第16話 あんたの大好きなVTuberさん、彼氏いるってさ笑
22時。バイトを終えた僕は、店を出た瞬間に大きく舌を打つ。
「くそぉ、あのクソ客……セルフレジも使えない老害がコンビニバイトの高校生に文句つけるなよ」
店長も店長で、僕の接客の方にケチつけてくるし。どう考えても客の方が悪いのに。
家から近いなんて理由でこのバイト先を選んだけど、ミスったかもな……何かバイト連中みんな僕を見下してる感じがして不快だし。
この前、わざわざ下校中に途中下車して寄ったコンビニなんかは、とても良い雰囲気だった。
男子大学生っぽいイケメン店員の彼女が客として来たタイミングだったらしく、外国人のバイトリーダーっぽい人や店長っぽい人が笑いながらそのカップルをイジっていて、いかにも陽キャ空間って感じだった。その彼女も芸能人かと思うくらい美人だったし、囃し立てられて満更でもない様子だったしで、入る店を間違えたと後悔した。
VTuberコラボのお菓子を買うために、わざわざ家や学校近くの店は避けて遠くまで行ったっていうのに。
僕はギスギスした雰囲気の職場でも、アットホームな雰囲気の職場でも、上手くは溶け込めないんだろうと改めて思い知らされた。
まぁ、それでも勇気出して売り上げには貢献できたから良いけどね。
デビューして日が浅い美夜関連の商品はまだ出ていなかったけど、所属事務所とのコラボ商品が成功すれば、近いうちに美夜の可愛い姿が全国のコンビニに並ぶ日もくるはずだし。ちなみに中身のチョコやグミはほとんど全部クソビッチ幼なじみに食われた。
「うぷぷ、老害って……そんなことリアルで口に出しちゃうから友だちの一人もできないんだよ、
「ふぃっ……!?」
突如として頬に当てられた冷たい感触。反射的に飛び跳ねながら振り返る。
まぁ案の定というか何というか、僕にこんなことしてくる奴は一人しかいないわけで。まさに予想通りの金髪ギャルがアイスの袋を持ってニヤニヤとしていた。
「
「うん♪ 会いに来ちゃった……♪」
小悪魔めいたその微笑に、嫌な予感がしてたまらない。
昔から何を考えているのかまるで分らない奴だ。小さい頃なんかは、様々な手で僕をいたぶり続ける様子に、「好きなんじゃねーの?」と囃し立てられたこともあったけど、そういうレベルではないのだ。
もしかして僕のこと好きなのか? と勘違いさせることすら、こいつの手口の一つ。ちょっとでも好きになりかけたら終わりだ。目的は謎だし考えても無駄だけど、ていうか単に性格が悪いだけだろうけど、とにかくこいつはあらゆる手段で僕をおもちゃにすることに人生をかけているような奴なのだから。
「会いに来たとか言って、どうせ男と遊びにでも行った帰りだろ? やめてくれよ、ビッチ臭がつく」
デニムのショートパンツから大胆に出した脚が目に入ってくるのが嫌だ。ていうか見てると思われるのが嫌だ。
夏休み初っ端から知らん大学生とかに抱かれまくってきた幼なじみギャルの匂いをまとって、美夜の動画なんて見たくない。何か穢れる気がする。
そうだ、今日もさっさと帰って美夜に癒してもらうんだ。今日は配信日じゃないけど、美夜の動画は何度見返しても良いからな。
「違うし。今日はホントに純に伝えたいことがあったんだし」
「はぁ?」
華乃がパピコを二つに割って、片方を差し出してくる。その頬に微かな朱が差しているように見えたのは、気のせいだろうか。
「ね、家までちょっと歩こーよ」
そうして、華乃は後ろ手を組んで歩き出す。
「……………………」
…………………………やってんな、こいつ。
絶対何か仕掛けてくる気だ。
こういう真面目な感じとかしっとりした雰囲気を出そうとしている時、それは何かの前触れだ。前フリだ。過去の経験から、僕はさんざん学んでいる。
「なんか、夏の匂いって感じだよねー」
「…………」
僕は、華乃の一歩斜め後ろを歩く。
前に出たり真横に立ったりすれば、突然何かを仕掛けられた時に反応し切れないかもしれない。華乃の表情を窺えないデメリットはあるけど――いや、それはデメリットにもならない。表情なんて見たところで、僕に華乃の企みなんて見破れるわけがないのだから。
「ねぇ、こーしてると思い出さない? ちっちゃいころにさー、わたしが純を無理やり夏祭りに連れ出したりしたじゃん?」
