第四章 着込み

第25話 着込み・1


 がさがさと草をかき分け、あばら家に近付く。

 す、と見張りの騎士が顔を覗かせる。


「あ、マサヒデ殿」


「おはようございます。いつもお疲れ様です」


 中に入ると、アルマダが素振りをしている。


「アルマダさん」


「あ、マサヒデさん」


 素振りを止め、くるっと振り返って歩いてくる。


「おはようございます。今日は大所帯ですね」


「おはようございます。

 昨晩の着込みの話、皆さんの分もと思って、シズクさんに来てもらいました」


「え? 良いんですか?」


「ええ。マツさんから許可ももらってます。

 着込みなら、場所も取りませんから、まとめて出来ます」


「本当ですか? それはありがたい。

 皆さん! 集まって下さい!」


 ぞろぞろと騎士達がアルマダの周りに集まってきた。


「昨晩話した、あの着込みを軽くする話です。

 マツ様が、皆さんの分も一緒にやってくれるそうです」


「え! 本当ですか!? あの、羽のように軽くなって、固さはそのままという」


「本当です。それで、こちらのシズクさんが持って行ってくれるそうです」


「おお!」


「さあ、皆さん着込みを脱いで。数日で出来上がりますよ」


 ごそごそとアルマダと騎士達が着込みを脱ぐ。

 ほい、とシズクが手を出し、アルマダの着込みが置かれる。


「お? 着込みって結構重いんだね」


「いわゆる鎖帷子ですからね。私達のは薄手の物ですが、ずっと着てると、さすがに疲れちゃいます。また肩が凝るんですよ、これが」


 そう言って肩に手を乗せ、ぐるぐると肩を回すアルマダ。

 よいしょ、と騎士達もシズクの手に鎖帷子を置く。


「マサヒデさんも、着込みくらいは着ておいては?

 軽くなるなら、動きはほとんど制限されませんし、支障はないでしょう」


「ううん・・・やはり、着込みくらいは着ておいた方が良いでしょうか」


「刃物は当然、短弓くらいなら止めてくれますよ。良い物なら槍も。

 闇討ちに対しても有効な物です。このくらいは着けておいて当然です。

 今すぐに買ってきなさい」


 カオルがマサヒデに顔を向ける。


「ご主人様、私も着ておりますよ」


「え? そうだったんですか?」


「ええ。薄手で、胴だけですが。可能なら、全身に着たいくらいです。

 むしろ、今まで着込みも着けていなかったご主人様に驚きです。

 知ってましたけど」


 こんなのを着て、カオルはあの素早さを出していたのか。

 薄手で胴だけとはいえ、金属なのだ。かなりの重さがあるはず・・・


「ううむ、じゃあ、1着買っておきますか」


「そうして下さい。一緒にマツさんに軽くしてもらいなさい」


「そうですね。分かりました。じゃあ、シズクさんは皆さんの着込みを持ってってもらえますか。私も1着買ってから帰ります」


「はーい」



----------



 職人街。


「カオルさん、鎖帷子ってどういう物が良いのでしょう」


「槍を止められる程度の物があれば良いですね。

 軽くしてもらえるのですから、全身分で良いでしょう」


「全身ですか? 上から下まで?

 皆さんのは肩から腕だけだったじゃないですか」


「騎士様達は鎧を着るではありませんか。

 頑丈な胸の甲冑の下に着けても、あまり意味がありません。

 狙われやすい鎧の隙間から、何か入った時に防ぐのです」


「アルマダさんのは、胴までありましたね」


「ハワード様は貴族ですし、パーティーなどに招かれたりする事もあるでしょう。

 そういう場に鎧でがっちり、というわけには参りません。

 そこで、服の下に着ておいて、万一の時に胴も防ぐようにしておくのです」


「ふうむ」


「鎖帷子は、部分ごとに分けられる物があります。

 基本的に、頭、胴、腕、手、足、靴のような部分と。

 胴と腕が一緒の物もありますが、私ならこちらは選びません」


「腕の動きが邪魔されるのですか」


「いえ、軽ければ邪魔にはなりません。穴が空いたりした場合に、その部分の交換だけで済ませられますから、分かれている方が良いのです」


「ううむ、なるほど」


「ご主人様は刀も使いますし、足も使いますから、手袋と靴の部分はなくても良いですね。手の部分は、手の平を包まない手甲のような形が良いでしょう」



----------



 話しながら歩き、鎧屋に着く。

 がら・・・


「おはようございます」


「いらっ・・・あ、あんた、いや、あなたはトミヤス様では!?」


 驚いた顔で店主がマサヒデを見た。

 この反応は最近良く見るので、もう慣れてきた感じがする。


「まあ、何と言いますか、そうです」


「これはこれは! 本日どういった物をお探しで?」


「鎖帷子が欲しいのですが、どういった物がありますか?

 こういうのは初めて買うので、良く分からないのですが」


「こういうもの? 初めて? もしかして、今まで何も着けておられなかった?」


「はい。服だけです。

 友人に着込みくらいは着ておけ、と怒られてしまいまして」


「こりゃまた・・・」


 店主が驚いて目を見開いた。

 普段から、何も着けていなかったとは。


「胴くらいは欲しいのですが、おすすめの品などありますか?」


「ありますとも。トミヤス様にぴったりの品です。さ、どうぞこちらへ」


 店主と3人で棚に向かう。

 棚には、いくつも畳まれた鎖帷子が並んでいる。


「トミヤス様だと、この大きさですかね。どうぞ、試してみて下さい」


 渡された鎖帷子を持つと、ずっしりとくる。

 1貫半くらいだろうか。


「お? 結構重いですね?」


「全身揃えれば、大体3貫目から4貫目(11~15kg)くらいですかね。

 物によってはもっとありますよ。もちろん、逆に軽いのもあります」


 3、4貫? そんなに重いとは!?


