第28話 馬車・2


「ごちそうさまでした」


 ぐいっと茶を飲んで、手を合せて軽く頭を下げる。


「さて、カオルさん、シズクさん。お二人にちょっとご相談が」


 この2人なら詳しいはずだ。

 馬車や荷物に関して聞いてみよう。

 マツが膳を片付けて、台所に下がっていく。


「はい」


「何?」


「荷馬車って、1頭立てで十分足りますかね?」


「十分足りるのでは?」


「良く分からないけど、多分足りると思うよ」


 カオルは湯呑を持ったまま、シズクは腕組をしてうーん、と首を傾げる。


「黒影だと、4輪の少し大きめの馬車でどのくらい引けると思います?」


「250貫・・・いや、300貫は引けると思います」


「そのくらいは引けるんじゃない?

 前に私が乗ったやつは、米俵積んでたよ。そこに私が乗ったんだから」


 ふむ。予想通り、重さはやはり余裕だろう。


「値段はどのくらいしますかね?」


「荷馬車なら、幌付き、バネ付きの良い物でも、金貨50枚もしないのでは?

 どれだけ良い物でも、100枚は超えないでしょう。

 貴族用となると、数百枚単位ですが」


「馬車の値段なんて、さっぱりだよー!」


 ごろんとシズクが転がる。


「ふむ。じゃあ、馬車の発注もしておきますか」


「休憩場所として使えるよう、幌付き、広め、椅子付きの物が良いですよ」


「お! それいいね!」


 よっと寝転がったシズクが身体を起こす。


「雨が降ったりした時、どこでも休めるもんね!」


「そういう事です。雨でぬかるむと、馬車も動きづらいですし・・・

 転げてしまう事もありますから」


「雨・・・」


 ううむ、と腕を組む。

 雨。悪天候。

 雪道や砂漠だと、やはり馬車は動きづらいだろう。


「どうされました?」


「悪天候だと、当然、動きづらいですよね。

 やはり、寒い地方の雪、暑い地方の砂漠など動きづらいですか」


「まあ、足は遅くはなるでしょうが・・・馬車より、御者が大変ですね。

 対策は必要ですが、それぞれの地方で服などは買えるでしょう。

 ここでわざわざ仕入れるより、安く済みますし、良い物が買えるかと」


「ま、人が歩いて大変な所は、当然馬も歩きづらいよね」


「道理ですね」


「当然、馬に乗る私やご主人様も」


 そうだ。マサヒデとカオルは馬上。

 雪や砂漠の太陽にさらされる。


「と言っても、歩かない分、全然ましですが・・・

 馬がへばってしまいそうなら、歩かなければなりません」


「ううむ・・・暑さの対策は、クレールさんに水をばしゃばしゃかけてもらえば良いですが、寒さ対策はどうしましょうかね・・・」


 ぷ! と2人が笑う。

 カオルは口を抑え、顔を逸らせる。

 シズクがマサヒデを指差し、ごろごろ笑い転げる。


「く、くくく・・・」


「ばしゃばしゃって! あはははは!」


「え! いや、そういうつもりでは・・・」


 駄洒落のつもりで言った訳ではないのだが。

 マサヒデは恥ずかしくなって、顔が赤くなってしまった。


「お二人共、ちょっと! 笑ってないで、考えて下さいよ」


「ぷっ! ご主人様、馬は、寒さに強いですから・・・ぷぷぷ」


「あはははは!」


「そうですか! ならいいですね!」


 ふん、と顔を逸して、マサヒデは後ろを向いた。


「くっ・・・寒い地方に行けば、馬の服もありますから・・・くくく」


「ぷー! くくっくっく・・・ばしゃばしゃだって!」


「ぶっ! うくくくく! シズクさん! ぷぷぷ」


 2人が笑い転げていると、マツが戻って来た。


「あら。楽しそう」


「あはーははは!」


「くく・・・くっ!」


「うふふ。どうなされました?」


 恥ずかしくなって、マサヒデは壁の方を向いた。

 シズクの大きな声。


「マサちゃんが! マサちゃんが! 馬車で暑くなったら、クレール様の水の魔術でばしゃばしゃだって! あはははは!」


「ぷふっ! マ、マサヒデ様!? ぷすっ! あはははは!」


 マツまで大声を上げて笑い出した。


「ええい! もう、皆、やめて下さいよ!

 そんな駄洒落のつもりで言ったんじゃないんですよ!」


 普段のマサヒデからはとても出ない言葉に、皆が笑い転げる。


「馬屋に行ってきますよ!」


 マサヒデは「どん」と立ち上がって、大小を掴み、奥の間に引っ込んだ。

 廊下の向こうから、まだ笑い声が聞こえる。


「く・・・」


 金の入った小袋を懐に入れ、どすどすと廊下を歩いて玄関を開けて出て行った。



----------



「ふん!」


 がらっ! ぱしーん!


「あっ・・・」


「んん!?」


 ぎらり。


「はっ!?」


 こちらを向いたマサヒデの目付きに、クレールが肩をすくませる。

 ちょうどギルドから帰って来たのか、クレールが門の所に立っていた。

 ふん。あの3人は笑わせておけ。


 マサヒデはにこ、と笑いかけ、


「やあ、クレールさん、おかえりなさい。

 ちょうど良かった。2人だけで、出掛けませんか?」


「え」


 顔は笑っているが、さっきの目は一体・・・


「馬屋に行こうと思ってるんですが。どうです?」


 断れない。

 にこにこしているのに、この誘いは断れない。


「あ、はい。行きます・・・」


「良かった。じゃあ、行きましょう」


 す、とマサヒデが手を出す。


「あ・・・」


 マサヒデの手。

 この間、握った時の・・・

 だが、なぜか怖い。


「あ、ありがとうございます」


 おずおずと手を差し出すと、指を絡めて握ってくれたが、なぜか怖い。

 顔はにこやかなのに・・・


「さあ、行きましょうか」


「はい・・・」


 クレールに合わせて、ゆっくり歩いてくれるマサヒデ。

 態度は優しいのに、嬉しさを感じず、ほの暗い恐怖を感じる・・・


(何があったんですか)


 と、聞きたい気持ちをぐっと堪える。

 直感的に「これは聞いてはいけない」と、びんびん感じる。


「これから、馬車の注文をしに行くんですよ」


「馬車ですか?」


「ええ。クレールさんも、ラディさんも、1日中歩くのはきついでしょう。

 だから、小さい物でも、馬車が欲しいと思って。荷物も運べますしね」


「でも、高くないですか?」


「荷馬車だったら、かなり良い物でも金貨100枚もいらないそうですよ」


「え? 荷馬車ってそんなに安いんですか?」


「ええ。黒影なら大きめのも引けるでしょうし、中に椅子とか着けてもらえば、便利ですよ。幌を着ければ、雨が降ってもどこでも休憩出来ますし」


「あ、それは便利ですね!」


「でしょう? ついでに、馬達と遊んで行きましょう」


「マツ様達は良いんですか?」


 ぎらり。


(あ、まずい!)


 振り向いたマサヒデは笑顔のまま。

 目だけが、一瞬だけ光った。


「ええ。良いんですよ。今日は2人だけです」


「そ、そうですか! 2人だけで。わあい・・・」


 段々、声が小さくなっていく・・・


(ひえー・・・マツ様! 何があったんですか!)


 以前とは違う意味で胸を鳴らし、クレールはマサヒデに手を引かれて行った。

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