第23話 阿久津純、致命的なミス(後編)
○○大って、都内のそこそこ有名な……そこに僕が探し求めてる『まっかろん』がいるだって?
何を根拠にそんなことを――
『あはっ♪ 脳を破壊しちゃう情報だったかな? ごめんね、これ以上大ちゅきな純を傷つけたくないから聞かなかったことにして。じゃーね、また明日学校で』
「ちょちょちょちょちょっと待って、待ってください!」
『待ってあげます♪』
「本当なんだな!? まっかろんの潜伏先を特定したって……一体どうやって!?」
『どうやっても何も簡単な話だけどー? わたしあのアカウントが消される前にフォロワー全部フォローしといたから。中には個人情報ガバガバのアカウントもいくつかあったから、とりあえず片っ端から連絡とっていろいろ探ってみた♪』
「ま、マジか……わざわざそんなことを……」
いや、僕で遊ぶために必要であれば、情報集めの労力くらい厭わない――そんな奴なのは知ってたけど、僕が驚愕したのは、その情報への感度の高さにだ。
最初にあの『まっかろん』のツイートをどこかのオタクが発見し、彼女が美夜のリアル知人っぽいと匿名掲示板に投稿してから、まっかろんのアカウントが消されるまでには1時間もなかったはずだ。つまり僕も含め、ほとんどの人間は例のツイートをスクショでしか見たことがない。
実際に稼働中のまっかろんのアカウントに突撃できたのなんて、闇ノ宮美夜のファンスレかアンチスレに常時張り付いているような人間か、たまたまタイミングがあっただけの人間しかいない。
そして、華乃は間違いなく前者だ。
こいつは僕で遊ぶための新鮮なネタを常に仕入れるために、僕の好きなもののアンチスレをチェックし続けているのであろう。ガチで頭おかしい。ガチで頭おかしいが、いざそう知ってしまえば、何て華乃らしいんだとも思えてしまう。こいつならやりかねない。ていうか絶対やってる。
『で、まっかろんと同じ大学ーって人に当たれて、大学名も聞き出しちゃったってわけ♪ そっから、まっかろんの正体やセレスティア・ティアラの中の人の正体まで探っちゃうつもりだったんだけど、さすがに警戒されてブロックされちった♪』
まぁ、それはそうなるだろう。
友人のまっかろんが突然アカウントを削除した時点で、何かがあったことは察せられるわけで。そんな中でまっかろんについて尋ねてくるような奴がいれば怪しんで当然だ。まっかろんから直接、注意喚起されている可能性もあるし。
大学まで特定出来ただけでも、さすが華乃といったところだろう。
ただ、華乃は勘違いしているのかもしれないが、ティアラの大学がまっかろんと同じだという保証は何もない。判明しているのは知人ということだけだ。ぼっちでコミュ障なティアラにとっては、高校よりも大学の方が友人作りには苦労するだろうしな。
『ちなみにセレスティア・ティアラの中の人に関しては、まっかろんのフォロワーの中にもいなそうな感じだったね。ざんねん♪』
「残念じゃないわ。当たり前だろ。VTuber活動しながら、別にプライベートのアカウントも運用するなんて危機管理能力低すぎだし。美夜がそんな馬鹿なことするわけない。だいたい美夜は基本ぼっちなのであってリア充的なSNSの使い方なんて……」
そこまで口に出して気付くが、華乃の奴、美夜がティアラに転生したこと当たり前のように知ってるんだな……って、それこそ当たり前か。アンチスレに張り付いてるようなゴミ人間なんだから。
あのスレの住人の性交渉経験人数全部足しても、こいつの性交渉経験人数に絶対及ばないだろうな。ほぼ全員童貞なのに平均人数で見たら全員ヤリチンみたいになっちゃいそう。ネットで有名なあの校長のアレと同じ現象だ。
それにそういや、ティアラのデビュー以来、この部屋に来なくなったもんな、こいつ。僕が立ち直ってしまった=絶望顔が見られないと知っていたから、ということなわけか。
『いちおー怪しまれないよーに炎上騒動からあえて3か月も置いて接触したりしたんだけどなー』
「いや、これだけでもマジで貴重な情報だよ。今回ばかりは疑って悪かった。ありがとう、華乃」
っていうか、あれか。今回はガチ朗報だったから電話で伝えてきたのか。直接会いに来たところで僕の絶望顔が拝めないもんな。
『うぷぷ! へー、これだけで満足なんだ、童貞くんはー♪ 相変わらず早漏だなー』
「は? え、まだ何か追加情報があるってこと!?」
『んー? だってさ、じゃあ逆に聞くけど、その大学名だけ知ったところで、純に何ができると思ってんのー?』
「そりゃ……確かに、そうだけど……」
出来ない、何も。
いや、それでも絶対『まっかろん』にたどり着いてやるつもりではあるけど、現状ではまだまだ情報が足らな過ぎる。
そもそも探るにしたって、どうやって? 大学に潜入して聞き込みとかして回る?
