第11話 俺の彼女のコロナ感染時期が人気VTuberと被ってる件

「い、いや待て! 待て待て待て待て!」

「待ちます♪」

「…………。…………いやいやいや! だって違うだろ、それは! その決めつけは! そんなたった一つの偶然で受け入れられるわけないだろ! 自分の恋人がセレスティア・ティアラだったなんて!」

「もちろんこれで終わりじゃないですよー。この検索結果を得て、『京子さん=セレスティア・ティアラ』という仮説を立てたわたしは、セレスティア・ティアラのツイートや活動履歴を片っ端から洗い出してみたわけです。すると、京子さんとの繋がりをいくつも発見できました」

「なん……だと……」

「まずはこれですね。コロナです。セレスティア・ティアラの新型コロナ感染報告ツイート。この感染時期に、京子さんもコロナに感染したりとか、していないですか?」

「……………………してない。コロナはただの風邪。新型ウイルスなんて元から存在しないしパンデミックはディープステートが仕掛けた人類に対する洗脳」

「はい、ダウト。残念でしたー、面談のときにコロナ感染の話も聞いちゃってましたー。うぷぷ、うちのお母さん、コロナワクチンに全幅の信頼置いてるタイプなので、接種有無とか普通に聞いちゃうんですよね。その流れで感染したときの話も京子さん自ら話してくれましたよ。時期が思いっきりセレスティア・ティアラちゃんと一致しちゃってますよね!」

「くそがよぉ! そもそもセレスティア・ティアラが現実の流行り病にかかってんじゃねーよ! セレスティア・ティアラの世界観守れや! コロナも空気読め!」

「丈太さんがセレスティア・ティアラの世界観の何を知ってるんですか。そもそも今どき、キャラ設定の世界観守ってるVTuberなんていないですよ。まぁでも、あれじゃないですか。感染報告して、キモオタ共にチヤホヤされたかったんじゃないですか。京子さんらしいですね、うぷぷ」

「お前が京子の何を知ってるんだよ!?」

「知ってますよ、結構。だってこの調査のために丈太さんからたくさん情報もらってますから。例えば、子役経験があることとか」


 確かに調査開始前に教えた情報の中にそれも入れてはおいたが。だから何だってんだよ! これ以上デタラメぶっこいたら温厚な俺もさすがにキレるかんな、あぁコラ!?


「実はセレスティア・ティアラがバズった最初のきっかけって、大手VTuber事務所所属の人気VTuberが『やべぇ女見つけた』って、セレスティア・ティアラを紹介したことらしいんですよ」

「セレスティア・ティアラがやべぇ奴なのには同意だが、何故やべぇ女という侮辱でバズってしまうのか」

「それはこの界隈独特の文化ゆえです。やべぇ女が一番の褒め言葉だという内輪ノリがあるんです」


 そんなやべぇ文化があってたまるか。


「とはいえセレスティア・ティアラのようなティアシコちんぽ媚び媚びVなんて世には溢れていますからね。そんな中なぜその人気Vが、あえてセレスティア・ティアラの名前を挙げたりしたのか? それはもう中の人同士に個人的な繋がりがあるからじゃないかと、わたしは考えたわけです」

「ティアシコちんぽ媚び媚びVが溢れてる世なんてもう滅びていいよ。頑張れコロナ」

「この調査は簡単でした。その人気Vの中の人は、VTuberファンの間で既に完全に割れていたので。もちろん本人も事務所も公式に肯定してるわけじゃないですけど、もはや最初から隠してもいないって感じだったみたいですね。どうやら、元売れない声優からの、中堅生配信者、そっから事務所にスカウトされて今のVになり、人気爆発という流れらしいんですが。何と声優の前は子役をやってるんですよね。というか子役としてアニメの役もらったのが、活動を声優に移行したきっかけだったんでしょうけど」

「子役って、じゃあ、まさか」

「はい。まぁ、子役としても全然有名だったわけじゃないんですけど、所属してた事務所は簡単に調べられましたね。見てください、これって京子さんが入ってたのと同じとこでしょ? 年齢も近いし、所属時期も被ってます。事務所内で子役同士の繋がりがあるものなのかはわかりませんが、偶然にしてはあまりにも出来すぎだと思いませんか」

「……………………」

「言葉が出ないですか」

「……………………ぐぅ」

「そうですか、まぁ、とりあえず大きなところではこんな感じなんですけど。もっと細かい根拠に関しては後でPDFにでもまとめて送ろっかなーって思ってたんですが、そーいえば極力証拠残したくないって話でしたもんね。いま全部、直接聞いときます?」

「いらん!! これ以上そんな妄言はいらん!!」

「ええー……」


 俺は叫んでいた。キレていた。女子高生相手だとか関係ない。愛する人間をここまで侮辱されたのだ。しっかり言い返してやんなきゃ気がすまねぇ!


