閑話 傾奇者

第24話 傾奇者


 翌朝。


 マサヒデ、カオル、シズクの3人は、アルマダのいるあばら家へ向かった。

 アルマダだけでなく、騎士達の着込みも一緒に運んで来ようと出てきたのだ。

 鎧なら場所をとるが、着込みだけなら問題なかろう。


「ん?」


 広場の噴水の向こうが騒がしい。

 すたすたと歩いていくと、派手な格好をした者達が何やら大声を上げている。

 屋台が壊され、果物が転がっており、店主が倒れている。


「あ!」


 シズクが走り寄って、店主を抱き起こす。

 周りの人々は、げらげらと笑う派手な格好をした者達を見て怯えている。


「あれは・・・」


 マサヒデとカオルの目がすっと細められる。


「ご主人様、傾奇者ですね。全く、傾奇者の意味を取り違えて・・・」


「ふう。祭で奉行所も忙しく廻っているでしょうに、よく顔を出してきましたね」


「どうされます?」


「ふむ。ちょっと、痛い目にあってもらいましょうか。

 カオルさんは、ラディさんを呼んできてもらえますか?

 朝早くに悪いですけど」


「は」


 カオルが茂みにすっと入って消えていった。


「ひゃーはははー! 俺たちゃ天下一の傾奇者よー!」


「う! なんじゃこりゃ! ひでえ味だぜ! ぺっ」


「うぇ! すっぺえな! おい! 詫び料出しやがれ!」


「ははは! ばっかだなおめえら! 寝てるから聞こえねえって!」


 気を失った店主を抱え、ぎらりとシズクの目が光る。

 ぽん、とマサヒデが傾奇者の肩に手を置く。


「おやめなさい」


「ああーん?」


 傾奇者達の顔がマサヒデを向く。


「なんだあーてめえわぁー?」


「ね、喧嘩売ってんの? 何々? 喧嘩売ってんの?」


「てめえこの町のもんじゃねえな? じゃなきゃ俺ら知らねえ訳がねえもんな!」


「はっはァー! 俺様達があの自緯度(じいど)組よ!」


「さて。知りませんね」


 げらげらと傾奇者達が笑い出す。


「だーははは! 聞いたか! こいつ田舎者だぜ!」


「何々? どこ村出身? 大根好き? やっぱ何とかだっぺとか言ってんの?」


「ね、りんご食べる? 甘くないけど。あげちゃう」


「な、悪いこと言わねえから、村に帰れって。俺達、田舎者には優しいから」


(汚い顔だ)