「…………」
僕は知っている。何も知らないことを。華乃の攻撃を、僕が下手に予想したりなんかしても、意味がないのだ。華麗に避けようとしたり、反撃を試みようとしたところで、さらに裏をかかれるだけだと、もう思い知っている。
だから僕が取れる対策はただ一つ。
すなわち――、
「あんときも、今みたいに星がキレイだったよねー」
「…………」
無視。無視だ。これしかない。何の防衛策にもならないけど、少なくともマイナスにはならない。無駄に弱点を晒したりせずに済む。
「あれ? 違うっけ? こーゆーときにキレイなのは月だっけ?」
「っ…………」
あっぶねー、思わず死ねって言うとこだった。そして僕は君と夏祭りに行ったことなんてない。たぶん別の男だろ、それ。死ね。
「純ってさー、好きな人とかいないわけ?」
「美夜。闇ノ宮美夜。あ」
しまった、つい反射的に……! 死ねは我慢できたけど、これは無理だった。くそぉ。
まぁ、いい。僕が美夜にハマっていることくらい、こいつにはとっくにバレているわけだし。
でも、これ以上の綻びは見せないぞ。無事家に着くまで、もう何も喋らないからな。
「はぁ……純さぁ、まだそんなこと言ってんのー? いい加減さー、絵にガチ恋すんのなんてやめなってー。何の意味もないじゃん。どうせバイト代とかも絵につぎ込んでんでしょー? もったいないよ、お金も時間も、純の気持ちもさ。……もっとちゃんと、さ。現実で手の届く範囲で探せばいいのに」
「そうやってVを絵だとか人形だとか言って貶めるのってめちゃくちゃズレてるけどね、本質から。Vだろうがアイドルだろうが画面越しに見てたら全く同じだし、ライブに行ったって結局どっちもマイクを通して声を届けてるわけ。握手できるのが良いって人なら、まぁ生身の存在にこだわればいいけどさ。流れ作業みたいなベルトコンベア握手に満足できるような人に言いたいことなんてないけどさ。結局はアイドルだろうがクラスメイトだろうが友人だろうが本当の意味でその人の中身に触れることなんて叶わないわけだよね。そんなことしようもんならセクハラになってしまうんだよ。別に肉体的な接触のことだけを言ってるんじゃないよ? 僕が言ってる中身っていうのは何よりも第一に精神的な部分を指しているわけであって、そういう意味でVという活動形態は人と人との繋がりを煮詰めていった先にある――あっ」
やられた……! いつの間にかめちゃくちゃ早口で喋らされてた……! こいつ、やっぱ油断ならねぇ……誘導尋問なんて使ってきやがって……!
しかし、見事に僕を罠に嵌めたはずの華乃は、いつもみたいな不敵な笑みを浮かべることもなく、ゆっくりと僕を振り返って、
「ねぇ、純」
一歩、僕に向けて足を踏み出し、
「わかるじゃん、ちっちゃいころから一緒なんだから。ホントに伝えたいこととかさ、わたし、なかなか言えないじゃん。……全部、あんたのせいなんだよ……?」
それは、いつもの「前フリ」とは一線を画した、見たこともない、華乃の表情で。
「…………っ」
思わず、喉が鳴る。
超至近距離から香る、桃のような、バニラのような甘い甘い芳香。
上目遣いで真っすぐと見つめてくる大きな両目は、決壊寸前かのように潤んでいて。
僕のTシャツの袖をつかむ両手は、小刻みに震えていて。
「ねぇ、純。わたし、今日だけはちゃんと勇気出すから……あんたも今日だけは、ううん、せめて今だけは、わたしのことだけ、見て……?」
その真っ赤な小顔に、僕の両目は、吸い込まれざるを得なくて。
「じゃあ……言うね? 恥ずかしいんだからね? 絶対ぜったい、聞き逃したりしちゃ、ダメなんだかんね……?」
そして、その目を細め、その潤んだ唇を、僕の耳元にまで近づけて。
そして。そして――
「うぷぷ! あんたのご自慢のVTuberさん、イケメン彼氏とイチャイチャえろいことしまくってるらしいよ♪ あはっ♪ ざーんねーん♪ あはっ、あはっ、あはっ、あはぁっ♪ あはっ……♪ あはーーーーっ♪」
蕩けるような声で、世紀末の悪魔がこの世の終わりを高らかに歌い上げるかのように――囁くのだった。
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