第8話 ジロウとの立ち会い・2


 道場の真ん中に、2人が立つ。

 背は同じくらいだが、厚みが違う。


「トミヤス流、アルマダ=ハワードです」


「アブソルート流、ジロウ=シュウサンです」


 2人が頭を下げる。

 顔を上げ、2人とも正眼にぴたりと構える。


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


(ううむ・・・)


 マサヒデは腕を組んだまま、動かない2人を見る。

 道場では、アルマダの本来の力が発揮されない。

 広い場所で、大きく走りながら。

 以前、そのアルマダの打ち込みを受け、はっきりと死を感じた。


 一歩、アルマダが下がる。

 ぴったりと間合いをそのまま、ジロウが前に出る。

 もう一歩下がる。

 ジロウもぴったり一歩。


 下がってはいるが、押されてはいない。


 アルマダが一歩出る。

 ぴったりと、ジロウも下がる。


 すっとアルマダの剣先が一寸ほど下がる。

 ジロウの剣先は一寸ほど上がる。


(突けるかな)


 じりじりとアルマダが前に出て、ぐっと踏み込んだ。

 ジロウの剣先が落とされた。

 アルマダは踏み込んだだけで、剣は残ったまま。


「おお!」


 思わずマサヒデは声を上げる。

 ジロウの剣は空を斬り、残されたアルマダの剣がぐっと突き出された。


「う!」

 

 くるりと身体を回したジロウの袖の上を掠め、アルマダの突きが通る。

 先に踏み込んだアルマダの体はもう出来ていた。

 身体を回しながら、ジロウの顎に向かって斬り上げ。

 ぴた、と顎先でアルマダの剣が止まる。


 両刃の剣だから出来る斬り上げ。

 見事な攻めだ。


「・・・参りました」


 ほんの少しのけぞったジロウが、小さく声を上げる。

 ふうー・・・と細く、長く息を吐き、アルマダが剣を下げた。


「ありがとうございました」


 礼をして、アルマダは下がってきた。

 数分の立ち会いだったが、すごい汗をかいている。


「すごい!」


 ぱちぱちとシズクが拍手をする。


「ぎりぎりでした。得物が剣でなければ、私が負けていました」


 アルマダは険しい顔で、まだのけぞった体勢のまま固まっているジロウを見る。

 ジロウは驚いてはいるが、アルマダのように汗だくではない。

 まだ、余裕があるのだ。


「もう、私はシュウサン殿には勝てないでしょう・・・」


「では、私が」


 す、とマサヒデが立ち上がる。

 ジロウも、ふう、と息をつき、身を正して立つ。


「トミヤス流、マサヒデ=トミヤスです」


「アブソルート流、ジロウ=シュウサンです」


 2人が頭を下げる。

 頭を上げ、ジロウは正眼に。

 マサヒデは剣を垂らし、無形に。


「よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


 2人とも、じっと動かない。


(あ、これは負けたかな)


 ジロウは剣を交える前に、負けを感じた。

 マサヒデの身体から、完全に力が抜けている。


 ジロウはぴったり正眼に構えたまま。

 マサヒデを前に、ほんの少しだけ、身体が固まっているのを感じる。

 これは負ける。


 参った、と口にしようとして、飲み込む。

 稽古なのだ。思い切りいこう。


 上段に構え直す。

 思い切り、打ち込もう。


「おおう!」


 腹から声を出し、思い切り!

 振り下げた時、マサヒデが跳び上がるのがジロウの目には見えた。

 高くは跳んでいない。

 膝を抱えるように跳んで、斬り下げの軌跡から外れた。

 飛び蹴り! と思い背を反らそうとした瞬間、ジロウはぐっと前のめりになった。


 一瞬、木刀が重い物が上から乗せられたような感触。

 その後、ぐん! と急激に重さを感じ、押し付けられるように木刀が手を離れる。

 転びそうになり、手を付く。床が目の前。

 かん! と音がして、ジロウの手にあった木刀が床を跳ね、頬を掠めて跳ねる。


(これは足譚!?)


