第26話 着込み・2
着込みを買って、うきうきと職人街を歩くマサヒデとカオル。
「うむ、良い物を買えました。あとはマツさんに軽くしてもらうだけです」
「闇討ちの恐れもあるのに、今まで着ていなかったのが不思議です」
そうなのだろうか?
あったと言えば、森に行った時に襲われたくらいだが・・・
「そうですか?」
「そうです。今だって、狙われているかもしれませんのに」
「ふふ、カオルさんがいるから平気ですよ」
「ご主人様、あまり人に頼るのもどうかと」
「それだけカオルさんを頼りにしてるんですよ」
ぽ、とカオルの頬が薄赤くなった。
「ありがとうございます」
「ところで、この手甲の部分、振りに重さが乗るって言ってましたね」
「ええ」
「では、手甲の部分は軽くしないでおきましょうか」
「なぜです? ご主人様は、甲冑も斬れると聞きましたが。
ならば、振りの重さなど必要ないのでは」
「む・・・」
甲冑が斬れるなら、必要ないだろうか。
「それに、ご主人様が重さに慣れても、刀の方が耐えられないのでは?
重さに合せた振り方に変えるにも、時間がかかりましょうし。
まあ、お佩きの物であれば、折れる事はないと思いますが・・・曲がったり」
確かに、振りが重くなっても、得物が耐えられなければいけない。
欠けたり、折れたり、曲がったり、腰が伸びてしまったり。
戦の最中で使い物にならなくなったら困る。
「ううむ、そうか・・・そうですね」
「ハワード様や騎士の方々は得物が剣ですから、重みを乗せて、というのは重要ですが、ご主人様には必要ありませんよ」
「じゃあ、手甲も軽くしてもらいましょうか」
「それが良いかと」
「ところで、カオルさんの着込みって、どのくらい重いんですか?」
「半貫(約1.8kg)くらいです」
「え? そんなに軽いんですか?」
マサヒデが買った物の3分の1の重さ。
そんなに軽いとは・・・
「薄いですから。致命傷をぎりぎり防げれば、という程度です」
「じゃあ、カオルさんも買ってきては?」
「忍用の物は中々・・・特注になりますので、金も時間もかかりますし。
今の物を軽くしてもらいます」
「忍用の物?」
「ええ。光を反射しないように加工してもらうのです。
この加工で、錆にくくもなるのですよ」
「へえ・・・錆びにくくなるのは良いですね」
にや、とカオルが薄く笑い、口に人差し指を当てる。
「加工の内容は秘密です」
「む・・・そうですか」
「それより、私は今の装束を早く変えたいですね。黒はあまり」
カオルが真面目な顔に戻る。
「黒はいけないんですか?」
「ええ。今は『らしい』というだけで黒を着ています」
「らしい?」
「皆様の前での、言うなれば、制服のような感じで黒を選んでいましたが・・・
黒は意外と闇で浮いてしまうのですよ。本当はあまり良くないのです」
「そうだったんですか。じゃあ、ついでに布を買っていきますか?」
「いえ、既に発注は出しておりますので。届くのを待つだけです」
「そういえば、カオルさんて、いかにも忍者って感じの格好しますもんね。
あれ、わざとだったんですね」
う、とカオルが顔を逸らす。
「まあ、その・・・そうです」
「手裏剣はやっぱり十字より棒の方が良いですか」
「十字や八方は、かさばりますよ。私は棒が一番です。
ご主人さまは上手い持ち方をしますね。
抜く時に、刀を左に持たねばなりませんが、中々良いと思います」
「ああ、この手首のですか。守りにもなりますしね。
これ、ギルドのメイドさんに頼めば、譲ってもらえますよ」
左手を上げ、とんとん、と巻いてある手裏剣入れを、指先で叩く。
「え?」
やはりカオルも驚いたようだ。
まさかメイドが、とは思わなかったろう。
「これ、ギルドのメイドさん達の備品なんですよ」
「そうでしたか・・・」
「ああ、そう言えばこれを巻いてあれば、重みも増してますよね」
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からからから。
「只今戻りました」
「おかえりなさいませ」
マツが手を付く。
「マツさん、良い着込みがありましたよ」
「あら。マサヒデ様も着込みを着けるのですか」
「ええ。これで闇討ちで矢を射たれても平気です」
上がり框に座って、うきうきと包みを開ける。
「どうです、これ。中に布が着いてて、擦れないようになってるんです」
「はあ・・・」
「さ、持ってみて下さい」
マツの手に着込みを乗せる。
ずっしり。
「ああ! なんですかこれ! 重いじゃないですか!」
「でしょう? 私も驚きました」
マツの手から着込みを取って、包みに入れる。
「ううん、ハワード様のも重かったですけど、これも重たいですね。
手が抜けてしまいそうですよ、もう」
「着てみてもっと驚きましたよ。鎧と違って柔らかいから、重さが全部肩に。
これに、腕の部分も入りますから、もっと重くなるんです」
「まあ! そんな重さが全部肩に乗るんですか!?」
「そうなんですよ。アルマダさんも、肩が凝って仕方がないって」
くす、とマツが笑う。
「うふふ。じゃあ、マサヒデ様の肩も凝らないよう、軽くして差し上げます」
「よろしくお願いします。どのくらい掛かるものでしょう?」
「どのくらい軽くするかですけど、3日か4日くらいだと思います」
「腕とか手甲の部分もありますけど、こちらはどうでしょう?」
包みを開けて、マツの手に手甲を乗せる。
「ううん、このくらいだと、丸1日くらいでしょうか?」
「これ、腕の部分です」
ずし。
「まあ! これも重いですね・・・ううん、これだと2日くらいですかね?」
「分かりました。じゃあ、これどこに運べば良いでしょうか」
「こちらへ」
マツは台所に入って行ってしまった。
続いてカオルも台所に入って行く。
(台所? 裏かな?)
