第10話 俺の彼女オリジナル顔文字をなぜか人気VTuberが使ってる件

「京子がVTuberなんてやってるわけねーだろ! お前の推理が間違ってんだよ、この無能捜査官!」


 うつ伏せのまま罵倒する俺の頬を、無能ギャルはローファーのつま先でゲシゲシと蹴りながら、


「えー? そんなこと言って丈太さん、ホントは聞き覚えあるんじゃないですかー、あのセレスティア・ティアラの喘ぎ声に♪」

「…………っ! な、何を言って……あんな甲高くて、それでいて甘さと切なさを絶妙に同居させた、男を魅了して止まない小悪魔天使ボイスを、あの京子が出すわけないじゃないか」

「ベタ褒めじゃないですか。ちなみにわたしは聞きましたよ、その京子さんの小悪魔天使ボイス。今日の授業のときに脇腹くすぐりまくったら、まさにこのセレスティア・ティアラボイスで散々喘いでくれました」

「俺の彼女に何てことしてくれてんだ、この変態ギャル!」


 しかし、確かにそうだ。その通りだ。その点は認めざるを得ない。


 セレスティア・ティアラの話し声は、京子の落ち着いた声とは違う、高くて鼻にかかった、いわゆるアニメ声だ。

 そして、戦争ゲームでピンチに追い込まれた際の悲鳴は、あの大和撫子がとても出せるとは思えない、男の情欲を刺激するような、まさに喘ぎ声。


 だが、そんな喘ぎ声を俺は知っていた。何度も聞いたことがあった。大好きだった。


 誰にも、渡したくなどなかった。永遠に、独り占めしたかった。


「まぁ、もちろん根拠は他にもあるんですけど、でも、とにかくこんな面白くてくだらないオチでよかったじゃないですか。何でこんなハッピーエンドをそんな必死で否定しようとするんですか。ストーカーでもなければ浮気でもなかったんですよ?」

「浮気だよ! 俺以外にあの声を聞かせてティアシコさせてるとか紛れもない浮気! 絶対に許さない!」

「ええー……」


 泣きわめく俺にドン引きする保科ほしなさん。

 だが、引けない。引く気なんて一切ない。一生ない。この考えを俺が覆すことは、絶対にない。


「京子の喘ぎ声は永遠に俺だけのもんだ! 他の誰にも聞かせてたまるかよ!!」

「キモい……♪ さすがせんぱい……♪」

「うるさいな! だってそうだろ!? 不特定多数のキモオタに向かって、こんなドスケベ衣装のアバターで、あんな風に喘ぎ声振りまいて、ティアシコさせまくってんだから! で、このコメント欄に表示されてる金額って、いわゆる投げ銭ってやつだろ!? 知らん男ども射精させて金受け取ってるとか、こんなの風俗で働いてるのと一緒だろ!」

「何ですか、職業差別ですか!」

「今してるのはそういう話じゃない!」

「彼女が風俗で働いてたっていいじゃないですか! 風俗嬢の京子さんが汚いおっさんの汚いちんぽしゃぶって汚いおっさんに説教されていたらダメだっていうんですか! ひどい、京子さんが可哀そうです!」

「やめろ、俺の脳を壊すな!」

「あと一応言っておくと、セレスティア・ティアラは事務所に所属していない、いわゆる個人勢Vなので、風俗ではなく個人売春です! パパ活です! パパ活女子大生京子さんです! 訂正してください!」

「今してるのはそういう話じゃない!」


 そう、そういう話ではないのだ。

 俺が言いたいのは!


「京子がこんな浮気行為やってるわけねーだろ! 絶対にありえない! 俺は、京子を信じてる!」


 こんなことをやっていたら俺がどう感じるかということくらい、京子は当然わかっている。他の連中がどうだとか、一般的感覚ではこうだとか、関係ない。VTuberになって視聴者に性的アピールをする――俺と京子の共通認識では、そんな行為は紛れもなく浮気なのだ。


 そして、京子は俺を絶対に裏切らない。

 もし仮に俺に愛想を尽かしたのなら、正直に、はっきりと、真摯に、真っすぐと、別れを告げてくれるに決まっている。そんな日が来ないよう、俺は必死に頑張るが。


 とにかく、京子が俺に黙って、こそこそとセレスティア・ティアラになっているなんて、ありえるわけがない!


「はぁ……やれやれ、現実が見えていないようですね、丈太さんは」


 保科さんは足を組んで、大仰に肩をすくめる。こいつ、仕草の全てがいちいち癪に障るな。


「恋人がセレスティア・ティアラだったなんて現実があってたまるか! こんな侮辱を受けたのは初めてだ! 人の大事な恋人をセレスティア・ティアラ扱いしやがって!」

「あはっ、セレスティア・ティアラをセレスティア・ティアラ扱いして何が悪いんですかー? まぁ、信じられないってのなら、そろそろわたしがその結論に至った経緯を説明しましょうか」

「そうだ、そういやテメェ、ストーカー被害がどうとか言ってたじゃねーか! それが一体、何がどうなってセレスティア・ティアラ説なんて暴論に繋がったってんだよ、クソが!」

「きゃっ♪ 年上男性に怒鳴られるトラウマ植えつけられちゃいました……♪ 責任とってほしいです……♪」


 うつ伏せ男性の頬を足蹴にしながら吐くセリフではない。


「まぁ話を戻しますと、まず京子さんがやけに防犯対策について詳しいって話はこの前しましたよね」

「ああ。それはストーカー被害疑惑の理由の一つだっただろ」

「ストーカーを警戒してるって意味では同じですが、現状で被害にあっているというわけではなく、予防の意味で対策しているのでは? とも考えられるわけです。人気VTuberともなれば、当然敏感になっている点でしょう。あ、ちなみにセレスティア・ティアラは個人勢VTuberとしてはかなり高い人気を誇っているんですよ?」

