいなのだ。それがまさか、自ら一人になることを望むなんて……。
やっぱり、京子は何かを隠している。それが何なのかは全く見えてこないが……。
「むぅ、そーですか、まぁ、そーゆーことなら仕方ないですね……って、デートじゃないですってばー!」
そんで保科さんもあっさり引き下がってやがるし。ってことは彼女も俺や純君の尾行部隊に入ることになりそうだが、やっぱこいつ、初めからそれ狙いか? 尾行作戦って響きにワクワクしてんだろ。俺の反応見んのを楽しみにしてんだろ。ほんっと良い性格してやがる。
「そういうことなんだけれど……いい、わよね……?」
気まずそうな視線をチラっと送ってくる京子。俺はそれに「おう、遠慮すんなよ」といった感じの微笑みで答える。もちろん演技である。本当は理由を尋ねたくて仕方ない。が、最低限、尾行作戦を決行できる条件は揃うのだから断る理由がない。
とはいえ、さすがにあっさり承諾し過ぎてしまったかもしれない。これだと、今度は逆に京子から不審がられてしまう……と思ったのだが、
「じゃあ、ここら辺で私は……そうだ、これも何かの縁だし……良かったら後で合流して、四人で晩ご飯でも食べましょう? そうね、18時くらいでどうかしら。もちろんお邪魔でなければ、だけれど。うふふ」
「京子さんしつこいーっ」
そう言って、特に訝しむような素振りもなく、あっさりと席を立ち去ってしまった。
まぁ、そもそも京子は一人で学祭に来るつもりだったわけだしな。後から参加を表明したのはむしろ俺の方であって、一緒に回ろうと約束してたわけでもない。あっさり同意した俺の態度も不自然ではなかったのだろう。
だが、それ以上に。そこまで頭を回す余裕が、京子にはなかったんじゃないだろうか。
それほどまでに、京子は重大な何かを俺に隠しているのかもしれない……この半年間、そわそわとした態度を時折見せてきた京子だが、ここ最近はさらに輪をかけてきている気がする。
一体、京子の身に何が起こっているんだ……?
「あはっ♪ そんじゃ、行きますか、二人とも♪ 作戦開始です♪ 早くしないと京子さん見失っちゃいますよ?」
保科さんに急かされて、俺も慌てて席を立つ。やはり楽しんでいる感じなのがムカつくが、言ってること自体は正しい。呆けてる場合じゃない。
京子を間近で見た感想を純君に聞かなきゃいけないが、それは行動しながらだ。
「純君、急ごう」
「へ……? あ、ええ、はい」
どうやら俺以上に呆然としていたらしい細身の男子高校生。その白い手を取り、問答無用で引いて歩く。
この反応……京子を前にして、相当驚いたってことだ。っつーことは、まさか、やっぱり、もしかして。
「うぷぷ、純に結果聞かなくていいんですか、丈太さん?」
十数メートル先の京子の背中を追いながら、保科さんが愉快げに尋ねてくる。
「い、いや、まぁ、な? やっぱ今は尾行作戦のが大事だし? そんな結果なんて聞くの後回しでも、うん、別に数か月後とかでも困ることはないわけだし? よくよく考えてみたらたった数分対面しただけで判断下すのとか無意味に近いと、」
「ねーねー純ー? どーだった京子さん? やっぱセレスティ、うぷぷっ! 例のあの人だったっしょ、明らかに♪」
ぐぅ! 相変わらず容赦ねーな、このギャル。いや、でもむしろありがたいかもな、こういう存在も。
ここまで来てビビってたって、しょうがねぇ。
「ど、どう思った、純君」
俺の問いかけに、少年はビクッと体を震わせる。そういや手ぇ握ったままだった。
阿久津純――保科さんの幼なじみであり、今回の協力者である男子高校生は――何か可愛かった。
しっかり頭下げて挨拶できたりとか礼儀正しいし、初対面の俺たち相手に緊張してる感じも初々しくて微笑ましい。
背は低め。細い体と色白の肌から頼りなさそうな印象を受けてはしまったが、保科さんから聞かされたその推理力からもわかる通り、そもそも肉体ではなく頭脳で問題を解決していくタイプなのだろう。
