第二章 被害者A(本名 阿久津純)
第15話 主人公
僕にとって、
『これは分かるみゃ。え? これ実話みゃ? 普通に嫉妬するのだがみゃ。前にも言ったけれど、みゃーも射精管理ものには目がなくて……あ、小説の話はするなみゃ!』
「ふっ、相変わらずやべぇ女……」
モニターの中で、和装姿の猫耳少女が、視聴者からのお便りをノリノリで捌いていく。
今日のテーマは、『珍・性体験』だ。自分では性体験なんて全くないくせに、耳年増っぷりを遺憾なく発揮する美夜が面白くてしょうがない。こんな幼なじみがいたら最高だなと思わされてしまう。
生まれてから17年間ずっと、くだらない人生を送ってきた。
ほとんど家にも帰ってこない親、居場所なんてない高校。近所の幼なじみには昔からおもちゃ扱いされ続け、生きている意味なんて何一つ見出せなかった。
今日から始まった夏休みだって、海にも夏祭りにも誘われることはなく、やることなんてバイトだけ。本来ならそんな空虚な40日間を過ごすはずだった。
でも、今年の夏は違う。17歳の夏は、僕の人生で初めて、共に過ごしたい人がいる季節になる。
ひとりぼっちだった僕に、初めて癒しをくれた人――闇ノ宮美夜。
美夜と出会ってからは、彼女の存在こそが僕の生きる希望であり続けた。
初めて美夜の配信を見た日、初めて僕のコメントを拾ってくれた瞬間、僕のことを認知してくれていると知った時――あの心臓の高鳴りを僕は一生忘れないであろう。
今日も僕はチャット欄へのコメントで美夜とコミュニケーションをとる。
「えーと、『ブクマ0件のまま規約違反でBAN』……っと」
颯爽とエンターキーを叩くと、僕が打ち込んだ美夜イジリが、画面上のチャット欄を流れていく。
『でも、「地球温暖化の原因が俺の射精だった~セカイが俺を射精管理してくる~」は結構自信作だったんだけどみゃー』
「……スルーか。ちょっとタイミング悪かったよね。ごめん、美夜」
美夜の視聴者は大勢いる。僕のコメント全てを拾えるほどに美夜は器用な女の子じゃない。僕はそれを理解しているから、彼女のトークを邪魔するような真似は決してしない。
だというのに、僕とは違って、そんなことも分からないような勘違い野郎が、チャット欄には溢れている。
:聞き間違い・・・だよな・・・?
:ここに来てまさかのタイトル発表w
:想像してたものの遥か斜め上を行ってて草
:誰にも読まれてない駄文をBANする必要性とは
:【朗報】なろう運営さん、有能だった
「くそが。雑なイジリしやがって。せっかく僕のパスによって、美夜が話を広げてくれたっていうのに。前々から恥ずかしがって教えてくれなかった小説タイトルを話の流れでサラッと暴露してしまうという美夜のユーモアを理解出来てない奴が多すぎる。センスないんだよな、こいつら」
どうせおっさんか小中学生のガキなんだろうけど。僕と同年代であろう美夜とは感覚が合ってないんだよな。そこら辺、自分で気付いてほしいものだけど。
『なろうじゃないみゃ、カクヨムだみゃ』
お情けで拾ってもらってるし。
美夜も美夜で、視聴者をみんな平等に扱おうとする意識が強いからなー。その気持ち自体は褒めてやりたいけど、あまり美夜のためにはならないと思うんだよね、そういう姿勢って。
美夜にはもっと自由に伸び伸びと自分の好きなことだけやらせてあげたいよ。
『設定だけなら「デスゲームに巻き込まれたけどドS義妹に射精管理されてるせいでそれどころじゃない」も気に入ってたんだけれど、デスゲーム部分が上手く書けなかったのが残念だったみゃ』
:デスゲーム+射精管理はもうR-33なんよ
:江戸時代からそんな妄想し続けてんのかこの猫
:綱吉が唯一見放した猫
:年中発情してそうなのに一生交尾できなそう
:100万回生きても処女
「くそ、キモい流れだな……今は美夜の小説内容についてもっと踏み込むところだろ。あまり美夜を困らすなよ」
仕方ない、ここは僕が助け舟を出してやるか。
僕はチャット画面の¥マークをクリックし、10000という数字を入力、そして美夜へのメッセージを送り出した。
:「メン限」で公開してみたら。飼い主候補さん達なら美夜の「面白さ」理解出来るでしょ
これでよし、と。
飼い主候補とは、言うまでもなく、闇ノ宮美夜のファンたちを総称するファンネームってやつである。ファンの中でも「分かってない」奴は多いから、僕はあまり一緒くたにされたくないのだけど、不特定多数の目に入るようなコメントを書き込む際には僕も便宜上使ったりする言葉だ。
『みゃっ!? 闇猫さん、また赤スパみゃ! ありがとう! ありがとにゃ! あ、間違えて「にゃ」って言ってしまった……メン限公開かみゃー……さすが良いアイディアみゃ! ミャネージャーさんに相談してみるみゃ!』
:言い直してまで間違えるなw
:出たわね闇猫
:ミャネージャー呼びとかいう新たなキャラ作りも出たわね
:昨日まで普通にマネージャーって言ってただろw
:そんなこと相談されるマネージャーの身になれ
:パワハラやぞ
:セクハラでもある
:一万払って素人エロ小説おねだりは草なんだ
:さすがにいらん。普通にメン現配信増やしてどうぞ
:厄介飼い主候補さん相手には慎重な気遣いできるのすこ
「ふぅ……」
いつも通りチャット欄で何やら騒いでいる連中もいるが、もちろんそんなのに言い返して美夜の配信を荒らしたりしない。スパチャも出来ない貧乏人の遠吠えだ。
僕はこいつらとは違う。
今日もこうやって、配信を美夜と一緒に盛り上げた。彼女に楽しませてもらった分だけ、僕も彼女を支えている。
いつか僕が、美夜のたった一人の飼い主に――なんて話があり得ないことくらい、分かっている。そんなことを本気で狙うようなストーカーは僕が許さない。
闇ノ宮美夜は、みんなのアイドルだ。
でもその「みんな」の中では一番の理解者になってあげたい。アイドルゆえの孤独さを僕が和らげてあげたい。僕のコメントでクスッと笑わせたり、心をホッとさせたりして、寂しい夜を少しでも心地よいものにしてあげられたら……そう思うのだ。
そうして、もしかしたら、いつかは……と、絶対あり得ないことなのに、それでもほのかに期待させ続けてほしい。
そんな小悪魔処女なアイドル、闇ノ宮美夜のことを、僕は世界一愛している。
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