「既に被害にあっているからの対策なのか、予防なのかなんて、完全にお前の捉え方次第でしかないな」

「それはそーですけど。ただ、わたしの部屋にあったぬいぐるみに対して、『他人からのプレゼントだったら盗聴器や紛失防止タグが仕掛けられてることを疑った方がいい』ってアドバイスがあったんですよー。こんなの一般人の発想じゃなくないですか? そもそもいい歳になって、ぬいぐるみをプレゼントされる機会なんてまずありません。アイドル的な活動でもしていない限りは」


 ……まぁ、あれだけ魅力的で人目を引いてしまう人間だからな、京子は。気をつけすぎるくらいの方がいいのだろう。あの父親がそういう教育をしてきたのかもしれないし。


「それと、妙に部屋の防音対策にも詳しいんですよ、京子さんって。覗き見防止のカーテンとかの話の流れだったんで、防犯関連として一括りにして考えちゃってたんですけど、また別の話ですよね。そこに違和感を覚えたのが、ストーカー被害説から、別の可能性を探し出したきっかけでした」


 確かに俺も前回の報告時には、一緒くたにして考えてしまっていた。一軒家に住んでいる京子が防音にこだわりを持っている理由も思いつかない。


「まず挙げられる可能性としては、騒音トラブルに悩んでいるという説ですが、京子さんにとっては考えづらいです。治安が良い地域の一軒家住みで、楽器などもやっていないわけですから。騒音被害にあっている側だとしても、そうであれば丈太さんに隠すような類の秘密じゃないと思いますし。どうですか?」

「ああ、その程度のことなら彼氏である俺に絶対話してくれるはずだ」

「正直そんな断言されるとまでは思ってなかったです」

「それに最近帰りが早いという謎とも相反する気がするしな。騒音に悩んでんなら、むしろより長い時間俺の部屋ででも過ごすようにすればいいし。ただ、前にも話したが、近ごろの京子って京子らしくもなく、睡眠不足気味な日があるんだよな。それが騒音のせいっつー可能性は考えられなくも……」

「いえ、だとしたら、それこそないじゃないですか」


 保科さんはキッパリと否定する。


「睡眠不足に関しては、丈太さんから直接、京子さんに何度か尋ねてるって言ってましたよね?」

「ああ、まぁ、当時は京子のあくびやクマが問題Xと関連するなんて思ってもいなかったしな。何の気なしに聞いたりしてたわ。読書に夢中になってたとか言ってたけど。あ、そっか。俺から聞かれてまでいるのに誤魔化したりしねーか、騒音だったら」


 て、さっき俺自身が言ったんだったわ。自信満々に。


「ま、とにかく騒音トラブル説を破棄したことに関しては丈太さんも異論なしってことでいいですね。と、なると、次に考えられるのは、京子さんが何らかの配信活動をしているって線なわけですよ」

「わけですよ、じゃねーよ。そんなわけを俺は知らない」

「あくまでも他と比較して可能性が高いんじゃないか、という程度の考えでしたけどね、わたしだって。でも少しでもあり得そうな可能性から順々に潰していくしかないじゃないですか。で、そこで思ったんです。配信者であれば人気の高低に関わらず、SNSくらいやっているだろうと」

「やってたところで調べようがないだろ。まさか本名でやってるわけでもねーんだし」


 俺はこの際、京子が何らかの配信活動をやっているという説自体は、真実であることを願っていた。セレスティア・ティアラでさえなければ、もうそれでいい。

 頼む京子! どうか、数人程度の視聴者に対しておすすめ小説を紹介する的なこじんまりとした配信活動をしててくれ!


「相変わらず能無しですねー、丈太さんは。わたしたちは本名以外の京子さんのパーソナリティをたくさん知ってるんだから、いくらでもやりようはあるでしょう。例えば、京子さんってラインで特徴的な顔文字使うじゃないですかー? 例えばあの猫っぽいやつとか」

「ああ、世界一可愛いよな、あのギャップが」

「あれって京子さんオリジナルですよね」

「ん? あー、たぶん。中学んとき、仲良しグループ内で顔文字自作すんのが流行ってて、今でもつい癖で使っちゃう的なこと言ってたっけ」

「あはっ、なるほど! まぁそーゆーわけでして、あれをコピーしてツイッターで検索かけてみたんですよ。そしたら、ほい。完全一致の投稿は、たった一つ、これだけでした」

「あ? ……え? は? ……おい、これって……」


 保科さんのスマホに表示されていたツイート内容は、

『歌枠、予想外に好評で安堵=^-ω-^=』

 という何気ない一文。


 だが、その投稿主の名前が……!


「そうです、セレスティア・ティアラです♪ セレスティア・ティアラちゃんが京子さんオリジナルの顔文字を使っちゃってます! 全世界で何億人もいるツイッターユーザーの中、ただ一人、セレスティア・ティアラだけが、ですよ♪」

「…………っ!?」


 自分の目を疑う。が、何度瞬きしようが、目の前の文字列に変化などない。だから、自分のスマホで同じように検索してみる。しかし、結果は同じ。俺の目に映るのは、セレスティア・ティアラの投稿だけ。日付は今から2か月半前。京子の様子に変化が現れた時期とも合致してしまっている。


 こ、これは……!

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