「ええ!? そんなに重いんですか!?」


「ははは。鎖帷子を初めて試すお方は、皆、驚きますね。

 忘れちゃいけませんよ。これは金属なんですから」


 鎧よりはるかに薄いから、もっと軽いと思い込んでいた。


「軽いのがよろしければ、革鎧の方が良いでしょう。臭いますが」


「臭う?」


「そりゃあもう! そこらの冒険者にでも、臭いを嗅がせてもらってみて下さい。

 これがまた臭えのなんのって! 鼻がひん曲がっちまいますよ」


「冒険者の皆様は、革鎧を使ってる方が多いですが・・・」


「安いですからね。皆、あの臭いと日々戦ってるってわけですよ。ぷっ」


 店主は笑いを堪え、口を抑え、ぷぷ、と笑う。


「女冒険者なんか大変で・・・ぷっ、わははは!

 少しでも臭いが出ないようにって、毎日磨いたりして!」


 ついに店主はげらげらと笑い出してしまった。

 つられてマサヒデも笑ってしまう。

 後ろでカオルもくす、と笑いを漏らす。


「ははは! 女性は大変ですね」


「そうですとも! 身体中に、あのひでえ臭いが染みつくもんだから!」


「ふ、ふふふ。で、鎖帷子は臭わないんですか?」


「錆びないように油で磨かないといけませんから、少し油の臭いがって程度です」


「そのくらいですか」


「ま、金属ですからね。錆止めの油は仕方ありませんよ」


「で、これってどのくらい固い物なんでしょう」


「相手がよっぽどの上手じゃなきゃ、剣や刀くらいは止められます。

 ナイフ程度の小さい得物なら、手も足も出やしません。

 槍も止められはしますけど、壊れちまって抜かれる事がありますよ」


「壊れる?」


「とんがった奴でがつんと突かれると、この鎖が壊れちまうんですな。

 で、鎖と鎖の間が空いちまうってわけです。

 剣とか刀の突きでも、思い切り体重乗っけられたら、突き抜けちまいますよ。

 ま、一瞬止めはしますから、さっと後ろに飛び退けば平気です」


「ははあ。つまり、重い突きに弱いと」


 細かく編まれた鎖を、覗き込んで見る。

 なるほど、この輪が外れて、崩れてしまうわけだ。


「じゃあ、矢にも弱い?」


「短弓くらいなら止めてくれますが、長弓や弩だと抜けちゃいますね。

 ま、そもそも長弓や弩は甲冑も抜けますから、当然っちゃ当然ですよ」


「そりゃそうですね」


 アルマダが言っていた通り、短弓くらいは止められるのか。

 肩の部分を持って、ばらっと下に広げる。

 半袖で、腰より少し下までの長さ。

 前が開き、皮紐で、ちょん、ちょん、ちょんと止めていく形。

 袖の先の所に金具がある。ここに腕の部分をつなげるわけだ。

 内側と襟に布が張ってあって、擦れないようになっている。


「ううむ、柔らかいから、やはり殴られると弱い?」


「ええ。刃物も止められるとは言っても、斬られないだけです。

 止めても、がっつん! とはきますよ。

 大剣みたいな大物だと、止められずに普通にばっさりです」


「大剣なんか甲冑着てても、があん、とくるでしょうからね。

 慣れた人は、甲冑ごと斬っちゃいますし」


「そういう事です」


「じゃあ、ちょっと着てみます」


「髪の毛を引っ掛けないように、お気を付けて下さい」


 開いて、袖を通してみる。

 内側の布部分はさらっとした感じで、涼しそうだ。


「おっと!? これはまた・・・」


 ずしっと肩に来る。

 甲冑と違って柔らかいから、重さが肩に乗るわけだ。

 アルマダが「肩が凝る」と言っていたのはこれか。


「ううむ、肩に来ますね。友人が肩が凝ると言っていましたが・・・」


「でしょう。全身着けると、それが全部肩に乗りますよ」


「腕の部分もありますか?」


「ええ、これです」


 店主が横に置いてあった袖の部分を取り、マサヒデの腕を通す。


「で、こいつをこの金具の所に引っ掛ける、と」


 かち、と金具を留め、店主が手を離す。

 ずしっと来て、身体が傾く。


「お!?」


「で、反対側も」


 ずっしりと肩に乗る。


「ううむ・・・これは重いですね」


 アルマダは普段こんな重さを着ていたのか・・・


「で、これが手甲の部分で」


「え」


 店主がにやにや笑いながら手甲の部分を持って来て、マサヒデの手に通す。


「こう、ここの紐に指を通しまして」


「はあ」


「で、この上の所の紐を軽く締めます、と。これで抜けません」


 店主が手を離すと、ぐっと手が重くなる。


「おお、これもずっしりと」


「さ、ちょっと手を振ってみて下さい」


 振り回してみると、確かに抜けない。

 が、腕の先が重くなる分、振り回される。


「むう・・・」


「トミヤス様は刀をお使いですし、こんな風に手の平が出てる方が良いでしょう」


「ううむ、しかし重いですね」


「その分、得物の振りに重さも乗るわけですよ」


「あ、確かに! そうか、この手甲の重さが乗るわけだ・・・

 なるほど、守るだけでなく、そういう役目もあるのか」


 マサヒデは痩せすぎという訳では無いが、細身で軽い方だ。

 自然と、振りの質も軽くなる。

 この重さが乗れば、振りがもっと良くなるはずだ。

 手甲の部分は、軽くしなくても良いかもしれない。


「カオルさん、これどうでしょう」


「良い物かと」


「では、ご店主。こちらを頂きます」


「ありがとうございます」

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