え? 僕が一人で? ティアラの友人ってことは、まっかろんは女だぞ? 女子大生に聞き込みとかしろっていうの? 僕に? 僕は女子に話しかけられ慣れてはいるけど、女子に話しかけるのはちょっと苦手なんだぞ?
ほら、僕って物事を斜めに見る癖があるせいか目つきが悪くなりがちで、クラスでもちょっと怖い奴だと誤解されてる節あるし、「あいついつも静かで落ち着いてるけどキレさせたらヤバいらしいぞ」って噂されてる気がするし、そんな僕が突然女子に話しかけたら怖がらせたりとかしちゃって悪いかなーって遠慮があるんだよね。
ていうかそもそも大学って無関係な人間が勝手に入ったりしていいんだっけ。○○大って結構大きいよね? どれくらい? アニメとかからのイメージだけど、都内の私立大とかって人数的にも広さ的にも高校とは比較にならない規模だったりするよね?
え? 無理じゃん。大学というものに関する知識すらこれほど曖昧な僕が、ほぼほぼ手がかりもない状態で潜入捜査みたいなことしろって? 一人で?
詰んでるじゃん、最初からこれ。
『あはっ♪ めっちゃ落ち込んでる♪ やっぱ直接伝えにいけばよかった……♪ でも、どうせこうなると思って、ちゃんと協力者さんを見繕っておきましたよー♪』
「きょ、協力者……?」
『そ。○○大の現役生。元からわたしの知り合いにもいたからさ。紹介したげる』
「…………男? 女?」
『男』
「なるほど。知り合いっていうかセフレだろ、どうせそれ。死ね」
『でも純と話合うと思うよ』
セフレってことは否定しないのかよ死ね。
「セフレ持ちと合う話なんて僕は持ち合わせていない。男は一途であるべき」
『や、その人に純の話とかよくしててさー、うぷぷ、VTuberとかゆーのにハマってるオタクの幼なじみがいるって。そしたらそれで興味持ったみたいで、その人も闇ノ宮美夜にハマっちゃったんだよねー』
「ふぅーん?」
セフレ持ちの癖に、あながち悪い奴でもなさそうだな……?
『引退知ったときもめっちゃショック受けてたしねー。転生のことは全く知りもしなかったみたいで、わたしが教えたげたんだけどさ』
「はっ、その程度のライト層か。まぁ厄介オタクよりはよっぽどマシだけどね」
『純は一瞬で見つけちゃったもんねー。でさ、そーゆー話もしたら、純のセレスティア・ティアラに対する熱意と、その頭脳にめちゃくちゃ感心しちゃったっぽくてさー』
「ふ、ふぅーん」
僕が普段は隠している能力の高さに気付いてしまうなんて、結構分かってる奴だな……。
『闇ノ宮美夜を引退に追い込んだツイート主が○○大にいるかもしんないって教えたら、火ぃ着いちゃったみたいでさ、「絶対許せない、闇ノ宮さんに彼氏なんているわけないのにあんなデマを流した奴なんて……!」とか言っててー』
「…………!」
美夜のことを、ちゃんと信じてる、だって……!?
セフレ持ちだろうが人殺しだろうがテロリストだろうが、美夜のことを信じている人間なら、僕は信用出来る……!
馴れ馴れしく美夜と呼ばずに、単なるファンでしかないという立場を自覚して闇ノ宮さんと呼んでいるところにも好感が持てる!