 マサヒデを見ながら、へらへら笑う傾奇者達の顔。

 最初は軽く叩きのめしてやるだけのつもりだったが・・・


「金を払い、壊した屋台を直しなさい」


「あ?」


「怪我をした主に、詫びなさい」


 お? と傾奇者達の笑いが変わる。


「ほお・・・言うねえ」


「さあ。早く」


「へひゃーはは! 嫌でーす! ひゃはははー!」


「おお、いい事思いついたぜ! こいつの財布から出してもらえば万事解決!」


「お! お前頭いいな! 釣りはもらっとこうぜ!」


「おう、財布出しな!」


 マサヒデを見ていた町人がひそひそと話し出す。

 あれ、トミヤス様じゃないのか? トミヤス様だ。


「?」


 声が聞こえたのか、ん? という顔をして、マサヒデを見る傾奇者。


「おめえ・・・トミヤスか?」


「はあ?」


「こいつがか?」


「んなわけねえだろ? こんな細っこい奴が」


 くい、とマサヒデが笠を上げる。


「はじめまして。マサヒデ=トミヤスと申します」


「う!?」


「本物か!?」


「いや、顔は知らねえ」


「てめえコラ! フカシこいてんじゃねえ!」


「・・・」


 後ろで立ち上がったシズクに、こくん、と頷く。

 シズクはにやっと笑って座った。

 ちら、と目を後ろに向けると、ラディとカオルも来ている。


「もう一度だけ、言いますよ。

 金を払い、壊した屋台を直しなさい。怪我をさせた主に、詫びなさい」


「てっ! てめえわぁー!」


 傾奇者の1人が刀を抜いた。


「お、おい! おいおいおい!」


 慌てて周りの傾奇者が抜いた傾奇者の腕を掴む。


「やったらあー! 俺が天下一の傾奇者よ!」


「・・・ふう、仕方ありませんね・・・」


 くるっと周りを見渡し、マサヒデは声を上げた。


「この喧嘩、買った! 皆さん! 証人になって下さい!」


 わあー! と周囲の町人から声が上がった。

 周りの傾奇者達は、後ずさりして下がる。


「う・・・」


 自分が先に抜いた。

 こちらから売った喧嘩を、堂々と買われた。

 殺されても、非はない。

 周りの町人の皆が証人。

 が、ここで引いたりしたら、傾奇者としては生きていけない。


「うむっきぇえー!」


 傾奇者の剣が上段に振り上げられた。

 マサヒデが抜き打ちに、傾奇者の小手を薙ぎ払う。

 傾奇者の腕だけが振り下ろされ、びちゃちゃっ、とマサヒデの笠と服に血が飛ぶ。


「ん? あれ?」


 ことん。ごとっ。

 傾奇者の手首から先が刀を握った形のまま、頭に落ち、肩を転がって地に落ちた。

 きん、と音がして、刀が跳ね、転がる。


「ん? ん? なんだ?」


「お、おい・・・お前、それ、お前の、腕、腕・・・」


「腕? 腕って? あれ? あー! 腕! 腕がないよ!? 俺の腕がぁー!」


 落ちた腕が血溜まりを作り、傾奇者の腕から血が吹き出ている。

 斬れた腕の切り口を見て、大声を上げる傾奇者。


「きゃーっ! 切れちゃった! 切れちゃったよー!」


 真っ青な顔で、仲間を振り向く傾奇者。

 周りの傾奇者達も、顔を蒼白にしている。

 マサヒデは振り返り、


「ラディさん」


 と声を掛ける。

 ラディが歩いてきて「ひ、ひ」と声を出す傾奇者の腕に手を当てる。

 すー・・・と腕に流れた血が入っていき、落ちた腕がぴたりと付く。


「あ、あれ? あれ? 腕があるよ? 腕、戻っちゃった?」


 ラディがすたすたと歩いて、マサヒデの後ろに下がる。


「さ、やりますか」


「え? やる? やるって何?」


「抜いた以上、決着はどちらかの死以外にありません。さ、続けましょう」


「嘘!?」


 しゅ。

 マサヒデの刀が振られ、また傾奇者の腕がどさっと落ちる。


「じゃないのおー!? えー!? また!? また腕なの!? 俺の腕ー!」


「ラディさん」


「はい」


 また、傾奇者の腕がくっつく。


「さ、やりますか」


 傾奇者は腰を抜かし、どさっと尻もちをついて、ぶんぶん手を振る。


「もういい! もういいよ! 俺の負け! 負けだから!

 ねっ? ねっ? 許してっ! お願い!」


「抜いた以上、決着はどちらかの死以外にありません。さ、続けましょう。

 ほら、あなたの刀はそこにあります。拾って下さい」


「い、嫌だ! そんなの嫌ー! 助けて! 許して!」


「だめです」


「そん」


 ひゅん。

 マサヒデの刀が振り下ろされ、額から顎まで、浅く斬った。


「なっぱあーっ!」


「ラディさん」


「はい」


 だらだらと傾奇者の顔から血が流れ、顎から落ち、ぺちぺちと派手な服に垂れる。

 すー・・・と傷跡を縦に残したまま、傾奇者の顔の切り口が閉じた。


「あれ? 生きてる? これ生きてるの? ね、ね、死んでない? 生きてる?」


 ぺたぺたと頭や顔を触る傾奇者。

 ラディがゆっくりマサヒデに顔を向ける。


「これでよろしいですか」


「ううむ。ま、良いでしょう。あなた、こちらの方の優しさに感謝しなさい。

 さて、と・・・」


 後ろで顔を蒼白にしている傾奇者達に顔を向ける。


「さ、やりますか」


「めめめ滅相もない!」


「そうですか。では、金を払い、壊した屋台を修理して、店主に詫びて下さい。

 怪我をさせたんです。詫び料も忘れずに」


「はいーっ!」


 ば! と土下座した傾奇者達を見て、マサヒデは刀を収めた。

 最初は声を上げた町人も、しーんと静まり返っている。


「ラディさん、朝早くから申し訳ありませんでした」


「いえ、構いません。そろそろ帰っていいでしょうか。

 もう、こんな輩の治癒はしたくありません」


 ラディは土下座してぶるぶる震える傾奇者達を見て、ふん、と顔を逸らす。


「お手数おかけしました。では、私達もこれで」


 ラディに頭を下げ、立ち去るマサヒデに、シズクとカオルが駆け寄った。


「マサちゃん優しいなあ! なんで首を斬っちゃわなかったのさ?」


「悪党をそんなに楽に殺すほど、私は優しくありませんよ」


「ふふふ。それにしても腕だけだなんて。やはりご主人様はお優しいですね」


「だね!」


「もう、そんなに褒めないで下さい。照れてしまいます。ははは」


 のんびり歩いて行く3人の会話を聞きながら、町人達が喉を鳴らした。


「とんでもねえこった・・・」


「トミヤス様ってあんなに怖かったんだな・・・」

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