第20話 がっかりな魔剣?・4


 少し離れた所で、マサヒデがそっと辺りを見回し、ラディに顔を近づける。

 一体、何の話だろう?


(ラディさん。誰にも見られないよう、口を隠して。唇を読まれたくない)


 何の話だ? やけに慎重だが・・・

 言われるまま、ラディは口を隠す。


(ラディさん。この魔剣、私達はまだ真の力を見つけていないかもしれません)


(真の力?)


 真の力とは?

 ラディが胡乱な顔をする。

 まだ、隠れた力があるのだろうか。


(この魔剣、どんな形にもなりますね)


(はい)


(もし、魔神剣や月斗魔神の形になったら)


 なったら、何だろう?

 マサヒデが何を言いたいのか、分からない。


(もしかして、の話しです。もし・・・その力まで、再現出来てしまったら)


「うっ!?」


 ラディの目が見開かれ、背を反らす。

 もし、あのような危険な剣の力まで再現出来てしまったら・・・

 他の魔剣の力まで、再現出来てしまったら・・・

 これ1本で、全ての魔剣や称号を持つ武器の力が使えてしまう。


 身体が硬直し、ラディの顔に、ぶわっと汗が吹き出る。

 は! として、きょろきょろと辺りを見回す・・・誰もいない。

 そっとマサヒデに口を近付け、手で隠す。


(マサヒデさん、もし、もし、そうだったら、これは、この魔剣は)


 こく、とマサヒデが頷く。

 ラディの喉が鳴る。


 マサヒデの顔は、冗談を言っている顔ではない。

 私を元気付けようとしているという顔でもない。

 本気で、危険を警告している。

 ラディは顔から血の気が引いていくのを、はっきり感じた。


(危険すぎます。

 もし、そんな力があったら。

 もし、これを扱える程の者がこれを持ったら。

 もし、その者が、悪意を持つような者であったら・・・大量の人が死ぬ)


 ガタガタとラディの身体が震えだす。

 もし、そんな力があったら・・・


(実際に試したわけではありませんから、もしかして、という話です。

 しかし、この怖ろしい程の魔力。可能性は十分にあると思えませんか)


(わわ、私も、そう思えます・・・)


 マサヒデは、震えるラディの顔の前に左腕を上げ、とんとん、と手首を指で叩く。


(ラディさん。私には、勇者祭の目付けの帯がついています)


(は、はい)


(先程の実験は、役人に見られていたかもしれません)


「え!」


 ラディは仰天して、マサヒデの手首を見つめる。

 驚いて、声が上がってしまった・・・

 し、とマサヒデが口に人差し指を当てる。


(しかし、見られていた、としてもです。

 武器としては、ほとんど誰にも使えない。

 魔力が減らないだけで、さほどの脅威にもならない便利道具。

 そのように認識されただけなら、全然問題ありません)


(は、はい、確かに)


 全然使えない魔剣だ・・・と、ラディもがっかりしてしまったのだ。

 確かに、見られていたとしても、そう認識されているだけなら平気だろう。


(しかし、もし、ですよ。もし、今話したような力があったら・・・

 必ず、世界中がこの魔剣を狙ってきます。

 この小さな魔剣の為に、戦争が起こってもおかしくない力です)


(私も、私も、そう、思います)


 マサヒデは顔を上げ、もう一度、辺りを見回す。

 ラディも周りを見回す。


(そんな力はないかもしれません。しかし、ある可能性も十分。

 もしそんな力があったら、我々だけの身の危険で済む話ではなくなります。

 だから、ここでそんな力があるかどうかの確認はしません。いいですね)


(はい、はい・・・)


(この可能性については、絶対に口外しないで下さい)


(絶対に、絶対に口外しません)


 真っ青な顔で、ラディがこくこくと頷く。


(可能性がある、と気付かれるだけで、狙われるには十分です。

 役人が見ていなかった。もしくは、見られたが、この可能性に気付かれていない。

 もう、こう願うしかありません。役人の口から漏れたら、どこに届くか・・・

 この可能性に気付いているのは、私とアルマダさんとラディさんだけです)


 ちら、とマサヒデはアルマダを見る。

 アルマダが、建物の壁に腕を組んでもたれ掛かり、こっちを見ている。

 ラディも顔を上げ、ちらちらと周りを見てから、険しい顔のアルマダを見る。

 2人はまた顔を寄せた。


(正直な所、あなたには話すかどうか迷いました。危険な話だからです。

 しかし、話しておかねばならない、と思いました。

 あなたは、この魔剣を手掛けた人物だからです。

 私は、あなたはこれを知っておくべきだ、と思ったからです)


(はい)


(同じ理由で、お父上にもお伝えしようかと思いました。

 しかし、お父上に話すかどうかは、あなたの判断に任せたい。

 話すべきではない、知るべきではない。そうお考えなら、先程の結果だけを。

 色々な形に変わる。怖ろしい斬れ味の刀になる。

 だが、余程の達人でないと扱えない、我々ではとても、という・・・

 がっかりしてしまうかもしれませんが)