実際見た目も知的そうな感じだ。サラサラの長い前髪で片目が隠れているのもミステリアスな雰囲気があって似合っている。
何か小説の謎解き高校生めいていて、羨ましくもある。保科さんっていうヒロインもいるしな! ギャル系幼なじみって辺りがさらにそれっぽい。
VTuberなどの趣味も嗜みつつ、きっと現実でも良い青春を送っているのだろう。
そういう経験がこうやって外見や性格にもにじみ出てくるのだ。ほんっと、アニメ絵の配信者にガチ恋してストーカーなんてやってる闇猫の野郎に見習ってほしいわ。ぶっ殺すぞマジで。
そんな高校生探偵は、肉体派バディの俺の顔を見上げ、
「……いや……確かに……声はかなり……」
目が合う。動揺で揺れる知的な瞳。俺と彼、二人が同時に息を呑む。保科さんは「うぷぷっ!」と楽しそうに口を押さえていた。帰れ。
「ってことは、じゃあ……」
緊張の瞬間。探偵は、固く閉ざされていた小さな口を開き、ついにその結論を――
「いや、でもですね……そもそもの話ですよ? そもそもの話、ティアラは地声で配信しているわけじゃないのは明らかなわけでですね……」
めちゃくちゃ曖昧な感じで濁してきた。序盤はむにゃむにゃと喋っていたのに後半に進むに連れてめちゃくちゃ早口になっていた。ええー……。
「つ、つまり……?」
「だ、だって、冷静に考えてそんなわけないわけですし? そうだ、ティアラであるならこんなひょいひょいと見知らぬ男と会ったりなんかするわけないわけじゃないですか、そうでしょう? うん、そうです。違いますね違います、ええ。ティアラがあんなクソ美人なわけがないです!」
純君は、さっき構内で「ワクチンにはマイクロチップがどうたら」と演説し始めて実行委員に連行されていた男と、同じ目をしていた。目は同じなのに、口はヒクヒク引き攣りながら笑っていた。
うーん、これは……
「……………………そうか! 君の言う通りだな、純君! さすがの名推理だ! 感心しちまったぜ!」
「はい! さすが丈太さん! 僕の言葉をちゃんと理解できる聡明な方がパートナーで、僕は幸せです! 一緒にティア――いえ、彼女を守り抜きましょう!」
うん、そうだ、間違いないんだ。京子はセレスティア・ティアラなんかじゃないし、ワクチンにはマイクロチップが仕込まれている。人類全体が黒幕に管理されていて、人口削減を目論むそいつらこそが、俺と京子のラブラブっぷりに脅威を覚え、仲を引き裂くために、彼女がセレスティア・ティアラなのかもしれないなんて偽情報を電磁波によって俺の脳内に流し込んだわけだ。
「うぷぷぷっ、自分に都合の良いことしか信じようとしない謎解き凸凹バディ……うぷぷぷ! どう客観的に見たって京子さんが例のあの人だって決まってるのに♪」
「お前が黒幕か! このフリーメイソンめ! ディープステートめ!」
「さすがにちょっと冷静になりましょうか」
久々のビンタはやはり痛かった。でも頭が冴えた。これだよ、これ。これが一番効くんだよ。純君もドン引きしてないで試したらどうだ? 大丈夫、大学生ならみんなやってるからさ。酒やタバコなんかより全然害とかもないし。
「あ、京子さん、あの古めの棟の中入ってきましたよ。急ぎましょう、マジで見失います」
「よし、追いかけるぞ。純君、とりあえずこちらの件についての検証は後回しにしよう。今大事なのはこのプランAだ」
『京子=ティアラ』説の真偽を判定するプランBはあくまでもついでみたいなもの。俺らが今日成し遂げるべきは、ストーカーである闇猫を捕まえるというプランAなのだ。
純君もドン引きしたおかげか正気を取り戻したらしく、元の利発そうな表情で、
「そうですね。確かに彼女を見失ってしまえば……うん? あれ?」
何やら合点がいかないように、首を傾げるのだった。
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