第23話 下山


 翌日。

 日が沈み、薄暗くなった所で、やっと山を下りることが出来た。

 マツはさっさと飛んで帰ってしまった。


 街道まで歩いてきて、手前でぺたんとクレールが座り込む。


「うふう・・・疲れました。もう山は嫌です・・・」


 はあ、と息をついて、ラディも座り込む。


「マサヒデさん。厳しかったです・・・」


 座り込んだ2人を見て、マサヒデ達が笑う。


「ははは! 今回はまっすぐ登りましたから、きつすぎましたか」


「マサヒデさん、次から登山の訓練は、ちゃんと道を登らせてあげましょう」


「そうですね」


 ええ? という顔で、2人が顔を上げる。


「また登るんですか?」


「マサヒデさん・・・」


 こく、とマサヒデが頷くと、2人ががっくりと下を向く。


「はー・・・」「ふう・・・」


「しばらくは登りませんよ。今回は、ちょっと厳しすぎましたね。

 次は、楽しい所に連れて行ってあげます」


「楽しい所? どこですか?」


「今は暗くて見えませんが、あっちの方に森があります」


「山の次は森ですかあ?」


 クレールはうんざりだ、という声を上げ、へなへなと身体を倒した。

 ラディもぐったりと肩を落とす。


「ちゃんと人の手が入っていますから、全然きつくないですよ。

 登りませんし、少し奥まで行けば、川で釣りも出来ます。

 すごく綺麗な所なんですよ」


「釣りー? ・・・釣りですかあ・・・?」


「ははは! もううんざりって感じですね!

 実際に行ってみれば分かりますよ。お二人もきっと楽しめます」


「ほんとですかあ?」


「マサヒデさん・・・」


「大丈夫です。普通に野営を楽しんで、焚き火で魚でも焼いて」


 焚き火。

 クレールとラディの顔が固くなる。

 また蛇とか食べるのか・・・


「ふふふ。蛇にうんざりしましたか?」


「う!?」「え!」


 クレールとラディが、ば! と顔を上げる。


「ぷ! 顔を見てれば分かりますよ! ははは!」


 げらげらとマサヒデ達が腹を抱えて笑い出す。


「ひ、ひどい!」


「マサヒデさん! あなたは!」


「最初は誰だってああなりますよ! あはは!」


 クレールがきりきりと歯ぎしりをする。

 ラディも険しい顔でマサヒデ達を見回す。


「ふふふ、まあ、いい経験になったでしょう?