(分かりました)


(ラディさんには、数日の間、レイシクランの忍を護衛を付けます。

 父上並・・・剣聖並の者でなければ、彼らには敵いません。安心して下さい。

 窮屈な思いをするかもしれませんが、構いませんね)


(はい)


(気付かれているなら、行方がはっきりしている今のうちに、即動くはずです。

 あと数日、何も動きがなければ、おそらく気付かれていません。

 もし気付かれていたら、早ければ今夜にでも来ると思います。

 しかし、カオルさんもレイシクランの忍もいますから、ここは大丈夫です)


(は、はい)


(もし、狙われていると分かったら、緊急連絡で国王陛下・・・

 いや、魔王様に連絡して、即封印をしてもらいます。

 我々はこの魔剣を手放す事になりますが、よろしいですね)


(はい。構いません)


 ふう、と息をつき、マサヒデは顔を上げた。

 ラディも長く息をついてから、顔を上げた。

 アルマダが、先程と同じように、じっとマサヒデ達を見ている。


「これが、魔剣なんですね。危険な代物だ」


「はい。とても、危険です」



----------



 険しい顔のアルマダの所に歩いて行く。

 アルマダが、ちら、と後ろのラディに目を向ける。

 目付きが鋭い。


「マサヒデさん。良いんですか」


「構いません。ラディさんには、知る権利・・・いや、知っておいてほしかった。

 ラディさんは、この魔剣を手掛けた方なんですから」


「そうですか・・・いや、そうですね。で、お父上には」


「ラディさんの判断に任せたいと思います」


 こくん、とアルマダが頷く。

 す、と目の鋭さが消え、いつもの笑顔に戻る。


「では、暗くなってきましたし、火を焚きましょうか」


 アルマダが薪の束を持って来る。


「ラディさんは、火の起こし方は・・・分かりますよね」


「私の家は、鍛冶屋です」


 薪を組み、小さな枝を置き、枯れ草をもしゃもしゃしてから置く。

 火打ち石で、かちっ、かちっ。

 枯れ草に火花が飛ぶ。


「ふ、ふー、ふ・・・」


 枯れ草に火が着く。

 小枝の下に入れ、もう一度。


「ふー・・・ふー・・・」


 ぽ、と火が小枝に着いて燃え上がり、組まれた薪を焦がす。


「さすがです。手慣れたものですね」


「いえ」


 しばらくすると、薪に火が着き、辺りが明るくなった。

 がさ。


「!」


 マサヒデとアルマダが膝を立て、くい、と鯉口を切る。

 ラディもばっと振り向く。


「おー待たせー!」


 大きな袋を片手に上げたシズク。

 ぱさ、ぱさ、と髪を払い、にこにこしながら近付いてくる。


「うっふふーん。大量だよ!」


 ふ、と息をつき、3人は腰を降ろす。


「何か大物でも?」


「これ見てよ」


 袋を開けると、いっぱいの椎茸。

 ふわっと椎茸の香りが広がる。


「お! これはすごい!」


「早速焼こうよ! 外で食べると美味しいもんね!」


 どすん、と火の前に座り、椎茸をぷすぷすと枝に刺し、塩をかけて並べていく。

 声を聞いたのか、マツとクレールもやってくる。


「シズクさん、おかえりなさい」


「わあ! この匂いは椎茸ですね!」


「そうだよ! ほら、この袋見てよ!」


「すごい! こんなにたくさん!?」


 マツもクレールも、袋を覗いて驚いた。


「さ、マツさんもクレール様も、座って焼こうよ!

 焚き火で焼いて食べるのが、そりゃもう美味しいんだよ!」


 よいしょ、とマツとクレールがシズクの横に座る。

 渡された枝に差された椎茸を、焚き火の横にさくっと刺して立てる。


「シズクさん、焚き火の方が美味しいんですか?」


「そうだよ、クレール様。

 レストランのより、焚き火で焼いた方が、ぜっ・・・~~たいに! 美味い!」


「ほんとですか!?」


「ふふ、クレールさんも試してみて下さい」


 す・・・

 暗闇から、音もなく滲み出るように、カオルの姿が浮かび上がる。


「お待たせしました」


「あ、カオルさん。ちょうど良かった」


「ふふ、シズクさん。この勝負、私の勝ちですね」


 どさ、と紐に結ばれたリスと蛇とネズミが放り投げられる。


「何言ってるんだよ。こっちは袋いっぱいだぞ?」


「ふふふ。シズクさん、獲物は何匹捕れたんですか?」


「見ろよ、この袋。いっぱいだぞ!」


「『何匹』、捕れたんですか?」


「あっ・・・いや、ない・・・」


「ふふふ。私は12匹捕れました」


「ははははは!」


 膝を叩いて、マサヒデとアルマダが笑い出す。

 くす、とマツとクレールも笑う。


「ぐむむ・・・」


 椎茸は大量に採れたが、確かに獲物は1匹も捕れなかった・・・

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