『でも自分だけで犯人見つけ出すような能力なんてないから、聡明な誰かに協力してほしいなーって言っててー。それなら純を紹介できるのになーって思ってたところだったんだよねー。でも、さすがに迷惑だったかな?』
「い、いや……迷惑っていうか……」
もちろんありがたい申し出だし、まさに渡りに船って感じだけど……やっぱセフレ持ちはなぁ……。
セフレ持ちだからって全員が犯罪者だとは思ってないし、中にはこうやって信用できる人もいるんだろうけど……年上の男とかなぁ……絶対僕を下に見てくるしなぁ……年下に舐められたくない一心で必死に虚勢張ってくる感じとかマジ面倒くさいしそんな人間と一緒に行動とかして精神すり減らすとかマジで人生において無駄な時間トップ3に入るし……
『…………言っとくけど、セフレとかじゃないから』
「え」
『ただのバイト先の先輩。普通に彼女いるし、超一途で真面目な人だし、セフレとか絶対いるタイプじゃないから』
なぜか妙にムッとした感じのトーンになる華乃の声。
これは、非常に珍しい。怒りだとか悲しみだとか、僕に対してそういう隙を見せるようなことを、こいつは滅多にしない。
ん? っていうか……
「いつからバイトなんてしてたんだよ。それ、水商売系じゃないだろうな?」
別にしたければ勝手にしてていいけど。
『……最っ低ー。こっちはあんたと同じ大学行くために学費――』
「は?」
『…………うっさいし…………』
「そうか、うっさいか」
……………………こいつ、また何かやってんな。
そうか、だから電話だったのか。この一旦シリアスな雰囲気出す系の罠は、前フリの段階で笑い堪えるのキツくて仕方ないんだろうな、こいつ。何だ学費って。君のお母さん年収二千万超えてるような人だろ。
よし、逃げよう。さっさと切ろう。こいつに対する一番の対処法はこれ。逃げる。ソーラービームぶち込まれるって分かってるんだから、溜めのターンの段階でさっさと逃げ出すに限る。
「おっけおっけ、分かった。そういうことなら是非、その人を紹介してください」
実際、セフレ持ちでないというなら是非協力してもらいたいし。ここで電話を切れば、今回は撒き餌だけ奪って逃げた僕の大勝利ということになる。久々に華乃の鼻を明かせたことで気分もスッキリする。
『は? 都合良すぎだし。紹介したげるつもりではあったけど、そんな軽々しい話じゃないんだからね。わたしだって、別に丈太さんとはあんたの話で盛り上がっただけで、特別親しいわけじゃないんだから』
「ああ、ごめん。それは、うん、ごめん。500円あげるから頑張ってくださいとしか言えないです。ってか外で僕の話とかするんだな、君」
『…………っ』
それは、何気なく出た言葉だったのだが、何故か華乃の声を詰まらせたようで。
「じゃあ700円。いや、分かった。800円でどうですか」
『死ね』
「ええー……」
僕が電話を切って逃げる算段だったはずが、華乃の方からたった二文字を残して、通話を切られてしまった。いや、切られていいんだけど。何が目的なんだよ、怖ぇーよ。
「人に死ねとか言うなよな……」
さんざん手の込んだ嫌がらせはされてきたけど、こんなストレートな悪口を浴びせられたのは初めてだったかもしれない。
スマホを持ったまま呆然としていると、華乃からメッセージが入る。またもやたった二文字――『千円』――だそうだ。どうやら無事紹介してもらえるらしい。めでたしめでたし。
……でも、あいつがどんな顔で僕に「死ね」なんて言うのか……それだけは、正直気になってしまうのであった。
「こーんな顔でしたーっ! あはーっ♪」
「うわぁああああああああああっ!? いつからいたんだお前!?」
「今♪」
叫びながら椅子から転げ落ち、尻餅をついてしまった。
華乃からのメッセージを見て溜め息をつき、ぐーっと伸びをして体を反らせたところ、すぐ後ろに邪悪な笑みを浮かべた女が立っていたのだ。もちろん華乃である。
「うぷぷぷぷっ――うぷぷ! あれー? どったの、純? ついさっきまで『はぁ……ほんっと訳わかんねー女だよなー、あいつ。突然僕にツンケンしてきてさー。僕何か、あいつの機嫌損ねるようなこと言ったか?』って鈍感主人公ムーブしてたのにー♪」
「ぐ……っ、ぐ……っ」
やられた……分かってたのに、油断したところに、はかいこうせんブチ込んでくる奴だって分かっていたのに、ついつい「素直になれない幼なじみ」なのかと思い込まされてしまった。
そんな前フリを見事に成功させてから、こうやって僕の前に現れた、ということは……!
「ま、待ってくれ、華乃……あ、分かってる、千円ならすぐに渡すから……」
「もう、いらない♪ うぷぷっ、ごめんね、伝え忘れてたことあったからわざわざ直接伝えに来たんだー♪ 実はね、その協力者の丈太さんなんだけどー」
「や、やめてくれ……!」
最悪だ。このパターンは最悪だ!
最近だけでもこの感じで華乃から投げられた爆弾って「美夜に彼氏がいた」とか「美夜が引退した」とか、まさに絶望的な情報ばかりだったんだぞ!? っていうことは、今回は……何だ!? これ以上の最悪って何なんだよ、一体!?
まさか、ティアラにまた何か大変なことが……
「セレスティア・ティアラちゃんの中身っぽい人、大学内で見つけ出しちゃったんだってさー! あはっ♪ よかったねー、純♪ ついに最愛の人と実際に会えちゃうじゃん! うぷぷぷ、あはーっ♪」
「………………え………………?」
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