第22話 焚き火を囲んで


 食事が終わり、皆、まったりと焚き火を囲んで身体を休める。


 ぱちぱちとはぜる火花の音。

 そよぐ風が、火を揺らす。

 銀の髪が、火の灯りできらきらと輝く。


「ああ・・・火は神聖な気持ちになりますねえ・・・」


 満天の星空。

 輝く月。

 ひんやりとした夜の山で、温かい焚き火。

 美しく整えられた黒髪が、月の明かりを受けて輝く。


「ええ・・・本当に・・・」


 はねる火花の音。

 顔に当たる火の熱。

 磨かれた眼鏡のフレームが、揺れる火できらきらと光る。


「仕事しないと・・・」


 ぷっ! とアルマダが吹き出した。


「ちょっとホルニコヴァさん、雰囲気ぶち壊しじゃないですか! ははは!」


「は! これは・・・申し訳ありません。

 火を見ていると、どうしても仕事って気分に・・・」


「あはははは!」


 げらげらと笑いながら、シズクが転げ回る。

 皆もくすくすと笑う。

 マサヒデも笑ってしまう。


「ははは。ラディさん、今くらいは仕事を忘れて下さいよ」


「は・・・」


「ラディは真面目だなあ! あははは!」


 マツが笑いながら、


「くす。じゃあ、仕事を忘れに行きましょう。

 裏に、露天風呂を作ったんですよ」


「え!」


 がば! とシズクが身体を起こす。


「あの裏の壁は、あれは露天風呂だったのですか?」


 ぴく、と棒手裏剣を磨いていたカオルも手を止める。


「ええ。皆で入りましょう。

 あ、マサヒデ様とハワード様は後ですよ」


「ははは! 分かってますよ。覗いたりしませんから」


「マサちゃんなら覗いてもいいよ! あははは!」


 少し申し訳無さそうに、カオルは手の棒手裏剣に目を戻した。


「奥方様、せっかくのお誘いですが・・・

 私、顔や身体を見せられませんので・・・申し訳ありません」


「あら、そうだったんですか? まだ正教員ではないのでしょう?

 養成所も厳しいものですね」


 ん、とシズクはカオルに顔を向けて、


「ちょっと待ってよ。じゃあ、いつも見ているメイドの顔も変装?

 てことはさ、今のその顔も変装?」


「はい」


 え? という顔で、クレールとラディもカオルを見る。

 カオルが顎の下に人差し指を当て、そっとに前に出すと、ぺり、とほんの少しだけ仮面が剥がれた。


「ええー!?」


 仰天して、3人がカオルに顔を寄せる。


「皆さん、忍の顔がバレたら、仕事にならないでしょう」


 そう言って、アルマダはごろっと仰向けに寝転がる。


「ここにいる皆が、カオルさんの本当の顔は知らないんですよ。

 知ってるのは、マサヒデさんだけですよ」


 にやにやしながら、アルマダがマサヒデを見る。


「マサヒデさん。初めてギルドで会った時、顔を見せてもらいましたよね?」


「そうでしたっけ。ううむ。カオルさん、見せてくれましたっけ」


 本当は覚えているが、忘れるという約束。

 それにしても、あの自己紹介は衝撃的だった。

 忘れられるわけがない。


「いえ。ご主人様にも見せてはおりません」


「マサヒデさん、カオルさん、とぼけないで下さいよ。

 マツ様の秘密を忘れるのと交換に、顔を忘れるって話した事、覚えてますよ」


「そんな話、しましたか? カオルさん、覚えてます?」


「ううん・・・ありましたかね?

 申し訳ありません、ちょっと・・・良く思い出してみます」


 とぼける2人をみて、アルマダはにやにや笑っている。


「ハワード様! マツ様の秘密って、何ですか!?」


 クレールがぐぐぐっと寝転がったアルマダにの上に顔を被せた。

 勢いに驚いて、アルマダが声を上げ、


「おおっ!? 秘密ですから、ここでは口に出しませんけど・・・

 クレール様はもうご存知ですよ。あれです。忘れちゃったんですか?」


 あ、ぴんときた。


「あ・・・あー、あれ、あれですか・・・」


 マツが魔王様の娘だと言う事を、ラディとシズクはまだ知らない。


「ハワードさん、マツさんの秘密って何? 教えてよ」


「シズクさん・・・クレール様もですが、御本人がそこにいるじゃないですか。

 私より、御本人に直接聞いてみたらどうです?」


 にや、とアルマダがマツに笑う。

 マツもにやにやしている。


「確かに! マツさん! 何を秘密にしてるの!?」


 がば! とシズクがマツに詰め寄る。


「うふふ。秘密です」


「そーんなあー! 気になるじゃないか! 教えてよー!」


「シズクさん。良い女という者は、いくつも秘密を持ってるんですよ」


「いくつもあるの? じゃあ、ひとつだけ! 椎茸のお礼だと思って」


 シズクがぱちん、と手を合せ、マツに頭を下げる。


「だめですよ。教えたら、秘密じゃなくなっちゃいます。それに・・・」


「それに?」


 顔を上げたシズクに、マツがにやりと凄みのある笑顔を向ける。


「世の中・・・知らない方が良い、という事も多いのですよ? うふふ」


「うっ・・・」


 たじろいだシズクを見て、ふふ、とマツの笑顔が柔らかくなる。


「じゃあ、クレールさん、ラディさん、シズクさん。お風呂に入りましょう」


「出たら、眠くなくても寝袋に入って下さいね。

 夜の山だと、すぐ風邪をひきますよ」


「承知しました。皆さんが入れるよう、湯の温度が持つようにしておきます」



----------



 マツ、クレール、シズク、ラディの4人が風呂できゃあきゃあ言っている。

 マサヒデもアルマダも寝転び、カオルは棒手裏剣を磨いている。


「カオルさん」


 ぽつん、とマサヒデが小さな声でカオルに話しかける。


「筆、持ってますか」


 懐から筆を出し、マサヒデに渡す。


「すぐ燃やして下さい」


 マサヒデが懐紙を出し、ささっと書いて、裏向きにしてカオルに渡す。

 その様子を見て、すう、とアルマダの目も変わる。


 『今晩より数日警戒

  目付け帯

  見られたかも』


 一瞬で読み、ぐっと握って懐紙を丸め、火にくべる。

 3人の空気が張り詰める。


「承知しました」


 警戒が必要。こんなに早く。

 あの魔剣は、役立たずではなかった、という事か。

 それとも、別の何かがあったのか、何かがあるかもしれないのか。

 先程の実験で、私達には分からなかった、何か。

 もし見られていて、それに気付かれたら、すぐにでも狙われそうな、何か。


 すっとマサヒデが笑顔で筆を差し出す。

 受け取って、懐にしまう。

 雰囲気が元に戻る。


「ま、そういう事です。お手数おかけしますが」


「は」


 カオルは棒手裏剣を取り出し、磨き始めた。

 磨かれた棒手裏剣が、月明かりを反射してきらめく。

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