 野営というのは、ああいうものです」


「ぐく、く・・・」


「む・・・」


「さ、立って。あとはこの街道を歩くだけですから。

 帰ったら、マツさんの夕餉を食べて、ゆっくりと湯に浸かりましょう」


「・・・」


 むっつりと2人が立ち上がる。


「ふん!」


「・・・」


 クレールもラディも、つーんと顔を逸し、街道を歩き出した。

 歩き出した2人の背中を見て、またげらげらとマサヒデ達が笑う。



----------



 からからから。


「只今戻りました」


 マツが出てきて、手を付く。


「お帰りなさいませ」


 玄関の靴脱場に、水を張ったたらいが置いてある。


「ありがとうございます」


 固めた足を解いて、ぱちゃぱちゃと足を洗って上がった。

 後ろに続く皆も足を洗って上がってくる。


「皆様、夕餉の支度は出来ておりますよ。今日は豪勢に」


 居間に通ると、三浦酒天の弁当。


「おっ。これは良いですねえ」


「はんっむ!」


「へぁっ!」


 クレールとラディは変な声を上げて、ばったりと膝を付き、目を輝かせた。


「生きてて良かった・・・」


「ほんとに・・・」


 2人の目に涙が浮かぶ。


「ははは! じゃあ、荷を降ろして早速頂きましょう」


「はい!」


「すぐに!」


 荷を放り投げ、2人は弁当に飛びつく。

 ぱか。蓋を開けると、ふわりと広がる、弁当の香り。


「ああ!」


「う、う」


 2人の様子を見て、皆がげらげらと笑う。



----------



 食事を終え、皆がギルドの湯に行った。

 マサヒデ、マツ、アルマダが残る。


「では、マツさん。ちょっと私達を閉じ込めて」


「はい」


 すっと音が消える。

 マサヒデとアルマダの顔が厳しい顔になる。


「わざわざ閉じ込めてもらったのは、絶対に誰にも聞かれたくない話だからです。

 祭の目付けから、魔術師協会の役人に、聞かれてしまうかもしれないので」


「はい」


「この魔剣なんですが」


 す、とマサヒデが腰から魔剣を抜く。

 アルマダとマツの目が魔剣に向く。


「実は、ちょっと怖ろしい力を持ってる可能性がありまして」


「と、言いますと」


「これ、どんな形にも変わりますね」


「はい」


「魔神剣になったとします」


「はい」


「そうしたら・・・雷を放ったり、出来ると思いますか」


 マツがぎくっとして、目が見開いた。


「も、もしかして・・・」


「ばんばん魔術を使っても全く減らないくらい、持ち手に魔力を送る・・・

 そんな力、あってもおかしくないと思いませんか」


「・・・」


「魔王様は、この可能性にお気付きだったでしょうか。

 すぐに確かめたい所ですが、あの通信で確かめるのも怖い。

 盗み聞きの可能性がある以上、通信で確認を取るのは危険です。

 そんな力はない、と答えが返ってくれば良いですが・・・

 それには気付かなかった、と返ってきたら。それを盗み聞きされたら」


「確かに・・・」


「贈答品として使え、と渡された品。

 我々が見て思ったように、確かに魔剣に相応しい力はある。

 だが、とても扱えない物。

 そう思っているだけか・・・それとも、この可能性に気付いて確認したのか」


 くるう・・・とゆっくり手首を回し、立てたナイフの形の魔剣を見る。

 マサヒデの手に、魔剣からもやもやと黒い霧が垂れている。


「・・・マツさん。あの魔術の通信を使わず、今すぐ魔王様に連絡を取る方法は」


「ありません」


「ふむ・・・ラディさんに、試してもらいますか?

 ラディさんは父上の秘蔵の3本を持った。

 抜きはしませんでしたが、ラディさんならしっかり像を浮かべられるでしょう。

 確認をするつもりはありませんでしたが・・・」


「マサヒデ様、私も三大胆を持たせてもらいましたが」


「三大胆は、反射した光を当てた物を、何でも斬れるようになる力。

 この魔剣で作った刀は恐ろしい斬れ味だ。区別がつきません。

 そもそもこの魔剣、見ての通り光を反射しませんし」


「確かに・・・ううん」


 は! とマツが顔を上げる。


「あ、マサヒデ様! 私、道場でお父上と立ち会った時に見ました!

 三大胆は、呼ぶと飛んで戻って来ますよ!」


「手から離れたら、元の形に戻ってしまいます。その力では試せませんよ」


「あ・・・そうでした・・・」


「マサヒデさん。もし、そんな力があったら・・・

 しばらく、ここに封印するのはどうでしょうか。

 誰の手にも渡らない事は、間違いありません。

 そうしておいて、魔王様に連絡して厳重な警備での運搬を頼みます。

 向こうに着いたら、魔の国で封印してもらえば」


「封印・・・か・・・」


 3人の目がじっと魔剣に注がれる。


「ま、知られてさえいなければ、どんな力があっても問題ないんですけどね。

 力を使わず、ただ魔力の補給として使ってれば良いだけですから」


 す、と魔剣を収める。


「数日・・・数日、待ちましょう。

 狙ってくるなら、場所が分かっている今のうちに、すぐに来るはず。

 狙われてないと分かったら、この空間でラディさんに試してもらいますか。

 力があっても、バレなければ良いんです」


 ことん、と魔剣を置く。


「では、マツさん。しばらく、これはここに置いておきますね。

 もし狙われていたら、危険ですから」


「はい」


 空気が変わり、周囲の音が戻る。

 置かれた魔剣が消えている。


「では、我々も湯を借りに行くとしましょうか」


「ええ。疲れましたね。今日は良く眠れそうだ」


「私も疲れてしまいましたね・・・

 あ、ハワード様、皆様の靴を持ってきて下されば、軽くしますよ」


「本当ですか? 助かります。あ、もしかして鎧も軽く出来たりしますか?」


「出来ますけど、鎧みたいに大きくて重い物は、ちょっと時間がかかりますよ。

 場所もとりますから、1着ずつしか出来ませんが」


「ちょっと、と言いますと、どのくらいでしょう?」


「ううん、鎧の重さと、どのくらい軽くするかにもよりますけど・・・

 あのくらいの軽さにするには、1週間・・・いや、10日くらいでしょうか?」


「え!?」


 マサヒデもアルマダも驚いてしまった。

 羽のように軽い鎧が、たった10日で・・・


「でも、ハワード様、鎧は軽くしちゃっても良いんですか?

 簡単に吹き飛ばされて、転ばされそうですけど」


「いえ、大丈夫ですよ。ああ見えて、私達の全身鎧は結構動けるんです。

 着たまま、泳ぐことも出来ますよ」


 マツが驚いて声を上げる。


「ええ!? あんな鉄の塊を着てですか!? 沈まないんですか!?」


「ふふ、驚きましたか? 私は宙返りだって出来ますよ」


「宙返りまで!?」


「ははは。少し良く出来た全身鎧なら、結構普通に動けるんですよ。

 さすがに動きは重くなりますし、制限もされますけどね。

 全身鎧の欠点は、重さと暑苦しさでの体力の消費なんです」


「な、なるほど?」


 泳げて宙返りが出来て、それで重くて動きが制限されてるとは?

 全身鎧って、一体どんな物なんだろう・・・


「アルマダさん、まず着込みの方を軽くしてもらった方が便利じゃないですか?」


「ああ、確かにそうですね。出る時はほとんどいつも着てますし。

 じゃあ、まず着込みをお願いします。

 今日は登山で着てきませんでしたが、明日持ってきます」


「お待ちしております・・・」

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