「黙って聞いてりゃよぉ! さっきから、そんなの全部、状況証拠からの推測でしかねぇじゃねーか!」

「全然黙って聞いてはいませんでしたけどね」

「そんなフワっとしたもん、何千個並べられたって何の説得力もねぇんだよ!」

「そうですか? 確かに決定的な証拠はありませんけど、どれもそこそこの説得力は持ってるんじゃないですか?」

「だって! あの京子が! あんなセレスティア・ティアラなわけがねーだろ! 世界一気高く清楚で美しい、俺の自慢の彼女の白石京子! その存在そのものの説得力に比べたら、そんなもんは全部説得力ゼロみたいなもんなんだよ! そうだろ、なぁ!?」

「まぁ、確かにこれらが全て偶然である可能性をゼロだと証明することはできませんね。ただ、忘れたんですか、丈太さん。声だってそっくりなんですよ? いろいろ根拠は挙げてきましたけど、結局はそれが何よりの説得力を持ってますよね」

「ねーよ! 一番ない! 声なんてどうにでもなるもんだろ、たぶん! そう、そうだよ、むしろそうじゃねーかよ、なぁ!? 俺や周りの人間にVTuber活動を隠そうとすんなら、むしろ少しくらい普段と声音変えたりするもんなんじゃねーの!? それをやってないってのは却って不自然だ! 他のVTuberだって、素の声とは変化つけてる奴が多いんじゃねーか!? 京子ならそれができるはずだ! ああ見えて、意外と有名人だとか動物の声真似が上手いんだ、あいつは!」

「声真似ですね、それならセレスティア・ティアラも配信で披露していますよ。京子さんのレパートリーと被っていないかチェックしましょうか」

「しない! 偶然被ってたところで何の意味も成さねぇし! だって京子はセレスティア・ティアラじゃないから!」


「ジョータ、ホシナサン、そろそろ帰ってクダサイ」


 ついにバビさんに怒られた。くそぉ、これも全部、セレスティア・ティアラのせいだってのに。


「はぁ……じゃ、今日のところはここまでにしときますけどね」


 保科さんは再度大きなため息をつき、本当にダメな子を、半ば諦めつつも見限ることがどうしても出来ない小学校教師のような眼差しで、


「これだけちょっと考えてみてください。私の情報開示の順番が逆だったら、感じ方が違っていたんじゃないかって」

「は? 順番? 意味わからん」

「今回、丈太さんは先にセレスティア・ティアラのドスケベ配信を聞かされたことで『京子さん=セレスティア・ティアラ説』に拒絶感を持ってしまった。その状態でいくら状況証拠を提示されたって意味がなかった。端から受け入れる気なんてなかったわけですからね」

「それは……だって……」

「でももし、その順番が逆だったら? セレスティア・ティアラがどんなVTuberなのかを知らない状態で、さっき挙げたような、京子さんとの共通点・繋がりを説明されます。それらを丈太さんは、極めて信ぴょう性の高い考察だと受け止めていたんじゃないですか? 『京子さん=セレスティア・ティアラ説』を99パーセント信じて、あと一押し、何か決定的な証拠がほしいと思っているところだったはずです」

「…………っ!」

「もし、そこで。満を持して。京子さんの喘ぎ声とそっくりな、セレスティア・ティアラのティアシコ媚び媚びボイスを聞かされていたとしたら? 強いショックを覚えながらも、受け入れざるを得なかったのでは? 一度自分自身の脳で『極めて信ぴょう性が高い』と認めてしまった情報を、後から単なる偶然だと覆すことができますか?」

「あ……あ……っ、いや、それは……っ」

「……まぁ、それも含めてわたしの力不足です。丈太さんを楽しくいたぶることを優先しすぎたが故の凡ミスです。でも、わたしは丈太さんのこと、決して見捨てませんから。わたしだけは、裏切りませんから」

「お、おい! 何だよ、その言い回し。それじゃ、まるで京子が俺のことを――」

「はいはい。今日は送らなくていいですから。丈太さんも一人で黙って夜風でも浴びれば、少しは頭も冷えるでしょ。ではではー」


 思い出したかのように飄々とした雰囲気を取り戻して、保科さんはさっさとバックヤードを出ていってしまう。



 結局俺はその後ろ姿を追いかけ、駅まで彼女の隣を歩いた。会話は一つもなかったが、頭は少しも冷えなかった。

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