上がって台所に行くと、小さな樽が2つ置いてある。
それぞれの樽の上に「ハワード」「騎士さんたち」と、紙が張ってある。
よく見ると、小さく日付と時間、約何日と書いてある。
騎士の樽の前には、布の服の部分が畳んで重ねてある。
これは何だ? と見ていると、ぷる、と小さく樽が震えた。
震えた? これは一体・・・?
「こうやって、樽とか壺に入れて、魔術をかけて漬けて置くんですよ。
魔力の注ぎ具合がキモなんです」
「へえ・・・」
魔術を「寝かせる」と言っていたが、本当に寝かせていたのか。
まるで漬物のようだ。
「マサヒデ様のは、胴と袖と手甲と分かれていますから、樽が3ついりますね。
それぞれ、魔力に漬けて寝かせる時間が違いますから」
「奥方様、この樽で良いのでしょうか」
「はい。お願いします」
よ、とカオルが隅に置かれた樽を持ってきて、マツの前に置く。
「では、まずこちらに胴の所ですね。布の部分は外せますか?」
「ええと・・・」
襟や袖の折り返した所を見ると、細い革紐がついている。
これを外せば良いのだろうか。
紐を外して引っ張ると、内側の布の部分が抜けた。
「外れました。これは外に置いておくのですね」
「ええ。金属と重さが違いますし。
この布の部分があるなら、鎖の部分の重みはほとんど無くしちゃって良いですね。
普通の服を着るという感じになりますよ」
樽の底に、慎重に着込みの胴の部分を入れる。
「見てて下さいね。これが私の秘密の魔術の漬け方ですよ」
ぽん、と樽の横に手を当てて、
「中を覗いて見て下さい」
マサヒデとカオルが中を覗いてみると、中にうっすら膜が張っている。
これは防護の魔術だ。
「ほう」
「で、今回は軽くしますから、風の魔術をこうやって・・・」
マツが袖を上げて手を入れると、ふわ、と風が上がる。
「で、このようにゆっくりとかき混ぜるんですよ」
「・・・」
「ゆっくりと、魔力が全体が混ざるように、こう掴んで握るように、下から上に回すように、樽の中に魔力を均一に・・・」
まるで糠床を作るようだ。
「一気に魔力を送らないよう、ゆっくりと、少しづつ入れていくんですよ。
でないと、魔術が飛んでいってしまいますからね」
「はあ」
5分ほど、マツはゆっくりと手を回した。
立ち上がって、樽の中を見て、うん、と頷く。
「よし。しっかりと混ざりましたね。このようにぐっと握ってみて、じわっと魔力が滲み出るくらいの感じが、寝かせるにはちょうど良いんですよ」
樽の中に手を入れ、ぐ、とマツが手を握っている。
2人にはさっぱり分からない。
「で、蓋をしまして・・・うんしょ」
ぽん、と蓋を置いて、ぐっと押し込んで蓋を閉める。
「で、最後に蓋の上からじわっと魔力を染み込ませる感じで・・・こう・・・」
蓋の上にそっと手を置いて、目を瞑る。
少しして目を開き、
「よし! あとは寝かせるだけですね!」
どうだ! という顔でマツがこちらを見ている。
だが、マサヒデにもカオルにも、どこがすごかったのか、全く分からない。
「すごいですね。さすがマツさんだ」
「まさに、奥方様ならではの技ですね。私にはとても」
ふふん、と鼻高々で腰に手を手を当てるマツ。
適当な褒め言葉を言ったが、2人にはさっぱりだ。
「でしょう? ここまでの漬け方を出来る方は、中々おられないはずですよ」
「でしょうね・・・」
「ええ・・・」
マツは紙を取り出して「マサヒデ 胴 3、4日」と書いて、日付と時間を書き込み、ぺたりと蓋に貼り付けた。
「よし! 腕の部分ですね。重さが同じですから、左と右、同じ樽でいいですよ」
「は」
よ、とカオルが樽を置く。
内側の布の部分を外し、鎖帷子の腕の部分をそっと入れる。
「こうやって、下から上に回すように・・・」
これも魔術なのか。
クレールも、物に魔術を掛けられるらしいが、同じ事をしているのだろうか。
ぷる、と「マサヒデ 胴」と紙が張られた樽が、小さく震えた。
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