 シズクの棒の上なら立てるが、本来は乗って立つような技ではない。

 ふわっと足を乗せ、瞬間ぐっと膝と背を伸ばす。自然と身体が跳ぶ。

 得物が下に押され、落ちる。落ちなくても、確実に相手を崩す。

 長物の先に乗って、相手の得物をがくんと地に落とし、崩す。

 マサヒデが跳び上がるのは、こういう技だ。


 顔を上げると、マサヒデが少し離れて立っている。

 先程と変わらず、たらん、と剣を下げたまま、立っている。


「これは・・・参りました・・・」


 ふうー、とマサヒデも息をつく。

 身体の力こそ抜けていたが、何戦も真剣勝負をしたような気疲れ。

 終わってみれば、どすんと重い石を置かれたように、背中が重くなる。


「ありがとうございました」


 ジロウは立ち上がり、頭を下げた。


「ううむ、まさか足譚とは・・・

 話には聞いていましたが、初めて見せて頂きました。

 トミヤス殿、ありがとうございました」


「まだまだです。もう、私はシュウサン殿には勝てないでしょう」


「ふ、ふふふ」


「ふふふ」


 2人の口から、小さな笑いが漏れる。



----------



 稽古が終わり、3人とジロウは座って談笑している。

 ゆっくりと、寝ていたカオルが起き上がった。


「シュウサン様、お見苦しい所を・・・」


 マサヒデとアルマダが手を前に出し、カオルを止める。


「あ、カオルさん、まだ」


「横になっていた方が」


「いえ、もう目眩は止まりました」


 シズクも心配そうな顔を向ける。


「カオル、大丈夫か? 思い切り頭をがつんとやられたじゃないか」


「大丈夫です。こぶは出来ましたが」


 ふう、と息を吐き、カオルはジロウに向き直った。


「お詫びの印に、ひとつ。

 まだまだ体得は出来ておりませんが、とっておきの技をお見せしたいと」


「とっておきの技ですか?」


「は」


 まだ起き上がったばかりだが、大丈夫だろうか。

 皆が心配そうな顔で、カオルを見る。


「皆様、ご心配は無用です。見せるだけですので」


「ううむ・・・では、我々も見せてもらいましょうか」


 そうは言ったが、マサヒデも心配で仕方がない。


「では、シュウサン様。立ち会いを願えますでしょうか」


「分かりました」


 カオルは得物を全てその場に置いたまま、立ち上がった。

 無手の技か?


「少し、お待ち下さい。準備が」


 すぅ・・・と長く息を吸い、ふぅ・・・と長く息を吐く。

 カオルは目を瞑り、集中しながら、何度もそれを繰り返す。


「ふぅー・・・思い切り、薙ぎ払ってもらえますでしょうか」


 静かに、カオルが目を開ける。


「え? いや、それは」


 大丈夫か? という顔で、ジロウがマサヒデの方を見る。

 マサヒデも知らないのか、首を傾げる。


「お願いします」


「では・・・」


 しゅ! とジロウの木刀がカオルを薙ぎ払う。


「あ!」


 皆が壁まで吹き飛ばされたカオルを見る。


(今のは!?)


 ジロウは薙ぎ払った体勢のまま、固まってしまった。

 すぐに見ていた全員も気付く。

 カオルは壁まで吹き飛んだのに、壁にぶつかった音がしない。

 そのまま、ぴったり壁際で立っている。


「・・・」


 ジロウの額から、汗がたらたらと流れ落ちる。

 薙ぎ払いに合わせて跳んだのではない。

 確かにカオルに当たっていたのに、手には完全に空振りした感覚。


 す、す、と、カオルがゆっくりとジロウに向かって歩いてくる。

 皆が、歩くカオルを声もなく見つめる。


「ふう・・・もう一度・・・少しお待ち頂けますか」


 は、として、ジロウは構え直す。

 カオルは気疲れしたのか、少し顔色が悪く見える。

 先程と同じように、カオルは長く息を吸ったり、吐いたり・・・


「ふぅ・・・では、今回は動かないで下さい・・・参ります」


 カオルが跳び上がり、ジロウの腕に乗った。


「え!?」


 皆も驚いたが、ジロウはもっと驚いた。

 ジロウの腕に、全く重さを感じない!


「うわあ!」


 驚いたジロウが木刀を落とし、腕を振る。

 ふわっとカオルが跳び、すっとジロウの手前に降りた。


「ふう・・・いかがでしたでしょうか」


 気疲れしたのか、カオルもがっくりと前屈みになり、膝に手を付く。

 ジロウは腰を抜かし、どすん、と尻もちをついた。

 蒼白な顔で、ぐったりしているカオルを見上げる。


 マサヒデの足譚とは格が違う技だ。

 手応えどころか、重さまで全く感じなかった。


「い、今のは一体・・・」


「とっておき、です。今は、とても実戦で使えるものではございませんが。

 まだまだ、長い準備も要りますし、長くも使えませんので・・・

 シュウサン様、これで、お詫びになりましたでしょうか」


「す、すごいものを見せて頂きました・・・ありがとうございました」


 ごく、と皆の喉が鳴る。


 たった2回で余程疲れたのか、カオルはかくんと両膝をつく。

 正座して頭を垂れたような体勢になった。


 まだ体得していない。今は使えるものではない。

 確かに、カオルはそう言っていた。

 将来、カオルはこの技術を体得するのだ。


 カオルにこの技術を教えた者もいる。

 ということは、既にこの技術を体得している者もいるのだ。


 世には、まだまだ強者がいる・・・

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