第31話 馬車・5


 恐怖に包まれた居間も、馬車の図面を見て驚きの声に包まれた。


「これはすごいですね・・・」


 マツも腕を組んで、ううん、と唸る。


「ですよね! 私もこんな馬車に乗った事がないです!」


 クレールも目を輝かせる。


「ううむ・・・こんな仕掛けが・・・」


 眉を寄せて図面を見つめるカオル。


「広くするんだよね? 中で寝れる?」


 ねえねえ、と笑顔を向けるシズク。


「ははは! さすがに中で寝るのは! あ、1人か2人なら寝れるか」


「ハワード様にもお見せしましょう。これは驚きますよ」


「おお、そうですね! きっと驚きますよ!」


「マサヒデ様、マサヒデ様、この図面、写し作っても良いでしょうか?」


「お! レイシクランの馬車にもこの仕掛けを広めますか?」


「はい! そうしたいです!」


 ちょっと待て、とカオルが手を出す。


「クレール様、それは少し・・・この仕組みを作った方に許しを得ませんと」


「あ、それはそうですね。勝手に使ってはいけませんよね」


 マツも顎に手を当てる。


「うちにも入れたいですね。きっと、お父様(魔王)も驚きましょう。

 これは世界の輸送に革命を起こします。荷馬車の安全性が大きく上がりますね」


「特許は取られているのでしょうか。この職人さんは、大儲け出来ますね」


 はあ? とシズクは首を傾げる。


「そこまですごいの? 良く分からないけど」


「ええ。シズクさん、旅の最中に、よく転んだ荷馬車を見たでしょう」


「うん。よく起こしてやったよ」


「ああやって転ばなくなるんですよ。

 さすがに、大きな穴とかにはまれば転んじゃいますけど」


「ふうん・・・」


 シズクはぴんと来ないようだが、マサヒデにもこれはすごいと分かる。

 本当にマツの言うように、世界の馬車に革命が起きるかもしれない・・・


「ご主人様、これほどの仕掛けの馬車、一体いくらなさったのですか?」


「金貨80枚を、75枚にまけてくれました。

 予備の車軸と車輪まで付けてくれましたよ」


「ええ!? これがたった80枚ですか!? さらにまけてもらった!?」


 カオルもマツも驚いてのけぞってしまう。

 マサヒデは2人のクレールと同じ反応を見て、にやにや笑った。


「どうです? これは浮かれてしまうでしょう」


「これは倍でも、いや、3倍でもおかしくないですよ・・・

 ご主人様、素晴らしい買い物をなされましたね・・・」


「でしょう?」


 図面を見ていたマツが、か! と目を開き、顔を上げた。

 きり! とクレールに顔を向ける。


「ううん・・・クレールさん、これは広めるべきです!

 忍の皆様に、職人さんを探してもらいましょう!

 特許を取ってないのなら、今すぐ取るように勧めましょう!

 然るべき値を払い、魔の国にも広めるべきです!」


「そうですね! マサヒデ様! この図面、お借りしても?」


 む、とマサヒデが頷く。


「皆の者!」


「は!」


 クレールが声を掛けると、さっと庭に気配が溢れる。

 1人、冒険者姿の者が立つ。

 クレールが図面を取り、冒険者姿の忍に手渡す。


「話は聞きましたね」


「は」


「よろしい。では、今すぐ馬屋へ行き、この馬車を作った者を確認なさい。

 特許を取ってないのなら、今すぐ申請するよう勧めなさい。

 そして、この仕組み、レイシクランで言い値で買い取ると伝えるのです」


「は!」


 冒険者の忍が消え、気配が消えていった。

 マツが慌てて「ばた!」と音を立てて膝を立て、クレールを睨みつけた。


「クレールさん! レイシクランで買い取りはずるいですよ!」


 そのマツの顔を見て、クレールがにやりと笑う。


「うふふーん! 頂きますよ!」


 ふふーん、とにやにやしながら横を向き、ちら、とクレールに目を向けるマツ。


「じゃあいいでーす。今すぐお父様に通信しちゃいますからー。

 図面はしっかり覚えてますものー」


「むっ! マツ様・・・」


 きりきりとマツを睨むクレール。

 その顔を見て、にやにやと笑うマツ。


「ここは2:8でどうです? 2割取れれば、十分でしょう?

 2割でも『運送のレイシクラン』の看板は十分加えられましょう?

 食にワインに運送の3枚看板。十分ではありませんか?」


 世界中の荷馬車にこの仕組みが加えられる、と考えれば、2割でも巨万の富となる・・・しかし、先手を取ったはずのクレールは悔しくてたまらない。何か手はないものか!


「ぐ・・・むむむ・・・」


「うふふ。早くしないと1:9になりますよ? じゅーう、きゅーう・・・」


 追い詰められた。

 がっくり、とクレールは膝を付く。


「くく・・・むーん! 2:8で・・・ご勘弁下さい・・・」


 クレールは手を付いて、頭を下げた。

 それは「参りました」という姿そのものであった。


「はい! 2:8で決定ですね! 8はお父様が好きに使わせて頂きますよ」


 ぱちん、と手を合せ、マツがにこにこ笑う。

 悔しそうに、クレールがぶるぶると震える。


 8割は魔王様が。

 魔王様は、これで儲けようなどとは考えもしまい。

 あっと言う間に、魔の国どころか世界中に広がってしまうはずだ。

 それまでに2割を使って、何とか出来ないものか・・・


「く・・・マツ様、これは貸しとさせて頂きますよ・・・」


「おほほほほ! 私に貸しが作れるなら、この程度、安いものでしょう?」


「くー! くにゅー!!」


 ばん! ばん! とクレールが床を叩く。

 マサヒデ達は、そのクレールの姿を見て、ふふ、と笑いを浮かべた。

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勇者祭 10 老いた剣客 牧野三河 @mitukawa

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